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7-2 処女喰いの暗躍

 その日は珍しいお客様が私の屋敷に来訪されておりました。


 私の屋敷である“魔女の館”にやって来たのは二人。


 一人は従弟のディカブリオ。ファルス男爵イノテア家の当主。


 結構な巨躯の持ち主であり、私は“熊男爵バローネ・オーソ”などと呼んでおります。



「ディカブリオよ、今日はいかなるご用かえ? 嫁御が孕んでおるゆえ、可愛い愛人が入り用かのう? 私の店でよい娘を紹介いたしますわよ」



「姉上、冗談にしても面白くありませぬ」



 ムキになって怒るところが可愛いところよのう。すっかり、嫁のラケスの虜になりおって。裏で手を回した甲斐があったというものよ。


 今は妊娠中ではありますが、一切の浮気もせずに一途なことです。


 ちなみに、花嫁の兄であるアゾットも、この場におります。



「まあ、そう言うな、ディカブリオ。場を和ませるための冗談よ。お連れの方を見れば、そんなことではないことくらい分かります」



 そう、問題なのはディカブリオが連れてきた御方。


 従弟と一緒にやって来た御仁に視線を向けますと、そこにはアルベルト様がおられます。


 ジェノヴェーゼ大公フェルディナンド陛下の異腹弟(実は双子)で、プーセ子爵家の当主であります。


 プーセ子爵家は代々、大公家の影として仕え、密偵頭を勤める家柄。表沙汰にできない“裏仕事”をなさっておいでなのです。


 そんな方がディカブリオを伴って私の下へ参られたのは、一つしか考えられませぬ。


 “また”厄介事を持ち込んできたのでございましょう。



「わざわざアルベルト様がお越しになられたということは、娼婦としてでなく、魔女としての私に依頼したいことがある、と?」



「その通りなのですが、本件に限って言えば、本職の方にもかかってくる内容ですので、魔女殿の耳にも入れておきたいと、兄上が申されましてな。こうして参上した次第です」



 ほほう。娼婦としての私にもご助力願いたいとは、話の内容が気になります。


 しかも、フェルディナンド陛下からの依頼となると、余計に厄介事でございますね。




「して、どのようなご用向きでございましょうか?」



「不快に思われるかもしれませぬが、『処女喰い』というのをご存じでしょうか?」



 聞きたくもない下劣な単語が耳を汚してしまいました。


 あとでしっかり水で清めねばならないくらいに不快ですわね。



「男を知らぬ若い女子ばかりを突け狙うアホ共のことですわね。誘拐、恐喝、かどわかし、なんでもござれの下衆げすい連中。汚れを知らぬ乙女を辱め、あとはそのまま売春宿へ売り捌く。いや、中には処女の乙女を売りにした売春宿すらあると聞いたことがありますわね。同じ娼婦や売春業といえど、私とは真反対に位置する関わりたくもない奴らですわ」



 直接関わった事もないので、あくまで噂程度でしか知らぬ存在。



(まったく、生娘を虐めて、何が面白いと言うのか。なんの技前も持たぬ女など、抱いても楽しくはなかろうに)



 などと私は考えております。


 私の下へ来たのなら、二度とそんな気を起こさぬくらいに、悦と楽に沈めてやるのですがね。


 もちろん、金子の払いは高値となりますが。



「前々からその手の話はあったのだが、ここ最近、特にひどくなってな」



「で、被害者の娘に貴族か関わりの深い富豪の娘がおったと」



「話が早くて助かります」



 大公陛下が動かれているということは、まあ、関係者が被害をうけたということでしょう。


 庶民の誘拐事件程度で、陛下が動くわけがありませんので。



「被害に遭われたましたのは、ボーリン男爵の娘御です」



 私も知っている貴族の名前です。特に親しいというわけではございませんが、舞踏会等で何度かお会いして、たわいない世間話をした記憶はございます。



「あそこは確か、娘が二人いたと思いますが……」



「被害に遭ったのは姉の方で、齢は十四の間近といったところです」



 それは痛かろうて。心にも体にも傷を負うて、不憫でなりませんね。


 まあ、私もその頃に破瓜したので、よく分かりますとも。もっとも、あの時は別の意味で暴れてしまい、相手の方にはご迷惑をかけてしまいましたが。


 しかし、進んでやったのと、無理やり奪われたのでは、受ける痛みも違います。



「ここ一月の被害者は全部で十五名。中には十歳の娘までおりまして、痛ましい姿で打ち捨てられておりました」



 ここ最近、一番の不快な内容な話ですわね。


 十歳の娘にまで手を出すなど、おぞましいにも程がある。


 伸びゆく若い苗木を手折る所業、見過ごすわけには参りません。


 それはディカブリオやアゾットも同様なようで、露骨に顔をしかめております。



「なるほど、死者まで出ておりますか」



「あくまで確認されたり、発見された者の数です。行方知れずや捜索の届け出等を出していない者は含まれてない」



 さらに被害が増えるというのか、と考えると億劫ですわね。



(何十人と被害が出ている。ここまで大がかりですと、組織立って動いているのは確実。どのみち、全員火炙りにでもしてやりたいわ)



 もうすでに私も怒りと不快感で頭が満たされまして、やる気満々になりました。


 どう己の成した悪行を後悔させるほどに苦しませてやろうか、頭の中でそれが組み上がって、殺意が体中から漏れ出てしまいますわね。



「事情は理解いたしました。私は色街に潜む愚か者どもを、炙り出すなり見付けるなりすればよいと?」



「いかにも。無論、こちらも探しておりますが、やはり色街の情報収集ですと、内側にいる人間の方がやり易いかと思いましてな。なにとぞ、ご協力を」



 アルベルト様が軽く会釈なさいました。


 普段は頭を下げる方ではありませんが、それだけ事態が深刻なのでしょう。


 この街は、『港湾都市ポルトヤーヌス』は、ジェノヴェーゼ大公領の玄関口のような場所であり、最大の貿易港。


 そんな場所があまり治安が悪くなりますと、人心は乱れていき、住み心地が悪い場所になりかねません。


 商人の往来にも支障が出ましょう。


 もちろん、そんなのはこちらも真っ平御免ですわね。



「お引き受けいたしましょう。お任せあれ、と大公陛下にお伝え下さい。ディカブリオ、アゾットを使わせてもらうぞ。こういうときにこそ、こいつの肩書きが役に立つというものです」



 アゾットは我が家のお抱え医師。魔女の従者にて、名医と評判の男にございます。往診だの治療だのとの名目で、あちこち出向いたとて怪しまれませぬ。


 二人でしばし、情報収集と参りましょう。



「承知いたしました。ヌイヴェル様、お供いたします」



 アゾットも内容が内容だけに、こちらもやる気十分。


 さて、『処女喰い』などという不埒者、この魔女ヌイヴェルが退治してやりましょうか。

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