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7-19 捉えた獲物は逃さない

(よし、まずは肝心の標的を見つけたわね。さあ、どう料理してやろうかしらね)



 交渉を終え、それが成立した事を表す“握手”。


 しかし、それこそがむしろ最重要。


 私の魔術【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】は、“肌の触れ合った相手から情報を抜き出す”のですからね。


 何気ない握手こそ、情報を得るための近道。



(とは言え、握手程度の軽い“お肌の触れ合い”では、抜き出せる情報は限られています。しかし、確定させましたよ)



 何とか抜き出せました情報に、カーナ伯爵の姿を確認できました。


 私は“男爵夫人”として、あちこちの宴席や会合に顔を出しておりますので、貴族の顔には割と通じています。


 その中に、事件の関係者と思しきカーナ伯爵のご尊顔も含まれています。



(見つけましたよ、その姿! カーナ伯爵家当主マッサカー様に相違なし!)



 あれこれ瘢痕の男に命じている貴族の姿、それはまごう事なきカーナ伯爵!


 その姿が映り、その最中、「コジモ様の所へさっさと届けるのだ」という言葉まで飛び出し、事件の真相に一歩近づき、心の中では思わず諸手を上げて万歳ですね。



(関係者の中で“コジモ”という名で、カーナ伯爵が“様付け”で呼びそうな相手、それはヴォイヤー公爵の嫡男コジモ様しかいない!)



 ようやく掴みました、事件の主犯。


 数々の少女を誘拐し、“高尚な趣味”を以てお楽しみあそばせた大馬鹿者の名を、ついに知る事ができたのです。



(とは言え、コジモ様は特にこれといった悪い噂は聞きませんね。まあ、公爵家の嫡男ですので、多少傲岸な部分もありますが、基本的には可もなく不可もなく、普通の貴族の子弟といった感じ。その点では上手く隠していた、あるいは隠されていたと言ったところでしょうか)



 公爵家の嫡男ならば、それこそ庶民の娘をかどわかしたとて、大した問題にもならないでしょう。


 その程度の案件でしたらば、握り潰すくらい造作もない事。


 しかし、今回は案件は下級貴族とはいえ、貴族の御令嬢が被害者です。


 “遊び”が過熱しすぎて、いよいよ面倒事が隠し切れなくなってきたのでしょうね。



(犯人は見えてきました。しかし、問題なのは、どうやってそれを証明するのか、この点です。私は魔術で犯人を覗けましたが、それは実体無きもの。明確な物証や証人を揃えてからでないと、強制捜査なり、逮捕なりは無理)



 なにしろ、主犯のコジモ様は血縁的に、フェルディナンド陛下やアルベルト様の“はとこ”にあたるわけですからね。


 魔術的要素を廃したれっきとした証拠がなくては、話になりません。



(それに、気になるのはネーレロッソ大公の放ったと思われる工作員。こちらもきっちり調べ上げておかないと、後々面倒事になりそうね)



 チロール伯爵家の相続の時といい、確実にジェノヴェーゼ大公国に的を絞り、なんらかの謀略戦を仕掛けてきているのは間違いない事。


 こちら側の有力者を抱き込み、獅子身中の虫に仕立て上げようという腹積もりが見え隠れしていますが、こちらも今のところは物証無し。


 前科があるので怪しく見えますが、私以外には見えない事象ですからね。


 やはりこちらの件も情報不足。


 全体像は見えつつありますが、まだまだ先は長そうです。



「それで魔女殿、一応黙って見ていたのだが、あれでよかったのか?」



 店を出るまで口を閉じていたアルベルト様が話しかけてきました。


 こういう交渉事はこちらに任せてくれて、散々突っ走った挙げ句、事後承諾までしてくれますからね。


 上司としては、非常にやりやすい方です、アルベルト様は。



「はい。すぐにシフト変更です。捜査に回している人員をこちらに。この店とあの男の監視、これが最優先です」



「では、あの男で決まりか」



「はい。それと、カーナ伯爵、ヴォイヤー公爵への監視も強化を。もし、勘付かれたと気付かれましたら、動きがあるかもしれません」



「そうだな。もし、私がその立場なら、繋がりがありそうな御者の男を消すくらいは普通にやる」



「そうです。監視とは、それの防止の意味もあります。“ごみ処理係”を現行犯で逮捕する事も念頭に入れておいてください」



 折角掴んだ尻尾です。


 ここで“トカゲの尻尾切り”に会っては、折角の手掛かりがおじゃんですからね。


 切られる前に本体の方を掴まなくては、折角の努力が無駄になってしまいます。



「よかろう。すぐに人員の配置転換を行う。事態は次の段階に移った、とな」



「あら、すんなり受け入れてくださいますか」



「先程も言ったが、魔女殿の勘は“悪い方”には、良く当たるのでな」



 アルベルト様には【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】については教えておりませんので、どうやって判断したのかは分からないはず。


 ですが、どうにも何らかの魔術を用いて状況を掴んでいるという事は、薄々かんずいているので、こういう場面では証拠はなくとも行動を承認してくださいます。


 いちいち誤魔化したりしなくてよいので、ある意味では楽でございますわ。



「では、私も“魔女の館”に戻り、こちらの人員も操作いたします」



「だな。では、少し先に密偵方の“隠れ家(バーセ・セゲレータ)”がある。そこで変装を解いて、それぞれの屋敷に向かうとするか」



「あら、そんな場所に私をお連れしてもよろしくて?」



「今更、隠れ家の一軒や二軒、どうでもよいさ」



 不敵な笑みを浮かべ、問題なしと太鼓判を押すアルベルト様。


 信頼なさってくれているのは嬉しい限りですわね。


 それに応えない訳にはいきませんし、実のところ、さっさとお店に戻って、“娼婦稼業ほんぎょう”に勤しみたいというのが本音だったりします。



(なにしろ、初めてやらかした予約取り消し、相手がよりにもよってヴェルナー司祭様ですからね。冗談抜きで後が怖い)



 あの方が暴走すると、どうなるか知れたものではありませんからね。


 早いうちにご機嫌取っておくに越した事はありません。


 急がねばと馬に鞭を入れ、その隠れ家とやらに向かう事としました。


 ああ、本当に厄介で、忙しなくて、気が休まりません。


 のんびり過ごしたいと強く思った事は、今日ほどありませんわ。

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