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7-21 懺悔室の密談 (1)

 嫌々ながらも教会にやって来ました私は、無言で中へと入っていき、懺悔室へと向かいました。


 神職の前で罪を告白し、己の犯した罪過に対して、神職を介しては神への許しを得るという儀式が行われる場所です。



(まさか、またしてもここに来ようとは……。しかも、またまたヴェルナー様絡みの案件で)



 前回、ここに入ったときは、とんだ醜態を晒してしまいました。


 神職になられたヴェルナー様の具合を見てやろうと悪戯心を出し、懺悔室にて少しからかってやろうと思いましたところ、あろうことか私の声を聴くなり、懺悔室の壁をぶち抜き、本来は顔を合わせる事のない告白者と神職が見つめ合うという状況を作ってしまいました。



(そう、あれで懲りたはず! ヴェルナー様はただの狂信に非ず……。行動力に加えて知性や思考力まで兼ね備えた“有能な狂人”だと!)



 普段は物静かで理知的な司祭だと、市井の間でももっぱらの評判。


 そのため、安息日の儀典ミサにおいては、いつもここの教会は多くの参拝者が訪れる盛況ぶり。


 かく言う私も“義理”で参加するのですが、その度に熱い視線を向けられてしまいます。



(まあ、時間と場所を弁えられているだけ、まだマシと思いましょうか)



 私の事を天使、神の御使いだと思われているのですが、あくまであれは演技ですからね。


 娼婦として、お客様に“完璧な御奉仕”を目指しておりますので、“どのような変態行為”であろうとも、可能であればそれをこなすのが私のモットーでございます。


 もはや“死体愛好家ネクロフィリア”と呼んでも差し障りないヴェルナー様の所業。


 棺桶の中で横になり、死者の息吹を感じ取る。


 そして、そこには死体に扮した私。


 可能であれば何でもやりますが、いやはやこうも長引くとは思いませなんだ。



(しかし、金払いは良いので、我慢はしておりますけどね)



 さて、どう言い訳して今回の件を流そうかと考えつつ、懺悔室の席に座ります。


 懺悔室は部屋の中央を壁が仕切っており、入口が二つあるため、通常はまず告白者と神職が顔を合わせる事はありません。


 壁にほんの少しだけ穴が開いており、席に着いてしまえば、そこから覗き見る事さえできません。


 声だけが通る。



(前に来たときはこの壁を、ヴェルナー様はぶち抜きましたけどね)



 少しコンコンッと壁を叩いてみると、以前よりかは頑丈に作り直されているようです。


 さすがに、二度も抜かれるようでは、壁としての意味を成しませんからね。


 あくまでここは罪を告白し、神よりの許しを得る場所。


 そこに邪な私情を持ち込んではなりません。



(まあ、持ち込む気満々ですけどね、互いに)



 私はヴェルナー様にバレないように嘘をつく。


 ヴェルナー様は私の声(ふくいん)を聞く。



(本当に、この空間は度し難い欺瞞で満ちていますね)



 罪に罪を重ねる私は、やはり筋金入りの魔女なのだな~と思います。


 そうこう思案しておりますと、私が入ってきた扉とは別の扉が開き、壁を挟んだ反対側から誰かが入って来るのを音で感じ取りました。


 あちらも席に座り、気配をビンビンに感じます。



「お待たせしました、天使殿」



 開口一番にこれである。


 壁の向こう側にいるのは、間違いなくヴェルナー様ですね。


 魔女の事を天使と呼ぶのは、あの人しかおりませんので。



(しかし、なんとかならないのかしらね~、これ。まあ、あの一件以来、ずっと演じ続けている私が言うのもなんですけど、本当に狂ってますわね)



 何を以て“正気”と“狂気”の境界に区別をつけるのか、人によっては議論の分かれるところでありましょうね。


 まあ、私の判断基準は、“言葉が通じて会話が成立するかどうか”でしょうか。


 意思疎通を図れるか否か、これが私の基準です。


 そういう意味では、聡明なヴェルナー様は“正気の人”なのでしょうが、“嘘を交えて会話しなければならない”という点で、狂っていると判断しているのが今の私。


 素で話したら、目も当てられない結果になりましょうからね。


 さて、今回も頑張らねばと一度深呼吸をして、嘘を吐き出しました。



「司祭様、先頃のお会いする約束を反故にしてしまい、大変心苦しく思います。ですが、それには深い事情があるのでございます」



「重々承知しておりますとも。天使殿が何の意味もなく、席を空けておくなど有り得ませんからな」



 妙な信頼感のある物腰柔らかな言葉。


 こういう理知的かつ寄り添う姿勢を示すのが、人気の理由だそうです。


 私との会話以外ではこうなのですから、まあ普通の人々には“聡明な慈悲深い司祭様”にしか見えませんわね。


 その仮面の下の狂気の部分に触れている私からすれば、鼻で笑いたくなるような話ではありますが。



「実を申しますと……、神よりのお告げがあったのでございます」



「おお! 主神デウスよりの託宣が! なれば、席を外すのもやむを得ませんな!」



 早速許されました。


 ほんと、この人は信仰の道に関しては、誰よりも真摯であり、寛容でありますわね。



「して、その託宣の内容とは!?」



「……すでにお耳に入っているかもしれませんが、先頃頻発しております、少女の連続誘拐事件についての事で、この事に神は憂慮されているようです」



「ああ、その事ですか。それでしたらば、犯人はヴォイヤー公爵家のコジモですぞ」



 絶句。続く言葉がありませんでした。


 かなり苦労して集めた情報は、すでに司祭様の手の内にあった。


 それを知らしめられたのですから。



(本当に“有能な狂人”ですわね、この人は!)



 今までの苦労は何であったのか、神に世の不条理を訴え出たい気分です。


 どうか“本当に”告白を聞いてください、神様!

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