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5-16 内装変更、お急ぎ便!

「叔父様、急いで部屋のしつらえを変えますわよ」



 私は支配人たるヴィットーリオ叔父様にそう言い放ち、即座に取り揃えるべき物を頭に描きました。



(ヴェルナー伯父様が私、と言うか、“天使の器”を求めてきたと言う事は、あの時の再現が目的でしょうね。天使からの託宣を受け、更なる境地(私に言わせれば狂地)に達しようとするのであれば、事細かく再現する必要がありますね)



 かつて、サーラ様の御遺体を運び出し、その死体に扮して棺に入り、天使の真似事で誤魔化したのでございます。


 しかし、ヴェルナー伯父様の中では、あれは完全なる現実の出来事であり、神からの啓示を受けたと認識しております。


 それを崩さず、“夢を見続けさせる”。


 これが今回の私の御奉仕。


 はっきり言って、割増料金でも元が取れるかどうか。



「まず、部屋の家具類を一切合財出します。代わりに、棺と燭台、それと祭壇でも用意いたしましょうか。部屋の内装を“霊廟”に見立てます」



「え!? 今から!?」



「叔父様、支配人としての自覚をお持ちください。当店は“完全予約制”を採用しているのは、お客様に“完璧な御奉仕”をするためでございますよ」



「無論、それは承知しているが、今言われた内装で……、一体全体、どんな内容の奉仕なのだ!?」



「あまりお聞きにならない方がよろしいかと。精神衛生上の事を考えますと、ね」



 自身の兄が妙な方向に狂っているとは、考えもしていなかったのでしょう。


 実際、ヴェルナー伯父様の“表面的な情報”を見れば、妻の死を機に家督を息子に譲り、信仰に道へと入って、気が付けば名声著しい聖職者になっていた、という事なのですから。


 その実態は、今なお死んだ妻を求めて彷徨い、でっち上げの託宣を信じて突っ走っているなど思いもよらぬことでしょう。


 仕掛けた私が言うのもなんですが、兄を狂気に落とし込んで本当に申し訳ございませんわ。



(でも、あの状況で手っ取り早く元気になっていただくのには、“狂気”の力でも借りなくては叶いませんでしたので、その点だけはご容赦ください)



 あのまま棺に縋り付く生活は、見ていられませんでしたからね。


 ユーグ伯爵家自体は家督相続がなされて、今は若き当主ヴィクトール様がしっかりと後を継いでいますし、その点は順調そのもの。


 ご隠居様が“ちょっとだけ”暴走しているだけです。



「それと、用意する棺は大きめの奴でお願いします。それこそ、大人が二人は入っても大丈夫な大きさの物を」



「特大の棺か……。これまた金がかかるな」



「通常の棺では“私”が苦労するからです。もうぎゅうぎゅう詰めはご勘弁願いたいです」



「ヴェル……、お前、本当に何をしたんだ!?」



「ちょっと魔女から天使に職替えしただけです。それが思った以上に効果があった、というわけです」



 話しがドンドンややこしい方向に転がっていきますわね。


 嘘の託宣で半分死んでいた伯父様を復活させたのはよかったものの、とんだ誤算でしたわ。


 “信仰”という名の薬が効き過ぎるのも考え物です。



「では、私は一度、“魔女の館(わたしのうち)”に戻ります。ここには必要な衣装がありませんので」



「ドレスの類も変えるのか!?」



「はい。霊廟、棺、中に入るのは当然“死体”です。着込む服は艶やかなドレスではなく、漆黒の死装束(コストゥミディモーテ)ではございませんか?」



「完全に死体に成りきるつもりか!」



「そう、私の葬式を挙げます。その慰霊に参るのは当然“司祭”です。これが今回の設えや御奉仕の内容となるのです」



 言っている自分もなんですが、とんでもない内容の御奉仕です。


 霊廟を築き、祭壇を備え、棺を置き、中に“死体わたし”を入れる。


 あとは司祭きゃくを待って、棺の中で“お祈りの時間”です。


 はい、どう取り繕うとも“変態”である事には変わりありません。



「なあ、ヴェルよ……」



「叔父様、何度も申しますが、深く考えない事をお勧めします」



「んんん~、実の兄がこうもなろうとは……!」



「とにかく、内装の変更や調度品の類は、そちらで急ぎ集めてください。どのみち、やって来るのは死体の起き出す日暮れ以降でしょうから」



「いつからこの店は、見世物小屋に変わったんだ!?」



「叔父様が迷惑客の要望を、すんなり引き受けるからですよ」



「それを言ったら、そもそもお前が兄上をそそのかしてだな」



「あ~、あ~、聞こえません! では、死装束を取って参りますので!」



 そして、私は店から逃げ出すように飛び出しました。


 嘘で嘘を塗り固めた結果、娼婦として死体を演じる事になろうとは思いませんでしたわ。


 相手を騙すために、魔女として死体となり、さらに天使に扮しはしましたが、それはあくまで魔女の領分であって、娼婦の仕事とは思いたくもありません。


 生と死の境界を操るなど、私もとんだ思い上がりをしておりました。



(その“ツケ”がこれだと言うのでしたらば、神様、あなたが一番の性悪でございますわね!)



 あった事もない神とやらに呪詛を吐きつつ、急いで自宅に戻りました。


 完璧を求めるがゆえに、娼婦としての矜持がそうさせたのです。


 例え厄介な客であろうとも、引き受けた仕事は完璧にこなす。


 それが高級娼館『楽園の扉(フロンティエーナ)』の売りなのですから。

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