6-3 無料になるか、倍額になるか
「クククッ よもや久々に『楽園の扉』に足を運べば、隣室に『壁男』がいるとは、運が良い! 楽しい、楽しいぞ!」
まあ、お客様にとっては偶然の巡り合わせではございますが、実際のところ、私は隣室で妹分のジュリエッタが『壁男』の二つ名で呼ばれる方と、一緒にいる事は知っておりました。
なにしろ、当店は“完全予約制”を採用しておりますので、今日は誰がお越しになり、どの嬢を指名しているのか、これくらいの情報ならば、予約帳簿を見ればすぐに分かります。
つまり、『壁男』の二つ名を得る切っ掛けとなりました、“あの行動”も起こるという事です。
そう、先程のように“壁を連打する”という行動を!
「なるほど。さながら合戦前の“陣太鼓”だと聞いていたが、まさにそれだな」
「妙な癖が付いたと申しましょうか、あの御仁も最初に当店にお越しになられ、ジュリエッタが“筆下ろし”をして以降、ああなのでございますよ」
「おお、ジュリエッタ嬢が毎度相手をしておるのは聞いている。いやはや、“若い”とは素晴らしい事じゃな!」
「あら、アロフォート様も若い頃はなかなかだとお伺いしておりますが?」
「なんのなんの! まだまだ現役よ、現役! だからこうして、店に来ておるのだからな! ヌイヴェルに合戦を所望して!」
相も変わらず、ノリのよろしい事で。
こういう闊達な性分だからこそ、六十を数えながらも自分で航海に出て、世界中を回っているのでございましょうね。
「さて、あやつがおるのであれば、やらねばなるまい。やらねば不作法というものだ! ヌイヴェルよ、よいな!?」
「左様でございますね。では、参りましょうか! 賭けましょう、今宵の勝負!」
これは二つ名がつけられた頃から、勝手に広まったお遊びでございます。
今ではお客様につられて娼婦も参加するのが慣例となりつつあります。二人で呼吸を整え、同時に頭の中身を口から表に吐き出します。
「“十”でございます」
「“八”でいくぞ」
十と八、“予想”はそれぞれこうでございますか。
「アロフォート様、“八”はいささか手堅過ぎではございませぬか? 美食家にして冒険家であるアロフォート様らしくありませんわ」
「ヌイヴェル嬢こそ、勇み足が過ぎぬか? いくら何でも盛り過ぎよ」
互いの予想への評を出し、お互いにニヤリと笑いました。
「では、“賭け金”にございますが、アロフォート様が勝てば今宵の代金は無料! 私のおごりとさせていただきます。ただし、私が勝ちましたらば、既定の倍額をお支払いいただく。……という事でいかがでございましょうか?」
「ほほ~う、無料か、倍額か、そのいずれかか……。よし、それでいこう!」
「ありがとうございます。これで今日の稼ぎは二倍にございます」
「すまんな、今日の払いを奢ってもらって!」
お互い一歩も引きませぬ。壁を叩く音は、今夜の明暗を分けるのでございますから。
ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!
「おお、そうこうしている内に“二回戦”が始まったぞ!」
「ジュリエッタ、しっかり励むのよ! そして、私に勝たせなさい!」
「頑張れよ、若人よ! ただし、程々にな!」
そう、この“壁を叩く音”は床合戦が始まる合図。
これから「一発致します!」を知らせる陣太鼓というわけです。
そして私は“十”を、アロフォート様は“八”を、それぞれ予想いたしました。
もちろん、その数字は“何回戦までやれるのか?”という下世話な数字。
はてさて、結果はどうなりますことやら。
戦はまだ始まったばかり。まだまだ長引きそうでございますので、『壁男』の由来についてお話いたしましょうか。




