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6-2 響く壁の音

 目の前に酒と料理が並べられ、今回の船旅について、嬉々として話すアロフォート様。


 世界中の美味珍味を平らげ、その話を語らう事を何よりの楽しみとされておりますので、その語り口調には非常に熱がこもられております。


 ついつい私もそれに聞き入ってしまうほどの。



 コンッ、コンッ、コンッ!



 アロフォート様との楽しい食事をしておりますと、不意に扉が叩かれました。



「おお来たな! 待っておったぞ! 今日一番の料理の御到着だぞ」



 アロフォート様はどうやら目の前の料理の他にさらにご用意なさっていたようで、その一番の料理とやらがやって来ましたようです。


 どうやら何かの汁物ミネストラらしく、鍋で運ばれて参りました。


 私は何の汁物ミネストラなのかと気になりまして、鍋を覗き込みましたが、中身は空っぽで汁しか入っていませんでした。



「はて、何も具材が入っておりませぬが」



「ああ、これでいいのだ。これは現地で“マル”と呼ばれる亀の仲間でな。鍋に放り込んで灰汁を取りながらひたすら煮込み、肉汁が染み出た汁を濾して魚醤ガルムで少し味付けして出来上がりじゃ。ほれ、さっそく飲んでみよ」



 アロフォート様はご機嫌に深皿にマルと呼ばれる物の汁物ミネストラを入れ、私はそれをスプーンで口に運び入れました。


 するとどうでしょうか、僅か一口だというのに、体の中から何かが湧き出てきたかのような錯覚に襲われ、急に全身に熱がこもって参りました。



「おお、これはなんとも……」



 それ以上の言葉はでませんでした。沸々と湧き上がるとは、このことを言うのでございましょうか。



「“マル”はのう、東の方では最も滋養強壮に優れた食材と言われ、これさえ飲めば病人もたちどころに走り出すそうじゃ」



「それは凄いものですね。実際、体中から力が湧いてくるかのようですわ」



「そうじゃろ、そうじゃろ! ワシもあちこち旅して回って、色々と“体に良い食材”とやらも堪能してきたが、この“マル”は特一級だと考えておる! おまけに、味も格別と来た!」



「フフフッ、なら、これは売れますね(・・・・・)



「クククッ、ヌイヴェル殿もそう思うか?」



「はい。我が家の商会でも商いたいくらいですわ」



「そう言うのであれば、やはり、売れるな、この“マル”は」



 私もアロフォート様も互いにニヤリ。


 この辺りは、商売人としての血が騒ぐと申しましょうか。


 売れそうな新商品が目の前にありますと、ついつい笑みがこぼれてしまいます。



「やはり、こいつは大量に仕入れるようにしなくてはな!」



「いっその事、養殖されてはいかがでしょうか? 初期投資はかかりましょうが、流行を作るには量の確保や安定供給が最優先。現地に買い付けに行くよりも、やはり我が国においても生産する方が将来的にはよいでしょう」



「おお、それもそうだな! そう言えばイノテア商会も、“ヴォンゴレ”の養殖から財を成したからな!」



「はい。私の一族が経営しておりますイノテア商会は、元々は漁師の一族。蛤の養殖をいち早く確立し、財を成した一族でございます。もし、“マル”の養殖をなさるのでしたらば、是非にもご協力させていただきますわ」



「うむ! いずれ具体的に詰めていかねばならんな!」



 美味しい物、そして、商売の話になりますと、どこまでも突き抜けて闊達になられますね、アロフォート様は。


 もちろん、私も“同類”でありますので、そのお気持ちはよく分かりますとも。

 


「美味しい上に、元気が出てくる食材、商売として早く仕上げていきたいですわね」



「ああ、まったくだ! それに“マル”は精力剤としても使われておるそうで、これを飲んだとある王様が、三日三晩女子とまぐわっておったそうだ」



「あらあら、それは大変でございますわね」



「今宵は覚悟してもらうぞ!」



「お手柔らかにお願いいたしますわ」



 う~ん、これは今夜のお仕事は“長丁場”になりそうな予感がいたします。


 などと考えておりますと、突如として壁を叩く音が部屋の中に響きました。



 ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!



「な、なんだ急に!?」



「ああ、隣部屋のジュリエッタのお客様は、どうやら“あの方”のようでございます」



 しばしの沈黙の後、アロフォート様は何かを思い出したかのように立ち上がり、そして、音がした壁の方へと駆け寄りました。



「ま、まさか来店日が『壁男ウォモデルムーロ』と重なるとは! なんという幸運! たまにしかこの店に来れぬというのに、巡り会わせの良いことじゃ!」



 ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!



 アロフォート様は同じ音調で壁を叩き返し、そして、席に座り直しました。



「さあ、面白い事になって来たぞ~。今宵はついている、ついているぞ!」



 愉快にはしゃぐアロフォート様は、実に楽しそうでございます。


 この店は高級娼館でございますから、客層は裕福な方ばかり。


 当然、社交場サロンや宴席などで顔を合わすことも多く、ある意味皆が顔馴染みなのでございます。


 たまに過剰な求愛行動(バカなこと)をする者もございますが、そんな事をすればたちまち全員が顔馴染みでございますから、噂が飛び交う事になるのです。


 そして、いい意味での噂もございまして、笑い話の種になる奇行もあり、気が付けば奇妙な二つ名がついているということも、稀にではありますがございます。


 今、隣部屋におります『壁男ウォモデルムーロ』なる二つ名を持つ人物もその一人。


 確かにアロフォート様の言う通り、楽しくなってきましたわね、今宵は。

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