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7-18 瘢痕の男

 リミア嬢の姉であるクレア嬢は、馬車での送迎中に何者かに襲われました。


 二人の頭の中を【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】で覗き込み、結果、馬車の御者が犯行の手引きをしていた事が確定。


 主犯の顔は分かりませんでしたが、手配した馬車の御者は極めて特徴的。


 その御者の特徴は“鼻から右頬にかけて瘢痕のある男”というもの。


 曰く付きの口入屋で“訳ありの仕事”を依頼しようかと店に持ちかけますと、紹介されたのが目の前の男で、特徴が一致します。



(もちろん、二人の記憶にある御者の顔、これにも一致。見たまんまですわね)



 ようやく見つけた事件の真相へ続く手がかり。


 逃がしてなるものか。


 飛び掛かりたい衝動を抑えつつ、まずは商売(嘘)のお話ですわね。



「あなたが馬車の御者かしら?」



「ああ、そうだ。姪っ子を売り飛ばすんだって?」



「ですから~、“年季奉公”に出すだけですって♪」



「どう取り繕っても、“売る”って事には変わりねえな」



 お互いに笑顔で言葉を交わしておりますが、私の内心は吹き出す火山のように怒りがこぼれています。


 穢れを知らぬ若い花のみを手折る、どうしようもないクズ。


 もちろん、こいつは主犯格の使い走りでしょうが、悪行に加担している事には変わりはありません。


 今は和やかに話を勧めますが、後でどうしてくれようかと考えております。


 が、今は報復については後回し。


 まずは相手が罠に入る様に誘導しなくてはなりません。



「それであなたにやって欲しいのは、姪を子爵様の指定した場所まで送り届けて欲しいのよね」



「どこの子爵様だい?」



「それは言えませんわ。あちらの名誉のためにも、そして、あなたの命の為にもね」



 ここで若干の脅しを入れました。


 まあ、“裏仕事”をやっている者ならば、勝手知ったるというやつです。


 依頼主の名を伏せておくのは、常套手段ですから。



「……ま、そうだわな。名前を知らずとも、相手方の手に渡ればいいんだし」



「そうそう。知らない方が身のためって事もあるものよ」



「それで、日時とかは決まっているのかい?」



「それはまだだけど、近日中には子爵様から連絡があるはずよ。その時になったら、またこちらに連絡をいれさせてもらうわ」



「……なら、早めに連絡をくれよ。待ちぼうけは嫌だから、よその仕事を引き受けちまうって場合もあるんだ」



「河岸を変える前に一報入れるわよ。あなた、なかなか優秀そうだし、“裏”の御仕事も手慣れた感じがするもの」



「そういうあんたもさ、随分手慣れた感じがするな。貴族の御夫人にしちゃあ、交渉慣れしてる」



 当然、先方も怪しんできますわね。


 さすがに「魔女ですから♪」とは言えませんが、この程度は余裕です。



「私くらいのでしたら、いくらでもいますわよ。より上位の“変態”の皆様方のお相手をしてればね。あなたもそうじゃないかしら?」



「ハッハッハッ! 違ぇねえ! 貴族の旦那方は揃いも揃って変態ばっかりだよな! 面倒見るこっちの身にもなれって!」



「ですってよ〜、あ・な・た♡」



「返答を控えさせて貰う」



 いささかムスッとされるアルベルト様。


 そして、それを見て下品に笑う私と瘢痕の男。


 まあ、これも相手との心の距離を縮めるための小芝居ですので、その苛立ちは後の“拷問”をする際に取っておいてくださいな。



「おっと、話が逸れてしまいましたね。それで運んでほしい“荷”なのですが、姪っ子はもうじき十二歳になる女の子で、まあ、典型的な苦労知らずで引っ込み思案な娘でね。姉さんが猫可愛がりしすぎて、ほんと奥手で」



「ほ~、また年端もいかぬ可愛らしいお嬢さんで。……んで、これからその子爵様とやらに可愛がってもらう、と」



「その方が当人にとってもよいでしょう。なにせ、仮親が私みたいな悪女に面倒を見てもらうよりかは」



「そりゃそうだ。その子爵様とやらが“良い人”だといいな」



「ええ、まったくですわね」



 まあ、そんな子爵なんていませんけどね。


 いるとすれば、隣にいるアルベルト様で、この人は善人ではありませんよ。


 なにしろ、この国の“暗部”を司る密偵頭なのですから、文句なしの“悪い人”でございます。


 善人には絶対に務まらない過酷な職務ですから。



「それと、馬車の手配なのですが、御者だけを手配したいのです」



「ん? 馬車はいいのか?」



「ええ。姉さんの“遺品”がありますので……。金になるかと回収したは良いですけど、御者を常雇すると金がかかりますからね。と言うか、あんな不釣り合いな物を持つから、バカみたいに借金重ねるんですよ」



「あ~、いるよな、そういう輩。やっぱ馬車を個人所有するのは金がかかる分、貴族としての格を示すって感じで」



「姉さんの家がそれね。分相応にしてればいいものを、馬車、馬、御者、維持費がかさむ一方じゃない」



 本当に維持費がかかりますからね、馬車は。


 常備しておけば急な移動の際も役立ちますが、費用は下級貴族にはかなりの負担となります。


 せいぜい、当主が乗るための乗馬を一頭、飼っておくのが精々。


 男爵で馬車と、それを牽く馬、操る御者、これらを全部揃えている我が家が、特殊な立ち位置なのです。



「ですので、日取りが決まりましたら、あなたが身一つで我が家に来てくれたらよいです。馬車の手入れはしておきますので、当日はそれを使って、姪を送り届けていただければ結構。手配するのは御者だけですし、料金は安くしといてね♪」



「悪事の片棒を担ぐんだ。割引はなしだな。割増しないだけ、感謝しな」



「う~ん、しょうがないわね。子爵様を待たせるわけにもいきませんし、他に引き受けてくれる人もいませんから、あなたにお任せしましょう。前金はいるかしら?」



「前金で銀貨五枚、本料金は金貨三枚だ。ただ、連絡が遅かったら、本当にどこかに行くからな」



「なるべく早く連絡が付くようにしますよ。では、こちらを」



 私は懐の財布から銀貨を五枚取り出し、相手に差し出しました。


 値切りをするのは商売の基本ですが、こういう悪党相手にはあまり食い下がらず、スパッと満額払うのが常道。


 金に聡い悪党であれば、金払いの良い相手には好意的になるものです。



(特に金貸し! 高利貸しの連中は“借りる人”と“返す人”には、笑顔を忘れない!)



 銀行屋とも付き合いもありますから、こういうのにも慣れておりますわ。


 そして、案の定といいますか、手にした銀貨をジャラジャラ鳴らしていますね。


 耳の良い者だと、その金属の摩れる音で硬貨の真贋を見極めてくる。


 やはりこの男、この手の荒事に“手慣れている”ようですわね。



「ん~、確かに。んじゃ、契約成立だな」



「本料金は送り出す直前でお支払いいたしますわね」



「ああ、それでいいぜ。にしても、親の遺品で娘を出荷とか、いい性格してるよ、あんた」



「何度も言うけど、借金残した姉さんが悪い」



「ま、結局は金だわな」



「お互い様にね」



 これで前段階は成立し、瘢痕の男は契約成立と好意を示すため、私とアルベルト様と“握手”を交わしました。


 そう、“握手”をです。


 なお、お相手の瘢痕の男は、にこやかな笑みで握手を交わしましたが、掴んだその手の持ち主が魔女と死神であると知らず。


 破滅の序曲ですわよ、この握手は♪

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