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人外ちゃんは命知らずの少年に離れてほしいようです 2話

1話 → https://ncode.syosetu.com/n6367im/6/

「昨日ぶりだね、一ノ瀬さん」

「え、は……? なんで……?」


 月明りに照らされた一ノ瀬さんは、僕の顔を見てぱちぱちと三つの瞳を瞬かせた。


「わ、私いったよね? 私には関わらないでって、言ったよね?」


 理解ができないとばかりにこちらに問いかけてくる彼女の言葉には、昨日と比べるとどこか棘がない。よほど驚いているのだろうか。また違う彼女が見れて、つい笑みがこぼれてしまう。


 まあ、相変わらず彼女の手は血で汚れているし足元に死体があるんだけど。


「確かに言われたけどさ。ここに来たのは偶然だよ、偶然」

「そんなわけないでしょ。ここマンションの屋上よ!?」


 今いるのは、昨晩一ノ瀬さんに遭遇した場所から三キロ程離れた位置にあるマンションの屋上だった。

 もともとこの街は、都会とはとてもじゃないが言えない、ベッドタウンにも少し劣るような田舎の町だ。いくつかマンションはあるが、このマンションがこのあたりで一番高い建物だった。


「いや本当に偶然なんだって。ここ、元々何度か来てるところでさ。ぼーっと町を眺めて時間をつぶすのにちょうどいいんだよね」

「嘘ね。最近夜ここに人が来ていないのは確認済みだもの。元々来たことがあったのは本当だとしても、なんで今日来ることにしたのよ」

「……黙秘権で」


 鋭さを取り戻し始めた彼女の視線から逃れるように、夜景――というほど華やかではないが――に視線を向けた。


 いいたくない。散歩してたらまた会えないかなー、ここから一ノ瀬さんの姿がたまたま見えたりしないかなー、とか考えてた、なんて。

 だって自分でも自覚してるし。ちょっと気持ち悪いなって。


「……まあ、探してたところで簡単には見つからないだろうし、本当なんでしょうね」


 僕の黙秘に耐えかねたのか、しぶしぶといった様子で彼女は納得したようだった。


「……何よ。じっと見て」

「いや、一ノ瀬さんのそれ、日替わりなんだね……」


 僕が指さしたのは、彼女の頭に生えた長い角だった。


 昨日は二本の左腕、裂けた口と牙、鋭い爪、長い尻尾だった。


 一方。

 今日はそれらはなく、まず目を引くのが右耳あたりから生えた角だ。そして、背中にはコウモリのような片翼。体のあちこちにトカゲのような鱗が目立つ。


 ただ、左目が二つあることだけは変わらなかった。


「まあね。夜になるとこうなるんだけど、どんな感じに変わるかは私も分からないから」

「へえ、なんか狼男みたいだね。狼少女だ」

「それ私が嘘つきみたいだから二度といわないで」

「かわいいのに」

「……これのどこがよ」


 ぽそりと口にして、彼女は拗ねたように自身の羽をいじる。


 元々彼女は学校の全員が認める美少女だ。たしかに夜になって人とずれた姿をしているけど、それだって大したことじゃない。羽も、爪も、尻尾も、アニメとかでそういうかわいいキャラだっているし、コスプレだってあるんじゃないだろうか。


 なぜか彼女は自分の姿が好きではないみたいだけど。


 もう一度よく眺めてみるが――うん、別に変じゃない。


「……そんな見ないでよ」


 すると彼女はかすかに頬を染めながら、自分の姿をその片翼で隠してしまった。


「いつもかわいいって言われても『ありがと!』って平然としてるのに」

「昼間と今じゃ違うでしょ。この姿を褒められるなんてなかったから……」


 そう呟く彼女の三つの瞳には否定的な影が浮かぶ。自嘲的な笑みにも戸惑いがにじんでいた。


「西尾君、どういうつもり? そんなほめて、何か目的でもあるの?」

「む」


 それは心外だ。僕がかわいいって言ったのは本心なのに。

 ただ別に一ノ瀬さんの言う通りじゃないけど、頼みがあったのは事実だった。


 一息ついて、姿勢を正す。まっすぐ彼女に向き直り、尋ねる。


「その、一ノ瀬さんの食事に僕も連れてってほしいんだけど」

「――は?」


 本気で理解できない。彼女の表情はそれをよく表していた。


 そんなにおかしいかな。別に変なことを言ってるつもりはないんだけど。


「うん、もしかしたら聞き間違いだったかも。もう一度言ってくれる?」

「一ノ瀬さんの食事に僕も連れてってほしいんだけど」

「聞き間違いであった方がよかった……。私、昨日振ったよね」

「思い出させないでよ」

「なのになんで付きまとうのよ。ストーカー?」

「ちがうって!」


 正直、自分にその気がないことはないとも思っているけど、それは置いておいて。

 そんなふうに思われているのも嫌なので、一呼吸おいて語ることにした。


「僕さ、かれこれ五年近く毎晩散歩してるんだ」


 僕が夜の散歩を始めたのは妹が死んで少ししてからのことだ。

 両親は、第一発見者である僕はさぞ心に傷を負っているだろうと考えて気を使ってくれた。実際のところ、僕は全く気にしてなかった。それどころか、両親のほうがよっぽど心に傷を負っていた。

 そんな両親を見ていられなくて。特に傷ついていない僕をいたわる二人があまりに痛々しくて。

 気づけば僕は、両親が家にいる夜の間は散歩に出かけるようになっていた。


「特に目的もないしさ。ただただこのあたりを歩き回ってた。だからこんな場所も来たことあったし」


 じゃあなんで散歩なんてしてるんだ、なんて聞くこともせず、一ノ瀬さんは黙って話を聞いてくれていた。

 正直ありがたい。特に聞いて楽しい話でもないし。


「元々この街って広くないじゃん。それに散歩って言ったって行ける距離に限度あるし。だからこの辺りはもうとっくに歩きつくしちゃったんだ」


 最初の頃こそ新鮮味があって楽しかったけれど、もうそんなものはなく。今はただ無為に時間を浪費するだけ。


「つまりさ――暇なんだよね」

「結果しょうもない理由に着地したわね」


 失礼な。結構死活問題だぞ。


「だからさ、僕が一ノ瀬さんを好きだからとか、そういうんじゃなくて。単純に友達として、一緒にいたいなって」


 もちろん、最初の理由も少しはあるけれど、それは許してほしい。


 でもこれなら、そう断られないだろう。

 元々彼女は社交的な人だ。学校と夜じゃかなり性格は違うけど、根っこの部分は変らないんじゃないかというのが、昨日今日と一ノ瀬さんと話して得た僕の結論だった。


「……嫌」


 そんな考えもむなしく、彼女は首を横に振った。


「なんで!?」

「別に毎日食べてるわけじゃないし」

「僕に合わせなくてもいいよ。出かけるときに教えてくれれば」

「場所絞るとまずいから結構遠出もするし」

「全然ついてくよ」

「わかってるの? 私についてくるってことは――殺人を何度も見るってことなのよ?」

「それが一番どうでもいいね!」

「いやよくないでしょ」


 彼女は僕の価値観を信じていないようだった。まあ実際、こんな考え方をしているのは大抵がただの中二病だ。


「私は西尾君の目の前で、まだ決定的なことを何もしてない」


 確かにそれは間違いない。

 彼女は僕の前で、まだ殺人も食人もしていない。

 僕が見たのは一ノ瀬さんの足元に死体が転がっているのと、彼女の手や口が血に濡れていること。


 きっと彼女自身が意識して避けていたからだろうけど。


「でも死体が転がってる時点であんまり変わらないような……」

「実際に見れば、どうせ変わるのよ」


 そうこぼしながら彼女は、どこか遠くに視線をやった。


 どうせ、ね。

 それを聞いて、なるほどと腑に落ちたような気分だった。


「怖いんだね、誰かに恐れられるのが」

「え?」


 自分の姿を怖がられるのが。

 自分の行動を見て、忌避されるのが。

 そして何より――化け物と呼ばれるのが。


「別に、怖くないし」

「うん、じゃあちぎった腕でぺちぺち叩くのやめてもらっていいかな」


 切断面じゃなくて手のほうで叩いてくれてるだけ、まだましか。


「第一、人が私を恐れるのは当たり前なのよ。こんな見た目だし。自分と同種を殺して食べてる存在だし」

「だから怖くないって」

「それがおかしいのよ。私にはあんたが何を考えてるのかわからない」

「簡単だよ」


 そう、簡単なことなのだ。その理由を、僕は一言で説明できてしまう。


「だって一ノ瀬さんは、普通の人――女の子だしね」


 なぜ僕が彼女を怖がらないのか。結局、それに尽きる。


 世の中にはいろんな人がいる。

 白人がいれば黒人がいて、黒髪がいれば金髪がいて――角や翼が生えてしまう子がいて。

 好き嫌いのない人がいて、ベジタリアンがいて――人を食べる子がいて。

 でもどれも結局個人の特徴でしかない。


 これは僕が他人に対しての興味が極端にないからこその考え方なんだろうけど。案外間違いでもない気がしていた。


「は――あははは!」


 すると彼女は突然、腹を抱えて笑い出した。

 昼間の彼女でもしない、周囲を気にしない大げさな笑い方に僕も戸惑うしかない。


「な、なんか変なこと言った?」

「はー……、ええ、とてつもなく変なこと言った。私が、人ね。……西尾君は、そういってくれるのね」


 そっか、と。彼女はどこか柔らかい視線でまた遠くを見た。


「ねえ西尾君。スマホ貸して」

「え、なんで――」

「いいから」


 有無を言わさない態度に、僕は恐る恐る彼女にスマホを渡す。

 すると彼女は少し操作した後、僕にすぐ返した。


「一ノ瀬さん、いったい――」

「私の連絡先、入れといたから」

「え?」


 状況についていけていない僕をおいて、気が付けば彼女は死体を担いでいた。


「気が変わったわ。あなたに付き合ってあげる。出かけるときは連絡する。その代わり、後悔しないでね」

「ちょっとま――」

「じゃあ――また明日」


 一ノ瀬さんは僕の返事も待たず、屋上から飛び降りた。

 一人、状況からも一ノ瀬さんからも取り残された僕は、十分以上一人で屋上で呆然としていた。




 次の日――誰もが恨む月曜日の朝。

 いまだ覚醒しきっていない頭を何とか動かしながら、僕が学校の玄関で靴を脱いでいると、背後から声をかけられた。


「おっす、西尾!」

「……ああ、おはよう、竹内」

「んだよ、ずいぶんと元気ないじゃん」

「いや、寝不足なんだよね」


 くぁと一つ欠伸を噛み殺した。

 昨晩一ノ瀬さんと別れた後、僕はすぐ家には帰らなかった。

 なんとなくソワソワする感覚が落ち着かなくて、数時間歩いてから帰宅したのだ。


 そのせいで体が重い。頭もだるいし、疲労が抜け切れていないらしい。


 しかし竹内はそれを聞いても「ほーん」と興味なさげだった。


「それよりさ、西尾。お前――」

「おはよ、竹内君!」


 背後から、はつらつとした声が響く。

 振り返るまでもなく、声の主は一ノ瀬さんだった。


「おっす、一ノ瀬ちゃん。一ノ瀬ちゃんはこいつとちがって元気だなぁ」

「? まあねー。――あ」


 丸い二つの瞳と目が合った。

 彼女は、僕の顔を見ると動きを止めてしまう。


 何かを言おうとして呑み込んで――そんな感じに口を何度かパクパクした後。


「……おはよ」

「うん、おはよう、一ノ瀬さん」


 こちらの様子を窺うように、恐る恐る挨拶をするその姿は、夜の彼女のようだった。

 そのまま彼女は、僕らの先に歩いていく。その先で友達に挨拶する姿は、いつもの昼の一ノ瀬さんだった。


「西尾、お前一ノ瀬ちゃんになんかしたのか? なんであんなそっけなく――ってお前なんだその顔」

「……なんでもない」


 上がりそうになる口角を、パンと頬をたたくことで何とか抑え込んだ。

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