5-17 完璧なる御奉仕をしたい(死体)
さて、私が自邸に戻って、喪服を持ち出しました。
ちゃんとした漆黒の死装束を用意できればよかったのですが、さすがに一からドレスを仕立てるとなると、時間が足りません。
棺や燭台ならいざ知らず、ドレスは私を採寸して、布地を切り分け、縫い付けねばなりませんか、これは“後日”の課題と致しましょう。
(いや、そもそも“後日”ってなによ? そう、これから来る! 絶対に何度も通って来る! これは再訪の上客の予感!)
金払いが良く、定期的に足を運んでくれるのは、店側からすれば最良の上客になります。
実際、司祭様の“性癖(?)”の事を考えますと、私の所に通い詰めるのは明白。
と言うか、天使の託宣を出せるのが私だけなのですから、絶対来ます。
(稼ぎとしては申し分ない。ですが、“身内”というのがね~)
近親相姦は最大の禁忌とされ、教会の聖典にさえそれを戒める逸話が載せられているほどの事です。
そのため、身内間での姦通は問答無用で死罪とされております。
結婚に際しても、四親等以上離れた相手でなければならないとも定められており、本当に厳しく制限が成されています。
ヴェルナー様とは血の繋がりがないとはいえ、それでも“叔母の夫の兄”ですから、親族である事には変わりありません。
そもそも世間体と言うものがあります。
ましてや、名の売れている司祭なのですから、余計に情報の拡散も早い。
(隠蔽工作の手間を考えますと、赤字になりかねませんね)
金払いは良くとも、厄介な客。
これは今後も悩みの種になりそうですわ。
と、そんな事を考えながら死装束を抱えて店に入りますと、早速、棺が運び込まれている場面に出くわしました。
さすがはヴィットーリオ叔父様、手配の速さはさすがです。
(ですが、ですがです! 目立ちすぎぃぃぃ!)
二人は余裕で入れる特注の棺であるため、狭い裏口からは入れなかったご様子。
止むなく正面玄関からの運び入れになったのでありましょうが、当然そこには客や娼婦の目があります。
何事かとガヤガヤ騒がしくなって参りました。
「ヴェル姉様、あれは何事ですか!?」
店におりました妹分のジュリエッタも、目を丸くして驚いております。
まあ、華やかな娼館に、あのような巨大な棺は場違いも甚だしいですからね。
ジュリエッタの驚きも理解できようと言うものです。
「まあ、その、あれです。今度、私が引き受ける事になった相手のご要望に合わせて、ヴィットーリオ叔父様が仕入れてきた道具です」
「ヴェル姉様、あれで一体、どんな御奉仕を成さる気で!?」
「詳しくは聞かない方がいいわよ。あなた自身、頭が狂うから」
何と申しましょうか、こうとしか言えませんね。
実際、今を時めく司祭様が死体を抱きに娼館に来る、なんて文言を信じる人はいないでしょう。
でも、世の中にはそうした変態、変人の類がいるものなのですよ。
狂わせてしまった張本人が言うのですから、間違いございませんわ。
「とにかくです、ジュリエッタ。上客を捉まえるのは良い事ではありますが、時にこちらの予想を超える“とんでもない内容”を要求してくる時があります。いくら金払いが良いからと、安易に引き受けて、後々に面倒事を引き起こしますわよ」
「は、はあ……。まあ、頑張ってください」
「できる事なら変わって欲しいのですが、そうも言ってられない相手ですからね。まあ、頑張るとしましょう」
「百戦錬磨の娼婦がこうも嫌がる相手って……」
まさか「伯父様です」とは言えませんね。
血は繋がってませんので法的には問題ありませんが、世間体や倫理観と言うものがあります。
よもや名の通った司祭様が、大金はたいて義理の姪を抱きに来た、などとは誰も考えないでしょう。
(なお、当人は不純な思いなど一切なく、信仰の道をひた走るため、神や天使の託宣を拝聴したいだけなのだという……)
ますます面倒事になったと頭を抱え、私は死装束を抱え、おもてなしをする部屋へと向かうのでした。
その中身は霊廟、死体の安置室を模した部屋。
どうしてこうなったのかと、神様に問い質したい気分です。




