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7-13 記憶の片隅に

 久しぶりにやって来ました公都キャピターレゼーナの中心街チェントロチッタにありますファルス男爵邸は、見た目優先、普段使いの悪い邸宅であると改めて感じました。


 と言うのも、この屋敷は普段使わない分、来客の宿泊や宴席を開く事のみに特化しており、居間や執務室などを作っていないからでございます。


 私もディカブリオも、その活動の中心は港湾都市ポルトヤーヌスであり、公都キャピターレゼーナに来るのは稀でございまして、この屋敷に住む者と言えば、屋敷の手入れをしている使用人のみ。


 今日、私が立ち寄ったのも、休憩がてらに昼食を食べに来たのと、たまには顔を出さねばという義務感からくるもの。


 食事を済ませると、さっさと屋敷を辞去しまして、中心街チェントロチッタに来ました本来の目的、“敵情視察”を行いました。



(と言っても、相手方の屋敷に入るわけでもなく、屋敷の外をぐるりと眺める程度ですけどね)



 随伴するオノーレを伴いながら、軽い足取りで馬を走らせ、まず向かいましたのは、比較的近所にありますカーナ伯爵家の邸宅。


 誰が主犯かは確定しておりませんが、この家の厩舎番が怪しいとの情報を得ております。



(鼻から右頬にかけて、瘢痕はんこんのある男、それがクレア嬢を襲った相手を手引きした可能性が高い。そして、オノーレが馬具店で入手した情報によると、このカーナ伯爵の厩舎番がそれに該当する。しかも、最近は姿を見かけていないとの事)



 あまりにも怪しすぎますし、私自身の勘もまた、ここの厩舎番が事件に関わっていると踏んでおります。


 もちろん、見つけて締め上げるか、あるいは罠にハメてボロを出させるかしなくては、何の証拠もありませんが。



(むしろ問題なのは、今回の事件が、厩舎番の単独犯、カーナ伯爵の犯行、カーナ伯爵が腰巾着しているヴォイヤー公爵の犯行、そのどれか、という点も重要)



 伯爵級であれば、割とすんなり解決させる事もできます。


 なにしろ、以前の“チロール伯爵家の遺産”の相続問題でも、私がおおよそ煮詰めて、最後の締めだけアルベルト様に処理して、すんなり解決いたしましたので。


 しかし、公爵級の大貴族となると、いくら私でも手に余るというものです。


 おまけに、くだんのヴォイヤー公爵は、先代大公陛下の従弟。


 つまり、フェルディナンド陛下の御身内ということです。


 もしそんな御身内が今回の連続少女誘拐略取事件に関わっていたとなると、かなり面倒な事態になる事は明白。


 捜査も慎重になるというものです。



(まかり間違って、公爵の趣味が“処女喰い”だなんて事になりましたら、世間体と言うものがありますからね。御身内である分、陛下自身にも悪い噂が立ちかねません)



 なお、陛下も夜な夜なこっそり宮殿を抜け出しては、愛人である“魔女わたし”の所へ足を運んでおります。


 特に何かしているというわけではなく、将棋スカッキィを興じながら雑談から政治的な意見交換まで、幅広くお喋りしているだけなのです。


 そんな“夜遊び”がやりにくくなる事も考えられますので、私としては“最上の上客”を失わないためにも、今回の事件はかなり本腰を入れております。


 そんなこんなでカーナ伯爵の屋敷を横目に進み、その外周を見回しました。


 当然ながら、邸宅の壁に阻まれ、中を覗く事はできません。


 下手にウロウロしていたらば、門番に目を付けられかねませんので、あくまで通行人を装い、ゆっくりと馬を進ませながら通り過ぎました。



(まあ、いくら怪しいと言えども、いきなり証拠もなしに押し入る事はできませんものね。というか、そんな権限はないですし)



 私はあくまで密偵頭であるアルベルト様のお手伝い。


 こちらの抱えている情報網を駆使して、有益な情報を手にしては、アルベルト様に流すのが本来のやり方。


 チロール伯爵家の一件では、私が無理やり関係者にさせられたため、直接手を下す事になりましたが、あれこそ例外と言うもの。


 本来は表に出ず、情報を収集してはそれを流すのがいつものやり口です。


 捕り物なんぞ、完全な管轄外です。


 ましてや貴族の邸宅への強制捜索など、どう足掻いても無理。



「さて、見えてきましたわね、ヴォイヤー公爵家の御屋敷が」



 これまた通行人を装いつつ、その巨大な屋敷を視界に収めました。


 なにしろ、大公フェルディナンド陛下を除けば、この国でも一、二を争うほどの大貴族です。


 ちなみに、貴族の内訳としましては、騎士キャバリエーレ男爵バローネが下級貴族。


 子爵ヴィスコンテ伯爵コンテが中級貴族。


 侯爵マルケーセ公爵ドゥカが上級貴族。


 このように分けられております。


 騎士キャバリエーレは“領地を持たない貴族”とも呼ばれ、他の貴族家に仕え、俸給が主な収入としている者の事。


 また、家督を相続できなかった貴族の次男三男なども、ここに加える場合もあります。


 この階級は庶民出身でも、手柄を立てて認められればなれるため、数少ない貴族と庶民の接合点となっています。


 また、男爵は小さいながらも領地を持っていますが、中には土地を持たない“名誉称号”としての爵位でもあり、大貴族の子弟が新たに家を興す際には、男爵号を名乗らせる場合も見受けられます。


 先程述べました“チロール伯爵家の遺産”の件ですが、最終的に伯爵家の家督を継ぎましたユリウス様も、相続前はリグル男爵を名乗っていましたが、大公陛下の甥という事で男爵号を新設し、爵位はあれど部屋住みの身分でございました。


 こうした事もあり、上級貴族の中には騎士キャバリエーレ男爵バローネは貴族ではない、などと考えておられる方もちらほら。


 所詮は社交界の添え物だ、とあからさまに蔑視される方もおります。



(まあ、実力差を見れば、それは妥当な評価なのですけどね)



 むしろ、我がファルス男爵家が特異な存在とも言えます。


 領地からの収入よりも、商会や娼館からの収入が多く、裏仕事の報酬も相まって、下手な伯爵家よりも財力を有しているのですから。


 むしろ、今回の事件で関わっておりますボーリン男爵家の方が、下級貴族としては“普通”なくらいです。


 家名、門地を守るだけで精一杯。本来の下級貴族などは、そんなものです。



(それに比べて、この公爵家の門構えときたら)



 荘厳、豪奢、としか思えぬほどの建造物。


 門の鉄格子は金ぴかであり、本当に“金”で設えているのかもしれません。


 側に立つ門番もまた、奇抜と言うか、見た目が派手。


 黒と黄色の縦縞服、フッサフサの羽帽子、手に持つ斧槍ハルバードも細工が施された儀典用の特別仕様。


 話しに聞く“法王の近衛兵(ポンティフィーチャ)”を意識しているのでしょうか。


 見えやすい門前ですらこれですから、中は更に上を行く装いでありましょう。


 丁度来客なのか、荷馬車が一台、門の前におりまして、守衛も懇切丁寧に対応しています。


 そこはそれ。中心街チェントロチッタの通用門にいた守衛とは、役目が違いますからね。


 わざわざ公爵家に尋ねてくるとすれば、他の貴族が大半でしょう。


 そうなると、応対は自然と丁寧になるのは当然。


 後は、今来ている客のように、商人からの届け物あたりでしょうか。


 ともあれ、商人との繋がりは貴族と言えども大切でありますし、その応対もまた友好的なものとなります。



(白い貂を抱きかかえる女性が描かれた、見慣れない旗印バナーの商会ね。公爵家の御用商人となると、相応の大商会が相手になるはずだけど、新興の商会が公爵家に出入りするなんて……)



 ふと疑問に思い、私はチラッと荷馬車の御者台で、守衛と話している御者に目を向けました。


 途端に全身に電流が駆け抜け、“一刻も早くこの場を離れなければ”という警告が、頭の中に鳴り響きました。



(バカな!? なんでこやつがここにいる!?)



 記憶の片隅に刻まれ、なんとなしに覚えていた顔。


 いてはならない、いたら不都合、そんな相手の顔。


 そう、“チロール伯爵家の遺産”の騒動の際、ジルに何かを吹き込んでいた男。


 彼女の記憶を覗き込んだ際、その場面が見えて、覚えていたのです。



(それが、ヴォイヤー公爵家になぜ立ち入れる!?)



 完全な不意討ち。


 いくつかの可能性が浮かび上がりましたが、それを悠長に整理して、考察いている余裕はありません。


 平静を装い、まずは一刻も早く、それでいて勘付かれないようにゆっくりと馬を進ませました。


 そして、思う。



(今回の一件、想像以上に根が深い!)

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