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7-5 報復の報酬

 眠りについたクレア嬢の頭を撫でてやり、それから腰かけていた寝台より立ち上がりました。


 心優しい男爵夫人に擬態した魔女の話術、効果は覿面でしたわね。



(あと、貴婦人の御指ディータ・ディ・ダーマにもね)



 翼手折られし小鳥に添えられし魔女の指先。


 僅かばかりの温もりを与えられたのでしたらば、まずは上出来ですわね。



「これでもう大丈夫でしょう。時間はかかりましょうが、きっとよくなりますよ。私がクレアお嬢様にして差し上げるのはここまで。ここからは、家族のなすべき領域にございますれば」



「ありがとうございました、ヌイヴェル様」



 リミア嬢は深々と頭を下げて、礼を述べられました。姉が少しでも元気になったのですから、妹としては嬉しいのでしょう。


 さて、姉の方からいくつかの情報を得たことですし、ここからがむしろ本番。



(とはいえ、主犯格の男の顔は見えなかった。と言うより、記憶が消し飛んでいると言った感じか。……まあ、自分を無理やり犯した男の顔など、覚えていたくはないでしょうしね)



 いくら記憶を読み解く【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】であっても、ぼやけた記憶を鮮明にする事はできないという事です。


 しかし、犯人に繋がる重要な人物の顔は分かりました。


 少し時間はかかるかもしれませんが、後は“しらみつぶし”でいく方が確実かもしれません


 これは大掛かりな準備がいるなと考えつつ、部屋を出ようときびすを返すと、リミア嬢が私の手を掴みました。



「ん? いかがいたしましたか?」



「え、えっと、その……、ヌイヴェル様、申し訳ございませんでした! 皆が魔女だと噂して、てっきり怖いお方だと勘違いいたしておりました。まずはその事をお詫び申し上げます!」



 リミア嬢がペコリと頭を下げまして、私はそれを笑顔で応じました。



「私は魔女ゆえ、いくつも仮面を付けてますのよ。今は年頃の女の子の前に出る年上にお姉さんですわ。お気になさらず」



 さすがに二十も離れた娘を相手にお姉さんでは盛り過ぎたかと思いましたが、リミア嬢はクスリと笑い、素直に受け止めてくれたご様子です。



「ならばお尋ねしますが、怖いお顔もお持ちでしょうか?」



「持っておるとも。人々を阿鼻叫喚の地獄へ叩き落す、怖い魔女もまた私の顔の一つなれば」



 まあ、その顔を見せることは滅多にないですが、今回は久方ぶりに“全力”で魔女を演じるつもりゆえ、じきに見ることも叶いましょう。


 とは言え、進んで見るものではございませんが。



「でしたらば、お願いしたいことがございます」



「いかなる用向きでありましょうか?」



「お姉様の復讐を。こんなひどいことをやった人達を、阿鼻叫喚の地獄に落としてください」



 静かだが、怒りに満ち満ちた声。許せぬのじゃろう。怒っておるのじゃろう。その気配が体の隅々から溢れております。


 私を掴むその手が、無意識のうちに強張っているのがその証拠。


 その気持ちは大いに分かる。


 まあ、公爵閣下からの依頼ゆえ、その件は心配ありませぬが、引き受けておけば公爵閣下とこの娘、報酬の二重取りとなりましょうか。それもよしと思いつつ、少し試してみようかしら。



「お引き受けいたしましょう。すべてこの魔女たるヌイヴェルにお任せあれ。しかし、お嬢様、一つ肝心なことが抜けております」



「何がでございましょうか?」



「報酬。いかほどお支払いいただけますか?」



 私は右手の親指と人差し指にて輪を作り、金子の支払いを求めました。



「仕事というものは、契約を交わし、それに則った報酬が支払われてこそ成立するもの。まあ、急な話ですので、今回は特別に後払いで結構でございますが、どれほどご用意できましょうや? 金子でなくとも、宝石や芸術品、工芸品でも構いませぬ。なんなら、土地でもよろしいですわ」



「そ、それは……」



 まあ、このお嬢様では動かせる額は高が知れていましょう。ボーリン男爵様も裕福とは言えぬのですからね。


 何より“それ”が今回の一件の一因でもありますから、無茶な要求だというのも理解しておりますとも。


 ですので、これは“試し”です。


 どこまで本気で“魔女に報復を依頼する気持ちがあるのか”、その意志の強さをしるための。



「報酬が支払えぬと言うのであれば、仕事の話はなしにございます。割安で引き受けてくださるその筋の方でもお探しあれ」



 敢えて冷たく突き放すがごとき態度。


 話はこれまでと私はリミア嬢に背を向け、扉の方へと歩み出しました。



「お、お待ちください!」



「おや、何か良い思案でも浮かんだかえ?」



 足を止め、クルリとリミア嬢の方へと振り向いて、微笑みかけました。お支払いいただけるのでしたら、お好みの地獄へ叩き落して差し上げますわ。



「ほ、報酬として、私をいかようにでもお使いください!」



 おやおや、そうきましたか。まあ、身を差し出して報酬とするのはなくはない話でございますが、かような若い娘から、そのような言葉が口から出ようとは思いませなんだが。


 実際、私が見つめるリミア嬢は若い。


 少女と呼べる年頃で、身体で払うなどとは下衆な発想です。


 まあ、私には必要ありませんが、相手の本気度を測る上では重要でありましょうか。



「ちなみに、リミア嬢、あなたはおいくつになられましたか?」



「先月、十二になりました」



 う~ん、若いです。とても若いです。


 報酬として受け取るには、あまりにも若すぎます。


 今回の発端であります“処女喰い”ならば、大喜びで受け取りましょうが、私はそんなことなどいたしませぬ。


 なにしろ、これから地獄へ叩き落すのがそやつらなのですから、そんな下衆野郎と一緒にされるのは断固としてお断りでございます。


 針子なり側仕えなりにいたしましょうか。


 まあ、これはほんの悪戯心が生み出した座興にございますれば、報酬などいただかなくても結構でございますよ。お気持ちだけで十分です。



「なるほど、よく分かりましたわ」



 私はリミア嬢に歩み寄り、そっと腕を回して抱き寄せて、息がかかるほどに顔を近付ける。


 そして、ニッコリ微笑みかけました。



「姉を想う妹の心意気、確かに受け取りました。それで十分にございます。魔女の糧は人の心にございますれば、今のお嬢様の心意気にて腹は満たされてございます。報酬は受け取りましたゆえ、姉君の側にて安んじてお待ちあれ。多少協力をお願いするやもしれませぬが、そのときは良しなに」



 今一度しっかりと抱き締め、リミア嬢も涙を流しながら抱き返して参りました。


 美しき妹の献身、しかと受け取りましたよ。


 これで、引けぬ理由が加わりました。


 やはり今回は、“全力”で魔女にならねばなりませぬか。


 さて、何人の死体が転がり出ることやら。


 また、神への許しを求め、教会でお祈りを捧げねばなりませんね。

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