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7-3 震える少女

 アルベルト様よりの依頼を受け、早速足を運びましたのはボーリン男爵様の御屋敷です。


 付き従いますのは、お抱え医師であるアゾットと、手土産代わりに菓子を一つ。


 無論、目当ては被害者の娘。当人から直接情報収集するのは当然のこと。


 話してもらうのが一番ですが、それすらできないことも考えられますので、いざとなれば我が魔術にて抜き取らせていただきます。


 私の魔術は【淫らなる女王の眼差しヴァルタジオーネ・コンプレータ】。


 肌の触れ合った相手から、情報を抜き出してしまう効果があります。



(強姦された娘の心の中など、本来は覗きたくはないのですが、手っ取り早い事件解決にはこれが一番ですからね)



 状況確認は元より、上手くすれば下手人の面まで確認する事ができます。


 この手の捜査では、圧倒的な力を発揮する我が魔術。


 犯人さえ知れてしまえば、後は証拠を固めていくだけですので。


 そして、屋敷に入りますと、ボーリン男爵ポロス様がお出迎え。


 事前に来訪を告げる使いを出しておりましたし、すんなりと中へと通されました。



「ヌイヴェル殿、わざわざ見舞いにお越しくださって申し訳ありませんな」



 お貴族様の中では、いささか腰の低い御仁です。


 まあ、貴族ともなると、それぞれの家紋の“力関係”というものが、特に重要ですからね。


 はっきり言えば、ボーリン男爵家は貴族の家門とは言え、貧しい家柄です。


 領地も小さく、領民も少ない。


 そうかと言って、特筆すべき特産品や、あるいは何かしらの事業展開をしているでもなく、本当に“貴族の血筋”以外は、何もない家と言えましょう。


 一方、私の家門でありますファルス男爵家は、極めて裕福な家柄になります。


 領地は半農半漁の海辺の村を一つ領有しているだけでございますが、大規模なヴォンゴレの養殖場があり、またその他魚介の加工場もあって、極めて活気のある村でございます。


 そうした魚介を中心とした商いを行っておりますイノテア商会があり、また私の勤め先の高級娼館『天国の扉(フロンティエーナ)』も、一族が経営しております。


 領地としては場末の貴族である男爵らしい小規模な物ではありますが、特産品やそれを商う商会、そして、娼館経営とその蓄財能力は極めて高いのでございます。


 “財力”に限れば、下手な伯爵家よりも余程裕福なくらいです。


 また、大公陛下や密偵頭のプーセ子爵家とは昵懇の仲であるのは、半ば公然の秘密でございますから、隠然たる勢力を“裏”で築いております。


 家柄としては、高々男爵号を得て三十年程度の歴史の浅い家門ではございますが、しっかりとした基盤を持ち、貴族社会に根付いたと自負しております。


 つまり、我がファルス男爵家と、目の前にいるポロス様のボーリン男爵家、同じ男爵家でも錬然とした“力の差”があるというわけです。


 礼儀正しく人当たりのよい点以外は特に取り柄のない男、と言うのが目の前の御貴族様への偽らざる私の評価。


 男爵といえど裕福とは言えぬ家門。古い家柄なのは間違いございませぬが、ただそれだけです。


 二代しか重ねておらぬ我が家の方が、遥かに財を抱えております。まあ、“女”の稼ぎが大きいでございますから、それはやむ無きことではないかと。



(いくら力の差が歴然としているとはいえ、上から目線なんてのはやりませんけどね。下手にふんぞり返って、嫉妬や嫌悪を買うのはバカのする事ですから)



 なにより、私はあくまで“なんちゃって男爵夫人”です。


 本来の男爵である従弟のディカブリオや、大公陛下の黙認があるからこそ許されている特例。


 ただでさえ、魔女だの娼婦だのと言われる身の上。


 進んで波風を立てるつもりはありませんわ。


 なので、こちらも礼儀正しくご挨拶です。



「いえいえ、不意な訪問に直々のお出迎え、恐縮でございますわ、ポロス様。年頃の娘が痛ましい目に会ったと聞き、気にしておりましたので、少しでも元気付ければと思いましてね。それに、“天下の名医”もお連れ致しました」



 わざわざアゾットを連れてきたのも、相手の好感度稼ぎの一環です。


 アゾットは我が家のお抱え医師であり、【医聖の天啓ガレノス・リベラトーレ】に目覚めた最高の名医と評判高い。


 特に大公妃陛下の病を平癒させてからは、貴族社会でもその名を轟かせ、私やディカブリオのところへ“往診のお願い”に来る貴族まで出るほどです。



(アゾットに使った留学費用も、“紹介料”でじきに回収できますわね)



 名医をお抱えにできた上に、かかった費用も回収できるという幸運。


 我ながら良い買い物をしたと自負しております。



「おお、噂に聞くアゾット医師ですな。御足労、感謝いたします」



「こちらこそ、お初にお目にかかります、男爵様。医師のアゾットと申します。以後、お見知りおきを」



「いや、堅苦しい挨拶は結構。早速、娘を見てやって欲しい」



 来客とあって、出来る限りの明るい表情を作ってはおりますが、やはり娘が“強姦”などという卑劣な犯罪にあったのは隠しようがありません。


 微かに漂う暗い表情、そして、どことなく重く感じる口調。


 思うところは色々とあるのでありましょうが、それを必死に押し殺そうとしているのは感じます。



(とは言え、まずは状況確認。被害にあった娘に会って、色々と確認しなくてはいけませんね)



 とにかく、アルベルト様からは事件の真相を追えという依頼ですし、こちらも本気を出さねばいけません。


 わざわざ密偵頭が動いたという事は、絶対に“裏”もあるはずです。


 ほんと、アルベルト様がやって来る時は、いつも厄介事ばかり。


 何かと忙しないものです。



「アゾットや、しっかり頼むぞ」



「心得てございます。ですが、今回は私などよりも、我が主人の方が適任かと思われます」



「そうなのか?」



「そもそもの話として、“男”である自分が、娘の前に立っても大丈夫か、という点ですね」



「ああ、それもそうね」



 アゾットの言わんとすると事は、すぐに分かりました。


 なにしろ、今から会おうとする娘は、どこの誰とも知れない“男”に襲われ、無理やり花を散らされたのです。


 それが心に傷を残し、“男”への全般的な恐怖になっている可能性があります。



「もしそうならば、アゾットが娘の治療をするのは難しいか」



「それに、“心”に病巣があるのでしたらば、むしろ“医者”よりも、“魔女”の方が適役かもしれません」



「フフフッ……、薬の処方箋は、“魔女の三枚舌”ですか。それもまた道理ですね。傷云々よりも、心に深手を負っていれば、医者よりも魔女の領分。魔術と話術、私の得意分野ですわね」



 そうこう話しておりますと、目的の部屋までやって来ました。


 そして、男爵様が扉を叩く。



「私だ。入らせてもらうよ」



「どうぞお入り下さい」



 中より返事がありまして、男爵様は扉を開けました。


 中には少女が二人。一人は寝台に横になり、今一人は寝台の横の椅子に腰掛けておりました。


 椅子に腰掛けておりました少女はスッと立ち上がり、部屋に入ってきた私達に御辞儀をしました。


 しかし、寝込んでいる娘はガタガタ震え出し、軽く呻いているご様子。どうやら、アゾットの予想通り、かなり深刻な状態のようです。



「……男爵様、ここは私が。アゾット、おぬしも下がっておれ」



 私はアゾットが持っていた荷物を受け取り、男性二人を部屋の外へと出しました。


 私やアゾットの予想していた通り、どうやら医者よりも魔女の出番のようです。


 見たところ、男性に対して強い恐怖心を抱いている様子。一筋縄ではいかぬし、時間が必要であると感じました。


 さあさあ、無垢な体と魂を汚された少女、我が指先にて引っかけて起こしてあげねばなりませんね。

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