7-23 懺悔室の密談 (3)
結びつけてしまった二つの事象。
連続少女略取の事件、懺悔室での告解。
神の許しを求めて告白するも、それはただの形だけのもの。
罪を告白しながら、同じ罪を重ねる。
私の情報提供によって、以前から裏の事情を知っていたヴェルナー司祭様が、犯人であるヴォイヤー公爵家の嫡男コジモが、実は全然反省していないという事を知ってしまいました。
神職としては、これは許されざる涜神行為。
懺悔室でありますので、ヴェルナー様のご尊顔を伺う事はできませんが、烈火のごとくお怒りの事でありましょう。
耳に入りますその声は、怒りで満たされておりますので。
「……司祭様、まずは落ち着いてください。怒気を鎮めてください。不埒者の罪を鳴らすのはよいとしても、自身をも外法に身を落とすのは良くない事ですわ。怒りに身を委ねるのは、七つの大罪の内、憤怒に属する行為。際限なき憤怒の叫びは、己が身を焼く事になりましょう」
「ふむ……。確かに天使殿の仰り様は一理ある。私とした事が、このような事で罪を犯すとは、なんたる未熟の所業! 神よ、お許しくださいませ」
壁越しに伝わる熱気が鎮まっていくのを感じます。
まずは落ち着かせる事には成功。
しかし、問題はまだまだあります。
(ヴェルナー様の性格からして、知ってしまった以上、黙するようなことはしないでしょう。しかし、それでは秘密にしておかねばならない“告解の守秘義務”に反してしまいます。こちらとしても最上の証人を利用したくはありますが、かと言って司祭様と教会を貶めるのも避けたい。これも思案のしどころですわね)
事件の裏が一つ一つ煮詰まって来てはいますが、かと言って慎重に動かねばならない事情が多すぎます。
公爵家相手の事件ですから、面倒事になるのは目に見えていましたが、教会も巻き込んでしまったのも完全に計算外。
お婆様のように立ち回るのには、私ではまだまだ未熟というわけでしょうか。
「司祭様、一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
「お聞きいたしましょう。して、天使殿の提案とは?」
「コジモ様を締め上げるにしても、現状では告解の内容という司祭様の証言のみの状態です。これでは司祭様が泥を被られるだけにございます」
「涜神の輩を成敗できるのであれば、それでも構わないのですが」
「最も熱心なる神の信徒であらせられるのですよ、司祭様は。私が申し上げるのも僭越ですが、今少しご自愛ください」
「ご配慮いただき、感謝いたします。しかし、献身こそ、正しき信仰の道なれば」
「十分に神はご理解なさっておいでですよ。私もそれは重々承知しております」
「重ねて感謝いたします。天使殿の御声は、最良の福音でありますな」
騙してしまって申し訳ないのですが、私はあくまであなたの前では敬虔な信者を装ってはいますが、あくまで天使を騙る魔女でしかないのですよ。
ああ、なんという傲慢の所業でありましょうか。
「ですので、まずは言い逃れのできない“物的証拠”や“司祭様以外の証人”を集めてこようかと思います」
「そのような事が可能で!?」
「侮ってもらっては困ります。現に数日の調査で、手探りから始まって、すでにコジモ様が主犯であるところまでは掴んでいるのですから」
「おお、そう言えばそうでしたな! その手腕は敬服いたします」
「そこで、司祭様は今しばらく素知らぬ顔を決め込んでください。しかる後、証人として証言していただく事になりましょうが、それまでは待機という事で」
しばらくは事件の捜査の外に置き、取って置きの切り札にしてしまう事。
これが現段階で最良でしょうね。
(できれば使いたくない切り札ではありますが……)
壁越しに感じるヴェルナー様の気配から、少し苛立ちとも哀しみとも取れる雰囲気が漂ってまいりました。
神に仕える者として、神の啓示(私の嘘ですが)に対しての具体的な行動をしたいという想いが強いようです。
しかし、守秘義務がある以上、できれば動いて欲しくはないというのが本音。
(あくまで事件の解決は、密偵頭とその従卒である私の仕事として片づけたい!)
正直に申せば、教会を巻き込むと余計な騒動になりかねませんからね。
周囲にある勢力としては、一番関わり合いたくない場所が教会。
安息日に教会に足を運ぶのも、あくまで擬態。
どうにも首無騎士との一件以来、“雲上人”に対して、懐疑的になってしまっています。
雲の上の高貴なる人々が地上を支配する出先機関が教会である以上、できれば深入りしたくない組織です。
(いずれは詳しく調べる必要があるとは言え、今は何かと手一杯で忙しない。もう少し落ち着いてから)
などと考えてはいますが、本当に忙しないのです。
次から次へと厄介事に巻き込まれ、調べる時間も取れません。
教会内部に何かしらの内通者でも仕込みたいのですが、生憎と伝手がほとんどないですからね。
目の前のヴェルナー様では、真面目過ぎて逆に使い物になりません。
欲望にギラつき、買収に応じるような小悪党が望ましいのですけどね。
「……天使殿の言葉であれば、それに従いましょう」
「はい。ヴェルナー様はあくまで神にお仕えする者。俗世の、それも国家の暗部に係るような案件は、似つかわしくありません」
「仕方あるまいか……。しかし、必要にならばいつでもお声掛け下され。すっ飛んで御助勢いたしますぞ」
「そのお言葉だけでも、事件の解決は約束されたようなものですわ」
そして、私は謝意を述べ、壁の向こう側にいるヴェルナー様に頭を下げました。
見えてはおりませんが、気配でそれは察していただけるでしょう。
使いにくくはありますが、切り札をてにいれたのは間違いありません。
(さて、こちらも全力で罠を張らなければ。ヴェルナー様の証言がなくても大丈夫なほど、ガッチリとした証拠を掴んでやりますとも!)
少し時間を取られましたが、急いで向かうは“魔女の館”。
皆が主人の帰りを待っていますわ。




