催眠アプリを手に入れた! これでエロライフをぐへへへへ「今からお前達には殺し合いをしてもらう」…ぐへっ? 2話
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「だるまさんを転がせ」のゲーム終了から五分後。2-Aクラス内の様相は混沌としていた。
教室の扉がガラガラと開く。入室してきたのは、ひょっとこのお面を被ったジャージ姿の男である。筋骨隆々といったガタイの良さで、竹刀を肩にかけたその姿は、まるで昭和の教師。なぜか野球帽を被っていた。
既視感を覚えるシチュエーション。
次のゲームの始まりである。
『一限目の授業を始めラァイ。全員着席ィェイ』
首をカタカタと揺らしながら、出来の悪い操り人形のように彼は言う。
『オウオウコウ、口頭試問だ。化学教科書出せェッエッエエエイ』
「え? テスト?」
「化学?」
「早く出すんだ皆!」
去来川の声が響いた。
『問題はァッアッアッ教科書から出るゥ、教科書は見ていい、十秒以内に答えろォッオッオッ。カンニングはコロスッ!』
「え、教科書見ていいんだ」
「楽勝じゃん」
安堵のつぶやきとともに、若干ながらもクラスの空気が緩む。
『原田 ダァイ、第一問 鉛蓄電池の溶液ナンダぁ』
「え、えっとぉ」
指名され立ち上がった原田は、慌てて教科書のページを捲った。
『十、九……』
「希硫酸ですっ」
『──正解ィィィイイ』
彼はほっと席につく。
『ツギィ……夢田ァ』
「む、はい」
まさか二番目に呼ばれるとは思っていなかった夢田だが、落ち着いた様子で腰を上げる。
(指名に法則はなさそうだ。まあ化学の問題が聞かれるくらいなら……)
『お〜いお茶の写真があるのは何ページィィ?』
「──」
夢田は絶句した。誰も喋らないものの、布擦れの音や椅子の軋みで淡く動揺が広がる。
(そんなんありかよ!)
およそテストやクイズとは言えない問題であった。
だが文句を言っている暇はない。夢田はページを捲りながら思考する。
『十、九、八……』
(お~いお茶? 化学の教科書に載りそうなのは添加物……となるとビタミンCとかか? 後半に食品が載っていたような)
『七、六、五……』
(──お茶の写真無ぇし。ならビタミンCの性質……還元反応か)
『四、三、二……』
「78ページ!」
沈黙が下りる。ひょっとこ教師はブルリと体を震わせた。
『──正解ィィィイイ』
「ふぅ──」
ギリギリであった。腰が抜けたように席へ着く夢田。
『ツギィ……菊池ィ』
「は、はいっ!」
『151ページのAにはなんと書かれているかァッアッラッアァイ』
「……え、はい」
彼女は素直に151ページを開く。
『十、九……』
「……単体の反応って書いてます」
『──正解ィィィイイ』
「た、たすかった……」
今度もはや知識すら必要がない問題だった。
(ゲーム性が無ぇ!)
夢田は内心で毒を吐く。
(難易度は完全にランダム。解けない問題にぶち当たれば即アウト。ただの運ゲーだ。戦略も何も無い)
『ツギィ田中ァ』
「……はい」
『クリニカの写真、何ページにある?』
「え、えぇ?」
田中は運の悪いことに、高難易度の問題に当たった。
『十、九、八、七』
「わ、わかりません」
早々に諦めたのか、ひたすらに頭を下げる田中。しかしカウントは無慈悲に進む。
二つ隣に座っていた去来川は、思わず口を開いた。
「田中っ! 教科書の──」
『カンニング? カンニングか?』
しかしひょっとこ教師に睨まれ、防がれる。
「わかりましぇん! わかりましぇん!」
『三、二、一……』
「わかりませんってばぁ!!」
『零ォ お、お前不良だなァ? 不良生徒だなァ!?』
拳を振り上げるひょっとこ教師。
『不良生徒にはァァァ』
「違います! 僕優等生です! 僕皆勤賞ォー!」
『キッキッキ教育だ──体罰体罰体罰体罰!』
ひょっとこ教師は胸倉をつかみ、顔面を連続で殴打した。殴られるたびに田中からしゃっくりのような音が漏れる。
『体罰体罰体罰! お、俺は悲しィ! 悲しいィィィィィ!!』
腫れ上がり顔面が葡萄のようになった田中を上に投げ、竹刀を振り抜いた。上半身と下半身で真っ二つに切り分けられる。
『オ、俺は! お前らが優等生になれるように教育スル! 愛の鞭だッダッダィェ』
その愛の鞭で優等生になる以前に死んでしまったのだが、そんな指摘をできる生徒はいなかった。明確に痛みを伴う死。それが彼らの体を竦ませた。
(まずいな……)
夢田の隣の席に座る黒川静は、青い顔で指を震わせ、精神の限界といった様相であった。今朝彼が催眠をかけていた三人のうちの一人である。
この時間において、催眠アプリはあまりにも無力だった。強制的に席に座らされており、カンニングが禁止なため催眠アプリを使うことが困難である。隣の席の人間を、一回だけ催眠にかけるくらいが精々だろう。
(だが、せめて黒川だけは守るとするか)
夢田は彼女の肩をたたくと、スマホの画面を見せた。
「……ぇっ」
一度催眠にかけた人間に命令を重ね掛けする場合、画面を見せるのは一秒でいい。
さらに夢田は《今後この画面を見たら、見たことを忘れること》という命令を彼女に掛けている。よって黒川は自分が催眠されたことに気づかない。
誤算があったとすれば、ひょっとこ教師の視野であろうか。あきらかに夢田に対して背中を向けていたひょっとこ教師は、ぐるんと目をこちらに向けた。
夢田はスマホを引っ込めようとするが、遅い。
『お、お前、カンニング? カンニングしたお前?』
気づけばひょっとこ教師が夢田の眼の前におり、スマホを持った腕を掴んでいた。
「いいえ」
『でもお前、そのスマホ? カンニング? スマホ?』
「見ますか?」
画面をひょっとこに向ける。
夢田が入力したのは、《落ち着いて、俺と自分のために最善を尽くせ》という文字列。
夢田の催眠アプリは、例えば《今後は俺の命令を聞く》といった複数の命令を可能とするものは、入力してもうまく機能しないように制限があった。だが《今後俺のために奉仕しろ》や《俺の言葉を信用する》といった文言にすれば、確実性は劣るものの汎用性の高い命令をかけることができる。
「ただの励ましメッセージでしょ?」
(さぁ一秒、二秒……)
『紛らわしいんだよボケエイエエイ』
(ちっ。惜しいな)
投げ捨てるように、夢田の腕が離された。
ひょっとこ教師の背中を尻目に、彼は催眠アプリを確認する。
誰かに催眠を掛けた時、アプリの履歴にその誰かの名前が残る。
(まあ三秒経ってないから、催眠は失敗か────は?)
最新の履歴。黒川の名前は一列目ではなく二列目にあった。一列目にあった名前は──水留 孝。
(これがひょっとこ教師の名前か? いや……そもそも水留って、クラスにいたよな)
最前列右から二番目。ボサボサの黒髪にメガネを掛けた、いかにも陰気臭い男子生徒。確か彼がそうだ。
(なぜ? いつの間に催眠が掛かった?)
見覚えのない名前が履歴に載ることは、過去に一度だけあった。具体性のある命令ではなく、影響も特になかったため私は見逃されたが。そのときの夢田は、画面の先に別の誰かが偶々いたのだと結論づけていた。
(あのときとは訳が違う。水留の方向には画面を見せていない。最新ってことは黒川より後に催眠がかかったということ。つまり──)
催眠アプリ、デスゲームと非日常が隣りにあった夢田にとって、その発想は自然だった。
(他にもいるのか、超能力者。例えば千里眼、透明人間、テレパシー、そんな能力があってもおかしくはない)
そして、先程のカンニング騒動で気になり、夢田のスマホの画面を見たということだろう。
催眠が掛かっているならば、水留はその能力を使って最善を尽くそうとするはず。夢田はとりあえず、この瞬間は「待ち」を選択した。
「許して! 許して!」
『体罰体罰体罰!!』
だが、その後二人と死ぬまで、水留に動きはなかった。
(なんだ? そんなに役に立たない能力なのか? ……あるいは)
水留自身に打開策が無いか、である。《最善を尽くせ》という命令に確実性はない。彼の発想が貧弱であれば、何も動けないのは当然である。
水留に視線を送れば、彼は怯えた目で夢田を見た。
(……待て)
水留には現状、《催眠アプリの画面を忘れる》という命令を掛けていない。つまり彼は、催眠をかけられたことに自覚的である。
夢田はニヤリと笑った。
(俺の指示待ち。それがお前にとっての最善か。駄犬)
二番目に指名されてなお、高難度の問題に答えた、成績優秀な生徒である夢田。水留にとっても夢田は光だったのだ。
(いいだろう。この画面を見れるか?)
机の下。足の間でスマホの画面を床に向ける。ひょっとこ教師は反応しない。
入力した命令は、《この画面を見たら何か合図をしろ》というもの。
次の瞬間、夢田の右手からスマホの感触が消えた。そして、左手にスマホの重みを感じる。
(物理的干渉も可能。千里眼系じゃない。透明人間か? いや、水留の姿はずっとそこにある。だとすれば)
時間停止。それが彼の能力。
(一つの端的な命令で、バレないようにカンニングさせる。時間停止の能力なら可能だ)
夢田は新たに入力する。
その命令は──《回答者の開くページを俺のと同じにしろ》
『八、七、六』
「わ、わかんないわかんな……え、あ、あれ?」
戸惑う女子生徒の前、気づけば別のページが開かれており、答えの単語が目に入った。
『五、四』
「ポリスチレン? でいいんです、か?」
『正解ィィィィィ!』
ひょっとこ教師はこのカンニングを認識できていない。ならば後は、夢田が問題に正解し続ければ良い。
──結果として、このゲームにおいての死者は三人に留まった。
『第三ゲームは学校全体が舞台だアッアッラライ。開始まで校内ほっつき歩いとけェッエッエエイ』
そう言って、ひょっとこ教師は扉から出ていった。
「え、これもう出ていい奴?」
最初こそ戸惑っていた生徒達だが、他の教室の様子が心配なのもあり、やがて三分の二ほどが廊下へと出ていった。
夢田も例外ではない。
「水留孝」
「ぅっ、な、何」
「色々と話したいことがある。そっちもだろ?」
「……うん」
「ここは……?」
「旧ラグビー部の部室。今は誰も使ってなくて放置されてる」
備品がまだ残っているため物が多く、廊下から視線が通らないため便利だった。
「……静かでいい、ね。うるさいのは嫌いだ。時間が止まっていると、静かで落ち着く」
「俺は逆だがな。騒がしいとあらゆる人生が近くにあることを実感できる。催眠しても人形じゃないってな」
彼は水留に向き直った。
「時間停止能力者だよな。俺以外の超能力者と会ったのは初めてだ」
「ぼ、僕も。君は催眠アプリだっけ」
「ああ……お前に一つ聞きたいことがある。正直に答えろよ」
「な、なに?」
水留は思わず唾を飲み込んだ。ギシリとパイプ椅子の背もたれに腰を掛け、水留を見る夢田。
彼はやがて重い口を開いた。
「──何人喰った」
「……え?」
「惚けるなよ。クラスの女子、何人喰ったんだ!?」
「え、喰うって」
「そりゃもう健全な男子が時間停止なんて能力手に入れちゃったらアレだろ!」
重い口を開いといてこれである。
「え、えぇ……」
「正直に、正直に言え」
「……は、半分くらい」
「結構ヤッたな!?」
結構ヤッたなオイ。夢田は彼の股間を凝視した。
「おいおいハッスルし過ぎだろうこのヤリチンめ」
「や、ヤリチンとか。一緒にしないでよ」
「そうだなヤリチンに失礼だな」
頭を抱えた夢田だったが、ふととある予感に背筋を凍らせた。
「ま、待て。時間停止の間に何されたかは、本人はわからないんだよな」
「ぅ、うん。少なくともそれまでの感覚が一気に、みたいなのはない」
「とすれば、だ。無自覚非処女がいるということか」
「……無自覚非処女?」
無自覚非処女? 何いってんだコイツ。
「おい、お前がヤッたクラスの女子の名前を言え」
「え、は、恥ずかしいよ」
お前の生き様のほうが恥ずかしいだろう。何を今更。
結局、水留は女子の名前を思い出しながら読み上げていく。そして夢田は泣きながらリストにその名前を書き込んでいく。
「……そのリストは何?」
「助けなくてもいいリスト」
「う、うわぁ」
外道が外道にドン引いている絵面。
「黒川は? 黒川の膜は無事なのか!?」
「ま、まだだよ」
「よぉしセーフ。命拾いしたぜ。……黒川が」
とんだ命拾いもあったものである。あと膜とか言うな気持ち悪い。
閑話休題。咳払いをして、夢田は水留に向き直った。
「俺はできる限り美少女は救いながら、このゲームをぶち壊すつもりだ。協力してくれるか、水留」
「……ぼ、僕は頭が悪い、から、僕だけだときっと、このゲームは生き残れない」
水留はおずおずと手を伸ばした。
「だから、僕を使ってくれ」
「……男に言われてもあんまり嬉しくないセリフだな」
笑いながら、夢田も手を差し出し、がっちりと握る。
「ここに同盟はなった。外道の外道による外道のための同盟だ。俺達は夢のエロライフを取り戻す!」
──その時、旧ラグビー部の部室のホコリまみれの扉から、ノックする音が聞こえた。
瞬時に警戒態勢を取る夢田。体を竦ませる水留。しかしそんな緊張感をよそに、掛けられた声は気の抜けたものだった。
「あ、ごめん驚かせちゃって。その同盟、私も一枚噛ませてくれないかと思ってね」
扉を開けたのは、栗色の髪を長く伸ばした眼鏡の男。夢田や水留は知らない顔であった。少なくとも同じクラスの人間ではない、
「三年生の石田明だ。私も君たちと同じ超能力者なんだ。よろしく」
「あんたも……?」
やはり、という思いが半分。なぜ今ここに、という思いが半分。
たしかに夢田は、自分以外の超能力がいるならば、その情報を集めたいと考えていた。そして可能ならば協力したいとも。少なくとも独力でデスゲームを打倒することは難しいからだ。
「……先輩が本当に超能力者なら願ったり叶ったりですよ。でも──」
「──都合が良すぎる、かい?」
思考を先読みされる。気味の悪さに夢田が一歩下がる。
「なら君のあらゆる疑問に答えよう。私は時間遡行することができるタイムリーパーだ」
「つまり、何度もこのデスゲームを繰り返しているんですか」
「そういうことになる。少なくともここに来たのは、十回では済まない」
なるほど。それならばタイミング良くここに現れたことも納得はできる。
「同盟に参加したいって?」
「私も外道側だからね。誰かを犯してはタイムリープで無かったことにする。それを繰り返してきたよ」
淡々と下衆発言をする石田に、夢田は眉をひそめた。
「そんな顔しなくてもいいじゃないか。同士だろう? まあ、中々信用してもらえないのも毎度のことだけどね。そこで、君にとって価値のある情報を提供しようと思う」
「情報? なんのです?」
「もう一人の超能力者の情報さ」
一体何人いやがるんだ超能力者は、と夢田は内心で吐き捨てる。
「誰です?」
「君たちもよく知っている人物さ。同じクラスの、去来川君だよ」
「去来、川……あいつが?」
先程までのゲームでは能力を使っている様子は見られなかった。だが仮に彼が能力者であれば、少なくともデスゲームを打破することには協力的なはずだ。
「あちらにはもう話は通してあるんだ。夢田君、次のゲームが始まる前に会いに行こうか」