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婚活魔王(コブつき)を、幼女が勝手にプロデュース ~不幸を望まれた人質王女が、魔王国で溺愛されるまで~ 2話

1話 → https://ncode.syosetu.com/n6367im/11/

 私の声は、広いこの部屋中にとてもよく響いていたと思う。なのに王さまは片眉を上げ、私を見下ろして「は?」と言った。


 最初は王さまの反応の意味があまりよく分からなかったんだけど、宰相さまに「紹介する伝手も持たない子どもが、実に大きく出たものですね」と言われてやっと分かった。


 そんな事できる筈がない。そう思われてしまっているんだ。


「まだ子どもだけど、私だってレディです。王さまの近くに女の人が一人もいないんなら、『王さまの近くで唯一の』です! 助言できる事もあると思います!」

「貴女のようなちんちくりんの助言が、一体何の役に立つのか」

「私には、お母さまから教えてもらった『愛され十か条』もあります!」


 思わずむきになって言い返す。



 まるでお母さまの教えまで、それを通してお母さま自身まで「役に立たない」と言われたような気持ちになった。


 お母さまはすごいのだ。お母さまは最強なのだ。


 そもそもこの王さま、ちょっと目つきは悪いかもしれないけど別にカッコいいと思う。

 それにお母さまだって「お父さまは、この国で一番偉い人だから周りの女性が放っておかないの。その証拠に、お父さまにはたくさんの側妃がいるでしょう? モッテモテよ」って、言っていた。


 実際にお父さまにはたくさんの側妃たちがいた事も考えれば、王さまは『王さま』である時点で既に、モッテモテの土台の上にいる。

 お母さまの言っていた通りにすれば、王さまにだって側妃の三十人くらいすぐにできるに決まっている。



 お母さまの事を嗤う事は許さない。

 そんな気持ちを語気に乗せると、何故か宰相さまの目の色が変わった。

 呟くような「ほう?」という声は、少し面白がっているように聞こえる。


「貴女の亡き母親は、たしかあのリリー・ジャピネーザですよね」

「えっ、お母さまの事を知っているんですか?!」


 お母さまの事を知っているんなら、もしかしたら私が知らないお母さまのお話が聞けるかも。そう期待して、身を乗り出す。

 しかし。


「いえ、まったく」


 違った。

 目線を床に落とし、シュンとする。


「しかし有名でしたので。『怠け者だった国王を改心させた才女』だと」

「えぇっ?!」


 座ったまま思わず飛び跳ねた。


 そんな話、初めて聞いた。

 っていうか、お父さま昔は怠け者だったの? 全然想像がつかない。

 その話、ちょっと聞きたい!


「ダメ王を改心させた人物の『愛され十か条』ともなれば、少しは期待もできそうですが」

「はっ! そうです! 必ず愛されます!!」


 宰相さまの思案声に我に返り、私は強く主張する。と、宰相さまは猫のような目をやんわりと細めた。

 多分笑ったのだと思う。でもそれは、私に向けた笑みではない。


「どうされますか? 陛下」


 彼の視線が流れた先には、「うぅん……」唸る王さまがいた。


 そうだ。すべては王さまの決定があってこそだった。


 お願い、王さま。きっと王さまの役に立つから、ご飯ください! おやつも本当はほしいけど、なくてもいいからお願いです!!

 あとは、屋根付きの寝床があればいいです! 本当はフワフワな毛布に包まれて眠るのが至高だけど、我慢するのでお願いします!!


 心の中でそう祈りながら、胸の前で指を組み、祈りのポーズをしてギュッと目をつぶる。

 すると、やがて苦渋とため息交じりの低い声が頭の上から降ってきた。


「……まぁ、国内の情勢は芳しくない。王国も、今はこの娘の処遇を気にしていないようだが、いつ手のひらを返してくるか分からない。両方を一度に相手にするのは、現状あまりにも無謀だからな」

「つまり?」


 チラッと王さまを盗み見れば、明確な答えを促す宰相さまの声を聞いて、王さまの眉間に更に深い皺が寄った。

 王さま自身もそれを自覚したのか、眉間を摘まみもみほぐす。


「王城内に留め置く」

「やったー! ……あ」


 両手を上げて喜んだ後で、レディあるまじき行動だったと気が付いた。

 王さまからの視線が痛い。ゆっくりと両手を下ろすと、彼はため息をつきながら言う。


「周りには一応『俺の客人だ』と、改めて触れを出しておけ」

「畏まりました」

「あと、お前」

「はい! リコリスです!!」


 呼ばれたら元気よく返事をする事。名前は憶えてくれるまで、それとなくアピールし続ける事。お母さまの教えに則って、私はハキハキと彼に応じる。


 置いてもらえるとなれば、あとは私が王さまにどれだけ貢献できるかが問題だ。

 王さまをモッテモテにする。そのためには、まず王さまと仲良くならないとね。

 最初は名前を覚えてもらって、あとは『愛され十か条』のどれから始めていこうかな。あれにしようか。それともこっちに――。


「お前にはまったく期待してない。お前の仕事は誰にも危害を加えられず、それなりに食べ、それなりに眠り、五体満足で生きる事だ」

「えっ」

「案内はさせる。部屋にいろ」


 それじゃあすぐに十か条を試せない……。





 案内されたのは、ちゃんと『お客さま』用の部屋だった。


 暖かい部屋に、ふかふかのベッド。おいしいお菓子と紅茶も用意されている。

 魔族が出してくれる食べ物ってどんなのなんだろうと思っていたんだけど、人間の国で出されていたものとあまり変わらない。

 見た目はもちろん、匂いも味も。むしろ今まで食べていたものよりも美味しくまであって、あっという間に食べてしまった。


 ちょっと気になる事と言えば、用意してあるものがどれも大人サイズだという事くらい。でも、必要なものは自分で持ってきているので、それ程不自由に感じる事もない。

 ただ、一つだけ。


「ドアノブに手が、届かない」


 部屋には私が使えそうな踏み台にできるようなものもなく、使用人もいなかった。

 誰に頼る事もできない場所で背伸びをして手を伸ばしてみるけど、どうしても届かなくてシュンとする。


「王さまのところに行けない。これじゃあモッテモテにできない……」


 お母さまが言っていたのだ。誰かに愛されるには、自分のいいところを周りにアピールする必要があるのだと。


『誰にだっていいところはあって、それは相手を()()()()()ちゃんと分かるのよ』


 お母さまはそう言っていた。

 だから、もっと王さまの事をよく知りたいのに。


 私の小さなその呟きを聞いている人は、誰もいない。

 お母さま、どうしよう。心がちょっと折れそうになって心の中のお母さまに助けを求めると、胸の前でグッとサムズアップをして笑い私の不安を消し飛ばそうとしてくれる。


『使えるものは、何でも使いなさい! 一見すると使えるものなんて何一つないように見えても、よく見たら使えるものもある筈よ!!』


「何か……」


 もう一度部屋の中を見回してみる。


 あるのは、家具と置物と寝具やカーテン、服くらいだ。こんなのでどうやって……と思っていると、部屋の端にちょっと不思議なものを見つけた。


「杖?」


 立てかけるようにして置かれていたそれは、たしかそんな名前のものだ。

 お父さまのお父さま。お祖父さまが似たようなものを使っていたのを、たった一度だけ見た事がある。


 お祖父さまと会う機会はなく、見た事があるのは一度だけ。遠目に庭園を散歩しているところだけだったけど、たまたまその日は具合がよくて私もお母さまと一緒にお散歩していたのだ。

 人が棒をつきながら歩く姿を初めて見た私は、お母さまに「あれは何?」と聞いて「杖というものよ」と教えてもらったのである。


 まるで数字の七のように上の部分が鉤状に曲がっているそれを見てから、もう一度ドアの方を見る。

 部屋のドアノブはレバー状。下に下げればドアが開く。


 トコトコと歩いて行って、杖を手にする。

 私よりも背が高くって、ちょっとズッシリとしていた。

 両手で持って扉の前へ。少し持ち上げてよいしょとノブに掛けて、下に引っ張る。


 ノブが下がった。そのまま後ろに数歩下がれば、それ程抵抗もなくキィーッとゆっくりドアが開いた。

 外を覗くけど、誰もいない。よし、行ける。


 手から杖を放し、外に出た。

 杖はおそらくノブに引っかかったまま、プランプランと揺れているのだろう。背中の方でコンコンと立っている音を置き去りにして、私は冒険の旅に出た。





 部屋に案内されていた時は、案内人の足が速くて遅れないようにするので精いっぱいだったから、周りを見る余裕なんてまったくなかったけど、こうして改めて廊下を見回すと、人間の国のお城とは全然違って面白い。


 マルッとツルンとした壺や置物、明るい色を使った絵が飾られていた人間の国のお城とは違い、このお城にはまずトゲトゲギザギザとした像や、暗い色の絵が多い。


 まるで、すべてが私を怖がらせようとしているみたいだなと思った。

 でも怖くない。お母さまがたまにしていた『血のお化粧』や『ボロボロのお肌に見せるお化粧』の方が、この廊下よりも怖かった。


 むしろ「楽しい事が大好きなお母さまは、よくそれで私や使用人たちを驚かせて遊んでたっけ」と思い出せば、お腹の辺りがホンワリと温かくなってくる。


 よく見たら、私を見下ろしてきている像も絵も、私を見守っているように思えてきた。

 見守ってくれるのはとても優しい事なんだって、お母さまもよく言っていた。逆に心強くまでなってきて、歩幅も大きくトコトコと歩く。



 すれ違う人たちはたくさん居たけど、誰も私には気が付かなかった。


 もし他の側妃さまたちをこんなジロジロと観察していたら、嫌な顔をされていたと思う。

 誰も下を気にして歩かないのは、もしかしたらみんな大きな人ばかりだからなのかな。だとしたら、私はラッキーだ。


 そのお陰で、すれ違う人たちを遠慮せずに、観察することができた。

 どうやら魔族には、色んな姿の人たちがいるみたい。王さまみたいに人型に角がある人もいれば、宰相さまみたいに獣の耳が生えている人もいる。

 たまに二本足で歩く獣の姿の人もいて、ちゃんとお洋服を着ているのが、なんだかちょっと可愛らしかった。他にも肌の色が青や緑や真っ赤などとカラフルで、見ていると段々楽しくなってくる……と考えて、ハッとした。


 そうだった。私は王さまに会いたいんだった。

 忘れていた目的を思い出し、プルプルと首を横に振って楽しさを一旦頭の外に追い出す。

 でも、気が付いてしまった。


 ……あれ? どこに行けば、王さまに会えるんだっけ。


 王さまと会った部屋なんて、覚えてな――。

 

「おいコラてめぇ!」


 突然聞こえた太い怒号に、思わず肩がビクッとなった。でも私に掛けられた言葉ではない。


 声の方を見てみると、すぐに廊下の少し先で肩を怒らせている人を見つけた。 

 大きな魔族の人の中でも、特に体の大きい人だった。

 頭に獣の丸くて小さな耳が生えているのが、たてがみのように長くて立派な髪から少しだけ見えている。

 もしかしたら騎士なのかもしれない。腰に大きな剣を差している。


「先祖返りの分際で、この俺にぶつかったか?! あぁん?!」

「す、すみませ……」

「そこは『私めのような下賤の者が、この世に存在して申し訳ありませんでした』だろうがぁ!!」


 騎士の人の長い尻尾の先は、まるでお母さまの母国の書く道具・筆のようにフサフサだった。

 彼の声と、後ろからでもちょっとだけ見える今にも「ガオーッ」と言い出しそうな顔が怖い。尻尾の筆の部分がブワッと大きく膨れているのも、まるで「俺は怒っているぞ!」と主張しているかのようだった。


 でもだから何だというんだろう。


「いつまでも俺の行く先を遮るなぁ! 早くどけぇぇ!!」


 騎士の人が、足を振り子のように後ろに振りかぶっていた。

 彼の前には、メイド服を着たネズミ姿の女の子が落ちている。


 顔を青くして震えていて、怖くて声も出ないようだった。

 廊下には、他にも彼らを見ている人たちがいた。なのに誰も気に留めている様子はなさそうで。


 騎士の人の足が狙っているのは、彼女だ。

 そう思った時にはもう、走り出していた。

 

 きっとお母さまなら、助けに行く。そう思っていたかどうかは、覚えていない。

 でもこれは絶対にいけない事だ。そんな確信はあって。


「ダメーッ!!」

「ギャフッ!」


 私の小さな体じゃあ、大きなこの人は止められない。そう思った私はとりあえず、手頃な位置にぶら下がっていたあの筆のような尻尾を引っ張った。

 


 彼の口から、あの怒号が嘘だったかのように情けない声が出た。


 辺りの人たちは今度こそ、私たちを見ていたと思う。

 誰もが立ち止まった気配がした。痛いほどの沈黙が流れた。

 ゆっくりとこちらを振り向いた騎士の人を見て、私はネズミの子が震えて動けなくなっていた理由を、本当の意味で理解した。


 獰猛な肉食獣の目に睨まれ、体が恐怖に硬直する。

 猫に似たような目だったけど、同じ猫の目の宰相さまとはまるで比べ物にならない。



 しなる尻尾に手を振り払われて、私は思わず尻餅をついてしまった。

 

「……あぁ? 人間?」


 見下ろす彼の声は、私が人間である事を疑ってはいないように聞こえた。そこにあったのは「何でこんな所に人間が?」という疑問だけだった。


 何故私を見て迷いなく人間だと思ったのかは、分からない。

 でも、そんな事は今はどうでもいい。

 

『魔族にとって、人間はエサ。見つかったら最後、食べられちゃうのよ。ふふふっ、貴女の未来が幸があればいいわね』


 そう言ったのは、たしか出発前の正妃さまだったっけ。


「いい()()()が転がってるじゃねぇか」


 ニンマリと笑った彼の口から、零れるようにギザギザの鋭い歯が見えた。



 どうしよう。

 思わず一歩後ずさりながら、頑張って考えてみようとする。でもダメだ。どうしても「どうしよう」以外、考えられない。


 助けて、お母さま。

 伸びてくる鋭い爪の大きな手に、心の中でそう叫ぶ。でも、笑顔で振り返るお母さまの顔が頭に浮かぶだけ。

 もうダメだ。私はギュッと目をつぶった。

 その時だ。


「廊下の真ん中で、何を騒いでいる」


 聞いた事のある声が、凛と廊下に響き渡った。


 ゆっくりと目を開けてみると、ギリギリまで迫っていた騎士の人の手に、横から別の手が伸びていた。

 がっしりと彼の腕を掴んでいた手は、陶器のような白色だった。角のある黒髪のその人は、赤色のオーラを纏っていて。


『誰にだっていいところはあって、それは相手を()()()()()ちゃんと分かるのよ』


 ふと、そんなお母さまの声が聞こえた気がした。




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