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7-14 国境を跨ぐ謀略戦

 見た目的には優雅に馬の歩を進ませる貴婦人を装いつつも、私の心臓はバクバクに鳴り響いております。


 呼吸を荒げず、汗もかかず、ただゆったりと馬を進めるだけですが、これほど緊張する時間を過ごした事など稀です。



(なぜあやつがここに!? しかも、ヴォイヤー公爵の屋敷に商人として出入りしている!?)



 先程、公爵の屋敷に入っていった見慣れぬ商会の荷馬車。


 その御者台に腰かけていた男は、以前、“チロール伯爵家の遺産”の騒動の際、何かしらの暗躍をしたと思われる男。


 伯爵家乗っ取りを企んだジルの記憶を【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】で覗いた際、彼女に何かを吹き込んでいた記憶が、頭の片隅に残っておりました。



(大公陛下からの話だと、ネーレロッソ大公が一枚噛んでいたという話。私もその点は状況証拠から推察できましたが、アルベルト様がジルを拷問にかけて吐かせたという事ですし、まず間違いない。つまり、あの男はネーレロッソ大公の放った工作員である可能性が高い!)



 無論、何か証拠のあっての話ではなく、あくまで記憶を盗み見た際に知ったというだけの話。


 しかし、注意を払わなければならない話でもある。


 他国の工作員と思しき男が、我が国の公爵家と接触を謀ったのですから。



(ネーレロッソ大公の方から接触を図ったのか、それともヴォイヤー公爵の方から動いたのか、それはまだ不明。しかし、もし私の予想の“最悪”を決められた場合、たかだか少女誘拐略取の事件が、国家転覆の大事件に様変わりする事を意味する!)



 今更ながらに、リミア嬢に事件解決と姉の報復に全力を出すといった事を後悔いたしました。


 これかは明らかに国家規模の陰謀、謀略戦が展開されている最中であり、その渦中に飛び込んでしまった事を意味します。



(おそらく、アルベルト様はこの事に気付いていない。貴族の関与を匂わせる動きはありましたが、想定外の大物が関わっていたといったところでしょうか)



 まあ、こちらも想定外でしたからね。


 公爵、果ては他国の大公まで関わっていたとなると、由々しき事態です。



「……ヌイヴェル様、いかがなさいました?」



 私の気配を察してか、オノーレが馬を寄せて話しかけてきました。


 緊張した面持ちで、しかも小声。


 危険な状況だというのは、肌で感じているようですね。



「先程、公爵の屋敷に入っていった商人がおったじゃろ?」



「はい。見慣れぬ旗印バナーをしていましたが、公爵家の御身内の誰かが、新たに立ち上げたのではないかと」



 オノーレの発言は妥当です。


 御者の顔を見ていなければ、私もそう判断していたかもしれません。


 貴族と言えども、家督を継げるのは一人だけ。後は“予備”に過ぎません。


 そうであるからこそ、家督相続や遺産の分配は、貴族の最大の関心事とも言えます。


 前に関わった“チロール伯爵家の遺産相続”の件も、まさにこれでしたからね。


 うっかり巻き込まれましたが、まあ、関係者に欲の皮の突っ張った事と言ったら、近来にない悲喜劇でございました。


 実際、人死にまで発生しましたし、どこの家も一歩間違えばそういう危険を孕んでいるのが“相続”の怖いところです。


 受け取る割合が少し変更されるだけで、庶民では考えられない額の差異が生じるのが大貴族の相続です。


 そのため、相続人をはっきりさせるために、早い内から相続権を有する者に遺産相続を諦めさせ、代わりに何らかの補償を行うというのもまた慣例化しています。


 騎士や男爵の称号を新設して、それ相応の支度金を用意し、新しい家を作るというのが、大貴族の中ではよくある話です。


 また、商会を創設して、そこの主人として送り出すというのもあります。


 オノーレの発言は、それから来ているのです。



「まあ、そう考えるのが普通。でも、今回はそれはないわよ」



「と、仰いますと?」



「先程の荷馬車の御者、おそらくネーレロッソ大公の手の者。確かな証拠があっての話ではないけどね」



 話した途端に、オノーレは顔を引きつらせ、冷や汗をかき始めました。


 まあ、誘拐事件の捜査が、なぜか国家規模の謀略劇に早変わりしたのです。


 ある意味、当然の反応ですね。



「というわけで、いくら何でも渡るにしてはあまりに物騒な橋。途中で降りても、罰は当たるまい。オノーレ、お前は下がりなさい」



「お気遣いは有難く思いますが、恩人を放り出して自分だけ引き下がるのは、男が廃るってもんです! ましてや、ヌイヴェル様は仲人なんですから」



「別にたかが娘っ子を一人、紹介してやっただけじゃろが」



 ちなみに、オノーレは結婚してまだ二ヶ月経つか経たないかの新婚熱々夫婦。


 妻は我が家の領土であります漁村出身の娘で、それを紹介したのがこの私。


 結婚式も、私が仲人を勤めて、皆で盛大に祝ったものです。



「まあ、新妻を未亡人にしたくはないという、私なりの気遣いなのじゃがな」



「恩義に報いねば、いてもたってもいられませんよ」



「上手くやっておるのか?」



「一日十回は!」



「それはやり過ぎ……。手加減してやれ、手加減」



「では、一日六回ほどで」



「十分多いわ……」



 やれやれ。ユリウス様ばりの精剛が、身近におったとはのう。


 新妻が潰れねば良いがな。



「とにかく、今日は一旦、“魔女の館”に戻るぞ。ディカブリオも領地での仕事が終わって戻ってくる頃であろうし、アゾットの方の報告も聞かねばならん」



「まあ、それはそうなのですが、やはり他国の大公が絡んでいるとなると、我々だけでは手に余るというものです。どこからか増援を呼びますか?」



「う~ぬ。依頼主アルベルトさまに取りあえず一報入れておきますか」



 また例の通用門を通れば、あの守衛頭と接触は可能。


 符丁で伝えておけば、アルベルト様の耳に入る事でしょう。


 事態が事態だけに、すっ飛んでやって来るはず。


 いやはや、割と軽い気持ちで引き受けた誘拐事件の捜査。思わぬ事態になって参りましたが、ここで引き下がるという事もできません。


 男を誑かし、かたる事など多々あれど、少女と交わした約束を破る程、堕ちてはおりませんのでね。


 リミア嬢との交わした約束は、魔女の意地にかけてでもやり遂げてみせましょう。

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