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7-10 想定外の大物

 “化粧”という名の魔術について、あれやこれやと話しておりますと、そこへ馬車の御者をしておりますオノーレがやって参りました。


 オノーレは馬の扱いに長けており、普段は馬の面倒を見て、出かける際には馬車の御者を勤めております我が家の専属の厩舎番でございます。


 最近、我が家の領地の年頃の娘を紹介して、結婚の際には仲人も私が引き受けました。


 真面目で仕事熱心な者であり、何かと重宝しております。



「ヌイヴェル様、ご指示通り、顔に瘢痕はんこんのある御者について調べてまいりました」



「うむ。仕事が早くて結構。……で、どうであった?」



「それが拍子抜けするほどに、あっさり気になる情報が手に入りました」



「おお、でかした! して、どこの誰じゃ?」



「知り合いの馬具店にて、聞き込みをしましたところ、店に来ていた客の中にカーナ伯爵家の厩舎番がおりまして、その者が条件に該当するのではと」



「なるほど、カーナ伯爵、ねぇ……」



 貴族が犯人ではと思っておりましたら、案の定というわけですか。


 もちろん、断定はできませんが、優先的に調べる必要が生じたのは事実。


 おまけに“できれば関わり合いになりたくない相手”と来ましたか。


 ますます、厄介な状況になってきましたね、これは。



「それと今一つ。その伯爵家の厩舎番なのですが、ほぼ毎週、店には顔を出していたのですが、ここ二月近く顔を出していないとも、店主が話していました」



「最近、顔を出していない、か……。余計に怪しく感じますね。よし、ご苦労じゃった。下がって良いぞ」



「はい、失礼いたします」



 オノーレはお辞儀をしてから辞去し、私はクルリと皆の方を振り向くと、揃いも揃って嫌な顔をしておりました。


 一応、予想の範疇であったとは言え、相手が格上の貴族と分かったのですから、さもありなんですわね。



「……情報がまだ少ないから、確定したわけではないぞ」



「ですが、案外、しっくりくる話でもありますな。大公陛下からの内密の御依頼、貴族が関わっていたという事でしょう」



「まあ、それもそうなのじゃがな」



 アゾットの指摘に、私も思わずため息を吐きました。


 何しろ、“もっと深刻な可能性”があるからです。



「問題は、カーナ伯爵の犯行か、より上位の犯行か、という点じゃな」



「ヴェル姉様、より上位ってどういう事ですか!?」



「うむ、そのカーナ伯爵なのじゃが、ヴォイヤー公爵の取り巻きなのじゃよ」



「はぁ!? 公爵!?」



 こちらは男爵、あちらは公爵。


 比べる事すらおこがましいほどの圧倒的な格上の相手です。


 ちなみに、貴族の階級もいくつもあります。


 下から、“男爵バローネ”、“子爵ヴィスコンテ”、“伯爵コンテ”、“侯爵マルケーセ”、“公爵ドゥカ”、“大公アーチドゥカ”となります。


 さらにその上に“雲上人セレスティアーレ”が存在し、その頭として全てを統べるとされる“天王リ・チェレステ”がおります。


 それが分かる者には、公爵などというのは、果てしなく上の存在であると理解できてしまうのです。


 ジュリエッタが絶叫するのも、無理からぬ事ですね。



「情報が少なすぎるゆえ、断定はできんがな。カーナ伯爵の犯行か、ヴォイヤー公爵も絡んでいるのか、あるいは例の厩舎番が伯爵家を辞職し、他の誰かの命で動いていたのか……。それが分からんことにはな」



「で、でも、万一関わっているとしたらどうするんですか!? ヴォイヤー公爵って言ったら、たしか大公陛下の御身内ですよね!?」



「ん~、私の記憶が確かなら、先代大公、つまり現在の陛下の御父君の従弟であったかのう?」



「うわ……。聞くんじゃなかった」



 ジュリエッタは頭を抱えて呻き始めました。


 よもやの大物登場に、明らかに怯んでいますね。


 まあ、それについてはアゾットやリミア嬢も同様に困惑の表情を浮かべておりますし、平静を装う私の方がむしろ図太過ぎるのでしょうね。



「んんん! じゃあ、ヴェル姉様、私、そろそろ店に行く時間なんで!」



 まさに脱兎のごとく、ジュリエッタはいなくなってしまいました。


 厄介事は極力避けたい性分ですので、万が一にも公爵などと言った遥か格上とやり合うなど、真っ平御免と言う事なのでしょうね。



(まあ、ジュリエッタはあくまで娼婦。魔女でもなければ、商売人と言うわけでもありません。店を任せられるようにするのが第一)



 私にとっては、ジュリエッタは妹分であり、娼婦としての初弟子でもありますからね。


 お店の業務優先です。


 リミア嬢に化粧を施したのですし、今回はこれで十分ですわ。



「さて、残ったお二人さんはどうするかえ?」



 そして、私は残ったアゾットとリミア嬢に視線を向けました。


 アゾットは表情こそ平静を装っておりますが、どうにも落ち着かない様子。手が若干汗ばんでいますね。


 リミア嬢も露骨に無念の表情を浮かべております。


 貧しい家柄とは言え、貴族である事には変わりませんからね。


 社交界の“暗部”を、それとなく理解しているのでしょう。


 ですが、私はしっかりと見えています。


 その瞳に宿す意思の光は、決して陰ってはいない事を。


 姉への報復といういささか物騒な理由ではありますが、あどけない少女には似つかわしくないぎらついた目が良い。


 何が何でもなそうとする、若さゆえの無手法ぶりがむしろ可愛らしい。



「私はやります! お姉様に酷い事をした奴を絶対にとっちめてみせます! どこの誰であろうとも!」



 決意は本物。


 多少怯んでいるようではありますが、それでもなお姉への思いが恐怖を抑え、勇気を振り絞るこの言葉。


 これに応えてやらねば、魔女の名が廃るというものです。


 私は笑顔でリミア嬢の頭を撫でました。



「よろしい。ならば、私も全力でいくとしましょう。かつて“雲上人セレスティアーレ”すら手玉に取った大魔女グラン・ステレーガカトリーナの孫もまた、とんでもない魔女であると、世界に知らしめてやると致しましょう」



 さてさて、たかだか少女略取の犯罪捜査が、よもや国家規模の大事件になってきたのは予想外。


 しかし、引き下がるという選択肢もない。


 ならば、全力でこれにあたるのみ。


 本気になった魔女の実力、とくとご覧あれ。

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