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5-18 そして、天使(嘘)と司祭(狂)は棺へ封印

(さて、準備は整いましたか)



 どうにか狂える司祭が来店する前に準備は整いましたが、変わり果てた部屋の内装を見て、思わず苦笑いをいたしました。


 本当に娼館の中に“霊廟”を作ってしまったのですから。


 窓には光を完全に遮る厚手のカーテンに変え、薄暗い部屋はどうにか燭台の明かりでぼんやり見える程度の照度にしておきます。


 そして、意味ありげな祭壇を設置し、その上に大きめの棺。


 これで“霊廟”の完成。


 あとは死体わたしが棺の中に納まれば完璧です。



「やれやれ。本当に面倒な事になりましたね。ヴィットーリオ叔父様の言う通り、身から出た錆、自分で蒔いた種とはいえ、これでは割りに合いません」



 完璧なる御奉仕を店の売りにしておりますので、出来得る限りの用意は致しますが、さすがに霊廟に模した部屋で死体に扮するのは初めての事。


 もちろん以前、ヴェルナー様を無理やりにでも元気にさせるため、死体と入れ替わって棺の中に引きずり込み、天使からのお告げと称した愛と感動の語り(騙り)を披露しました。


 それがまさかの“延長戦”。


 むしろ、追加公演アンコールと言った方が適当かもしれませんね。


 役者は私。聴衆はただ一人の彷徨える子羊。



(迷っているというよりかは、暴走しているのですけどね)



 偽りの託宣が誤解を生み、誤解が回り回って自分の手元に返って来るとは思いませんでした。


 上客を一人捕まえたと思えば満足すべきなのですが、仮にも伯父と姪ですからね。


 血の繋がりがないとはいえ、その点だけは気が引けます。


 演技をして、相手を惚れさせるのは、娼婦としての当然の技術ではありますが、それはあくまで金をふんだくるためのもの。


 狂った信仰の持ち主から吸い上げるのは、こちらも狂気に犯されそうで頭が痛いですわ。



「さて、そろそろ来る事でしょうし、“死ぬ”としますか」



 しばらくは身動きが取れないので、体の各部をほぐし、それから棺の中に横たわりました。


 黒い衣装は死者の証。


 白い肌は私の生来の特徴。


 この二つが合わさる時、見事な死体の完成でございます。


 化粧をせずとも、肌が白いのは、こういう時には便利でございますわ。



「まあ、死体に扮する機会なんて、普通はありませんけどね」



 長年娼婦を勤めて参りましたが、こういう嗜好のお客様は初めてでございます。


 しかも、身内というのが、なんとも……。


 などと考えつつ、棺の中にて死体になっておりますと、部屋の扉が開き、誰かが中に入ってきました。


 目を瞑り、棺にて死体として横たわっておりますので、確認はできません。


 しかし、目は見えずとも、耳と肌は健在。


 足音と息遣い、そして、微妙な空気の流れが近付いてくるそれを感じさせます。


 そして、それは私の前に、棺の前にて止まる。


 呼吸も荒く、恐ろしく興奮しているのが、嫌でも伝わってきます。



「ふほぉ~! 天使様、降臨! 天使様、降臨!」



 声から、ヴェルナー様である事は確定。


 その勢いのまま棺の中に飛び込み、私の横にゴロン。


 そして、閉まる蓋。


 再び訪れるあの時のような、二人だけの沈黙と暗闇の世界。



(あのときのようなぎゅうぎゅう詰めでないとは言え、やはりキツイ!)



 大きな棺を用意しましたので、その点ではあの時よりかは楽。


 しかし、興奮の度合いはあの時より上であるため、息が荒い。



(まあ、楽と言えば楽なのですが、これはこれで……)



 “普通”の御客様でしたらば、私の体を貪りに来る方もおりますし、一夜にて“何回戦”も挑まれる精剛も当然、お越しになられます。


 そういう意味では、ただ横に添い寝するだけのヴェルナー様は、“体力的”には楽なものです。


 しかし、“精神力”はゴリゴリ削られてしまいます。


 なにしろ、ヴェルナー様がお求めなのはあの日の再現。


 つまり棺の中で天使よりのお告げを聞く事。また、天使わたしと棺に入り込んで逢瀬を楽しみたいという事なのですから。


 息は荒くとも、いつ“託宣”が下されるか分かりませんので、微動だにせず、催促の声を上げる事もありません。


 本当に“信仰に狂っている”のでございますね、あなた様は。


 こうして、ヴェルナー様は私の“上客”になってしまわれたのです。


 聖職者が娼館にやって来ることはなくはないのでございます。私と同じく娼婦であった我が祖母も、かつての法王聖下と昵懇の間柄と伺っておりますし、いよいよ私にもそれがやって来たのかと考えました。



 もっとも、私は死体に扮して何も語らず、棺の中で横になっているだけでございますが。


 用もないのに天使が降りてきますかと、ヴェルナー様を煙に巻いて。


 まあ、私も娼婦として、お客様の情報を外に漏らすような真似はいたしませぬ。


 お客様をお迎えする部屋は私にとっての聖域サントアリオ


 不入の領域は不出の領域でもございます。硬く口止め致しておりますゆえ、ご安心してご来館くださいませ。


 ただ、装飾費用と称しまして、いささか“割増な”料金となってございますが、まあ、その辺りはご勘弁くださいませ。


 死体に扮するのはそれはそれで苦労をするのでございますから、労働の正当なる対価とお考え下さい。


 死者に取り憑かれ、死者と対話し、死者の赴く先に思いを寄せる。死を司る天使を求め、魔女の下へと通い詰める風変わりな聖職者。


 そんなお話でしたが、皆様、いかがでありましたでしょうか?


 この世には多くの悲しみに満ちておりますが、別れに勝る悲劇はございません。


 別れる者同士の絆が強ければ強いほど、その荒縄は残された者を絞めつけてしまうものです。


 ですが、その荒縄で自らの首を絞めるような真似はお待ちくださいませ。


 なぜなら、それは別の荒縄を生み出し、その荒縄もまた、別の悲劇を生み出すやもしれませぬゆえ。


 死は“一時的な”別れに過ぎません。


 死後の天上世界パラディーソでは、神への祈りと感謝を以て、再会と安寧が約束されているのですから、神よりの賜り物である命はどうか大切になさいませ。


 たとえ地獄ゲヘナへ落とされようとも、罪を悔い改めてあがなえば、光射す世界が待っています。


 神は罪過を重ねたる私にさえ手を差し伸べられ、贖宥状を差し遣わして天上の席次までご用意いただいた寛容な御方なのですから。


 死体に宿った天使に扮する魔女という回りくどい役回りを演じる事となりましたが、私の本分はあくまで高級娼婦。


 人々を誑かす魔女で、銭と精を吸い上げまする女吸血鬼で、神に救いを求めて天を目指す哀れな一本の宿木やどりぎでございます。


 さてさて、次のお客様はどちらの方になるでしょうか。


 できれば、金払いも良くて、精神的にも、肉体的にも、楽なお客様が望ましいですわね。



           ~ 第5章『死を告げる天使』 終 ~

これにて第5章『死を告げる天使』は完結でございます。


司祭ヴェルナーは以前の章で度々出してはいましたが、ヌイヴェルとの特別な関係はこういう具合と言うわけです。


近親相姦という最大の禁忌を抱える魔女と司祭。


まあ、特にそういうわけではないのですけどね。


棺の中で息荒めに添い寝しているだけですから。


百戦錬磨の娼婦とて、さすがにこれは参るでしょう(笑)。



さて、次なる章『壁を叩く男』もすぐに開始いたします。


乞うご期待!

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