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7-16 魔女と死神の逢瀬

 会議の翌日、取り決めに従い、それぞれの役目を持って各地へ人が散っていき、密やかながら総力戦の態勢です。


 アルベルト様のプーセ子爵家、そして、我らがファルス男爵家、出せるだけの人員を出し、事件の重要参考人である右頬に瘢痕のある御者を探させました。


 なにしろ、カーナ伯爵どころか、ヴォイヤー公爵の関与が疑われ、果てはネーレロッソ大公の影までチラつく有様。


 少女連続略取の事件の捜査のはずが、今や国家規模の陰謀の捜査へと変わり、またしても厄介事に巻き込まれてしまった私。


 娼婦稼業に身を投じてから、初めての“予約取り消し”をやってしまいました。



(おまけに取り消した予約が、よりにもよって司祭のヴェルナー様。後々、面倒にならなければ良いのですが)



 私の抱える客の中では、フェルディナンド陛下、アルベルト様に次ぐ、三番手の上客ですからね。


 特殊な内容の奉仕を要求されますが、金払いはよろしいので、出来れば断りたくはなかったのですが、緊急事態とあっては裏仕事優先です。


 さすがに本業を疎かにするのもどうかと思いましたが、大規模な陰謀を察知した以上、イチ抜けた~、とはいきません。


 知ってしまった者の責任というのもありますし、アルベルト様への心象というものもありますからね。


 おまけに、リミア嬢との約束も。


 最初から下がるという選択肢はなかったというわけです。



「……で、どうして私の側に?」



「女性の一人歩きは危険であるからな。かどわかされては大変だ」



 そう、私と共に馬を進ませておりますのは、あろうことかアルベルト様。


 もちろん、今は私もアルベルト様も化粧で変装をしていて、普段の見た目を変えております。


 髪を染め、あるいはかつらを被り、服装も地味な装いで、二人並んで馬を進めていれば、まあ、下級貴族の夫婦と見えなくもありませんか。



「かどわかされる心配はありませんよ。なにしろ、連続誘拐事件の犯人は“処女”にしか興味がないようですので。私のような“中古品”には、目もくれませんよ」



「フフッ、それもそうだな。しかし、女一人で聞き込みをすると、却って目立つからな。誰か随員を連れておいた方が良かろう」



「それはそうなのですが、何もアルベルト様ご自身が来なくても」



「屋敷で待機しているのは、やはり性に合わんでな。さっさと見つけてしまおうと、現場に出張ってきたわけだ」



 状況が状況だけに、逸る気持ちも分からないでもないですが、総大将は本陣でドンと構えておられた方がよろしいかと思いますけどね。


 と言っても、やる事といったら、リミア嬢とのやり取りくらいですし、密偵頭としては身内や部下以外との接触は、なるべく避けたいのでしょう。


 そう考えると、変装して出歩いている方がマシという事ですか。



「時に魔女殿、今回の事件の真相はどう考えている?」



「捜査中にいらぬ推察を頭に入れるのは、却って弊害となりますよ」



「なぁ~に、構わんさ。それにこういう時の“魔女の勘”は、悪い方には良く当たるからな、今までの場合だと」



「ああ、それもそうですわね」



 私は更に歩かせる馬をアルベルト様に近付けました。


 馬車での移動ならともかく、乗馬での移動ですから、どこで聞き耳を立てられているか知れたものでもありません。



「考えられる状況で最悪ですが、ヴォイヤー公爵、もしくはその身内が元々“童女趣味”あるいは“処女信仰”の持ち主で、密やかに楽しんでいたのを、誰かが故意に漏らしたと考えています」



「なるほどな。しかし、そう考えると、誰が、何の目的を持って、故意に秘事を漏らしたのか、という疑問にぶち当たる」



「そこにネーレロッソ大公側の思惑が隠れているかと……。“弱味”を握り、“交渉”を行うのは、むしろ常套手段ですわ」



「少女誘拐の“下請け”をやって、徐々に懐に侵入していき、頃合いを見て秘密をバラすと脅しをかけた、か。まあ一応、筋は通っているな」



「ただ、これはあくまで推察です。判断するには、まだ情報が少なすぎます」



 結局のところは、最終的にそこにぶつかるのです。


 何事も、判断を下すのには情報が必須。


 どんな賢者であろうとも、誤った情報を元に判断を下せば、くだらぬ結末を迎えるのは必定です。


 ゆえに、情報の取捨選択こそ最重要。


 世間の“裏”に潜みます魔女わたし密偵頭アルベルトさまにとって、何より痛感していることでもあります。


 であるからこそ、情報の収集に最も力を入れているのですから。



「結局のところ、まずは例の御者の確保が優先事項ではあるな」



「ただ、下手に捕らえると、“トカゲの尻尾切り”に会うやもしれません」



「そこも悩ましいところではあるな。ある程度、全体像を把握してからでないと、末端を切られてそこで捜査が止まる可能性もある。ネーレロッソ側が噛んでいるとなると、絶対に奥部まで調べておきたいのだがな」



「居所を掴んだ後、泳がせつつ、罠にハメるのがよろしいかと」



「例えば?」



「再度の犯行に及ばせ、言い逃れが出来ない現場での捕り物。以て強制捜査の理由付けにします」



 一番手っ取り早いのが、“現行犯逮捕”ですからね。


 少女を誘拐し、いざ襲い掛かる現場を押さえることができれば最上ですが。



「……なるほど、そういう事か。リミア嬢を強引に連れ出したのは、分かりやすい“生餌”というわけか?」



「人聞きの悪い事を仰らないでください。姉の復讐に燃える妹に、その機会を与えているだけですから」



「さすがは魔女、エグい手を考える」



「まあ、それはあくまで最終手段ですので、その点は誤解なさらぬよう」



 襲撃される少女の役の引き受ける貴族の御令嬢なんて、探しても見つかりませんからね。


 貧民の娘を金で雇い入れる事も考えましたが、それでは“貴族のお嬢様の振る舞い”という点で不安が出ます。


 奇麗な服を着せたとしても、貧民の娘は貧民の娘でしかありません。


 従妹ラケスの養育に苦労したのも、まさにその点ですからね。


 幼少期より染み付いた振る舞いというものは、中々に取れないもの。


 襲われる貴族の娘役は、やはり貴族の娘を宛がうのが一番です。


 罠にハメるにしても、一度こっきりの事。バレて潜まれでもされましたら、そこで捜査が途切れてしまいます。


 唯一の機会ですので、絶対に逃したくはないのです。



「それと、“白い貂を抱える女性”の旗印バナーの方ですが」



「獣系統の旗印バナーを使う商会は、毛皮商や肉屋と相場が決まっているからな。そちらも調べさせているが、おそらくは空振りになるだろう」



旗印バナーなど、外せば済む話ですしね。出入りのための“新しい旗印バナー”を何枚も用意している可能性があります」



「結局は、地道な捜査が一番の近道というわけだ」



 長引かせたくはないが、長引く可能性もある。


 アルベルト様からは珍しく焦りの色が、言葉の端々からにじみ出ています。


 やれやれ、折角のアルベルト様との逢瀬だというのに、この御方が隣にいるときはいつも物騒なお話しばかりで滅入ってしまいます。


 たまには何ものにも悩まされず、のんびり酒を酌み交わしたいところですわ。

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