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7-8 化粧は魔術

 “魔女の館”


 港湾都市ポルトヤーヌスにある私の邸宅は、このように呼ばれております。


 花街から程近く、使い勝手も良いのでファルス男爵イノテア家のヤーヌスにおける拠点としての機能もある屋敷。


 そこへ私、従者のアゾット、針子 (ということにしている)のリミア嬢が、馬車で乗り付けました。


 門をくぐり、中庭で止まると、リミア嬢から感嘆の声が上がる。



「わあ~、大きな屋敷な上に、庭木もしっかり手入れが成されていますね」



「まあ、交渉、接待の場としても使う事もあるのでのう。見栄えは完璧じゃて」



 なにしろ、ここにはお忍びで“陛下”が来訪する事もありますのでね。


 その点の抜かりはありません。



「では、早速じゃが、リミア嬢、今から“別人”になってもらう。魔女の秘術【変身メタモルフォージ】でな」



「え!? 別人にですか!? しかも魔術で!?」



「うむ。実に単純な事。今から例の右頬に傷痕のある馬車の御者、つまり“事件の重要参考人”の足取りを追うのじゃが、それをあなたがそのまま追いかけるのは不都合でな」



「……あ、そっか。私が犯人を追いかけているって、先方にバレちゃいますもんね」



「そう。向こうの面が割れているように、こちらの面が割れている可能性も考慮しなければならん。下手に探し回って相手に危険を感じさせては、潜む可能性を上げてしまうようなもの」



 それゆえの【変身メタモルフォージ】というわけです。


 魔女の使う秘術の中でも、特に使用頻度の高いもの。


 私の中では“魔女の三枚舌”の次に重要だと考えております。


 そして、そうこう説明しながら屋敷に入ると、赤毛の女性がお出迎え。


 私の妹分であるジュリエッタです。



「ヴェル姉様、お帰りなさいませ」



「おお、ジュリエッタ、丁度よかった。出勤まで今少し時間があるな。この子を“別人”に変えてやって欲しいのじゃ」



 そう言って、私はリミア嬢をジュリエッタの前に立たせました。


 ぺこりと頭を下げ、丁寧に挨拶をする姿はやはり愛くるしい。


 叶うなら、それこそ『天国の扉(フロンティエーナ)』で働かせても良いくらいです。


 場数を踏めば、きっと人気嬢になる事でしょうね。



「あら、これは中々に可愛らしいお嬢さんですね。新しい嬢を探し出して来ましたのですか? それとも、魔女の方での弟子ですか?」



「どちらでもない。少し訳アリでな。しばらく私のお針子として、我が家に逗留してもらう事になった」



「左様ですか。さしずめ“ラケス二号”と言ったところですか」



「嫁がせる気なんぞ、更々ないですよ。要件が終われば、家に戻します」



「え~。勿体ないな~。結構可愛らしいのに」



 などと言いつつ、ジュリエッタは【変身メタモルフォージー】を施すために、リミア嬢と一緒に奥へと向かいました。


 私とアゾットは一足先に今へと向かい、その身をソファーに投げ出しました。


 そんなだらしない姿を見せれるのも、天下の名医にして魔女の従者たるアゾットくらいなものですね。



「ヌイヴェル様、いくつか質問よろしいでしょうか?」



「伺おう。情報の共有は最重要ですからね」



 私は体を起こし、直立の姿勢で相対するアゾットへ視線を向けました。



「今回の件、やはり不可解です」



「どの点が?」



「失礼な物言いになりますが、ボーリン男爵ポロス様は、名ばかりの貴族で貧しい家柄です。政治的な影響力はないに等しい、何の力を持たない人物です。いくら貴族とは言え、そんな家の娘が襲われた程度で、陛下から勅命が下るのは奇妙です」



「ああ、その点か。それならば、不可解でない状況を作ればよい」



「と仰いますと?」



「そう、例えば、犯人が貴族であったとしたらば?」



 私の言葉にアゾットは目を丸くして驚く。


 まあ、少し考えれば分かる事ですが、その点はやはり“貴族”と“下々”の差でありましょうね。


 私は“両方”でありますから、両方の心情を読み解ける稀有な存在。


 であるからこそ、フェルディナンド陛下も密偵頭のアルベルト様も、私を重宝しているのですからね。



「なるほど。その可能性を失念しておりました。確かに犯人が貴族であると仮定した場合、今までの話の辻褄が合います」



「そうじゃ。庶民の娘を幾人かかどわかしても許される。それほどの高位の貴族というわけじゃな」



「しかし、今回は末席とは言え、貴族の娘が襲われました」



「つまり、犯人はより“上質な花”を求めてきたというわけじゃな。そうなるともう歯止めが利かなくなったと見るより他ない」



「さらに上位の貴族の娘が襲われるのも、時間の問題というわけですか」



「天上の甘露を味わえば、もう二度と地上には戻っては来れぬ。次の獲物むすめを求めて、またそのうち動き出すでしょう。それを見越して、陛下は私にこっそりと依頼してきたというわけです」



 公儀が直接動けば、相手が上位の貴族であればある程、その動きがバレてしまう可能性があります。


 しかも、密偵頭を挟んでこちらに依頼してきたということは、貴族を捕縛できるほどの証拠を固めてはいないという証。


 それを掴めというのが、陛下からの極秘の依頼というわけですね。


 いやはや、相も変わらずアルベルト様が何かしらの依頼をしてくる時は、毎度毎度厄介な案件ばかりというわけです。



「そうなりますと、相手に気付かれる事無く、尻尾を掴む必要がありますか」



「もしくは、こちらが用意した檻に飛び込ませて、逃げられないようにするか、じゃな。いずれにしても、手早くかつ内密に調べねばならん」



「厄介ですな」



「なに、いつもの事じゃて」



 魔女を続けるというのも、なかなかに手間なものです。


 陛下と懇意にできるという特権のおまけ付きとはいえ、悩ましいですわね。



「ヴェル姉様、仕上がりましたよ」



 そう言って居間に入ってきましたジュリエッタですが、見慣れぬ少女を連れてまいりました。


 と言っても、“服が同じ”ですので、ある意味で丸分かりですが。



「お~、見事に“化けた”といったところじゃのう」



「見た目は絶対に分かりませんよ。これがリミアちゃんだって」



 そう、ジュリエッタに寄り添われて現れたのは、他でもないリミア嬢。


 ただし、化粧やかつらを用いて、見た目は完全に別人になっております。


 これぞ魔女の秘術【変身メタモルフォージー】。


 姿形は完全なる別人です。


 これで正体を暴かれる事無く、調査も進むというものですわ。

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