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三つ手の彼! 2話

1話 → https://ncode.syosetu.com/n6367im/16/

〈八月〉


 夏っ! つ、つつつ、ついにこの日がやって来た! この日が!

 説明しようっ! 時刻は夕暮れ! 空は晴れ! つまり! 今日は絶好の! 絶好の花火大会日和だ!


 そして私は浴衣!

 もうね、これ以上ないってくらい戦闘態勢で来ましたよ! 髪も結ったよ! お金もあるよ! 門限も粘って引き延ばしてきたよ!

 出来る限りの手は打った! さあ! 来たれ! 私のときめきの源泉っ! 彼、召〜喚っ!


「おっす、落合。すまんな。途中電車が止まってちょっと遅れてしまった。待ってたか?」


 はあああっ! ちょうど待ち合わせ場所に彼が来た! そして私服だ! 私服の彼っ!

 うんうん! 良いと思うよ! 清潔そうで! やっぱり清潔なのが一番だよね。日焼けした肌に白がとっても映えてるよ! 


「ううん、今来たとこ!」


 本当は結構待ってました! もう、待ちきれなくて! そわっそわしてました!


「なんかな、佐屋の奴、腹が痛いとかで来られないそうだ。二人だけになってしまうけど、それでもいいか?」


「うん! 私なんかでよければ!」


 打ち合わせ通りだね! ありがとうエンドウ! セッティングから何から何まで、本当に!

 良い友達を持ったなあ。もしかしたら私の高校生活、すっごい恵まれているのかもしれないなあ。


 お、噂をすれば! スマホにエンドウからメッセージだ。


『ぶちかませ!』


 えっほーう! 何だこりゃ。

 うーん……うん! 気持ちは伝わってくるね! よっし。その気持ち、確かに受け取ったよ!


 でも、私だけで本当に大丈夫かな? 今日は誰のフォローも受けられない。私だけの力でやっていくしかない。彼と二人きりなのは嬉しいけど、やっぱりちょっと不安……。

 ううん! 私には、いつも側で見守ってくれてるあの人がいる!


 私を産んでくれた偉大なお母さま! どうかこの恋する娘に、人生最大の勇気をお与えくださいっ!


『ベビーカステラよろしく!』


 ああっ! 母の声が!

 美味しいよね。ベビーカステラ。分かった! お土産に買って帰るね!


「今日は人が多いからな。行く前に、はぐれた時のために待ち合わせ場所を決めておこう。スマホで連絡は取り合えるが、念のためだ」

「うんうん。そうだね。そうしよう!」


 出発前の準備は完了! 後は……。ううん、いいや。流石にね。それはちょっと調子が良すぎるよね。うん……。一人で勝手に期待した私が良くない。よおし、切り替えていかなくちゃ。


 しかし、どことなく悲しげな表情を浮かべる私の心を読み取ったのか、彼は期待に応えてくれた。


「それにしても、落合は浴衣が似合うな。いつもと雰囲気が違うからびっくりしたぞ」


 いやったあ! こういうとこ好き!




(場所移動中!)




「どうだ? 凄いだろう?」


 彼はちょっと誇らしげに私を見下ろした。


 ある屋台に私達は立ち寄っていた。たん、たん、たん、とどこか安っぽい銃声が響く射的屋さんだ。


「う、うん。凄いね……」


 す、凄い。本当に凄い。こんなに射的が上手い人初めて見た。百発百中だ。映画でも見てるのかと思った。


「射的はな、安定感があるってよく言われるんだ。安定感がな」


 安定感……。そりゃそうだ! だって腕が三つあるんだもん! 三脚だよ! スナイパーだよ! ゴルゴだよ! 


 ちなみに彼はちょっとゴルゴに似ている。ゴルゴから眉毛ともみあげと険しい表情を取り払った感じが彼の顔だ。どこかのほほーんとしたゴルゴ! 牧歌的! ルパンとも言えるけど、体格を含めて見ればやっぱりゴルゴに近い。


「ちっ。悔しいが、兄ちゃんには完敗だぜ」


 射的屋のおっちゃんはすっごく悔しそうだ。

 まさかゴルゴが出てくるなんて思ってなかったもんね。私も彼が玩具の銃を構えるまでは思いもしなかったよ。横顔を見て初めて気がついたもん。はあああっ! 思い出す! 彼の真剣な横顔! 貴重なショット! もちろん目に焼きつけましたとも!


「ほらよ、これで全部だ。持ってきな」


 うわあ! すっごい! こんなに景品が沢山! 五発なのに! 撃ったのはたった五発なのに! 凄いよ! 五発でこんなに取れるもんなんだね! 私がお店の人だったら真っ青だよ!


「いえ。十分楽しんだので、景品は結構ですよ」


 ふーいっ! 彼は勝者の行い! キャッチアンドリリース! 優しい! 渋い! 元気でやれよ、小さなブラックバス達!


「いーや、そういう訳にはいかねえ。こういう商売だからな。せめて一つだけでも貰って帰ってくれや」

「そうですか。それじゃあ……落合、好きなものを選んでくれ」


 えっ。なんで私?


「落合はジャッジだ。第三者だからな。ジャッジしてくれ」


 ジャッジ! わたくし落合は再びジャッジに任命されました! それではジャッジを行います!


「ええと、じゃあ、このグリコを一つ」

「なんだ。グリコでいいのか。ゲーム機とかもあるぞ」

「う、うーん。私ゲームとかしないからなあ。それに、大きいの持ってたら疲れちゃいそうだし」

「なるほど。賢明な判断だ。流石だな落合は」


 えっへー。なんか褒められちゃったよ。グリコで褒められちゃった。グリコ! それは喜びのポーズ! Y!


 あっ! 今気づいたけど、彼はグリコのパッケージの人にも似ている。そうそうこんな感じ! ゴルゴより近いかも!


 何というか、何だろう、これ! ねえ! 私、今すっごい幸せかも! ううん、絶対そうだよ! いいのかな? こんな幸せ、私の身に収まりそうにないよ。タッパーとか持ってくれば良かったな。冷凍して、好きな時に取り出せるように。


 彼と二人で人混みの中をゆっくり歩く。

 ゆっくり。そう! ゆっくり! 歩調、合わせてくれてるの! はあああっ! 浮かれすぎて、天にも昇っちゃいそう! ここはもう歩行者天国だけどね! うわあ! こんな言葉も出ちゃう! 座布団全部持ってって!


 そしてスマホにメッセージ一件! フロム佐屋エンドウ!


『状況を報告セヨ』


 うーん……。分からない。エンドウがどういうキャラなのか、実は私はいまだに掴みかねている。

 まあ、エンドウのことはいいや。でも、これは返信しなきゃね。こんな幸せすぎる時間を用意してもらったんだもん。無視は出来ないよね。


『われ、幸福の至りナリ』


 うんうん。こんな感じかな。『彼の私服で至福!』っていうのも思いついたけど、流石にこれはちょっとオヤジっぽいよね。後でエンドウに馬鹿にされそう。


「落合、歩きながらのスマホは危ないぞ」


 彼の真面目な声が飛んでくる。

 隣の彼を見上げると……あ、ちょっと眉をひそめてる……。は、早く謝らないと!


「ご、ごめんね! そうだよね。危ないよね……」


 ぼ、凡ミスった! うう、しかも今は二人きりなのに。失礼だよね。スマホによそ見するなんて……。ちゃんと彼と話さなくちゃ。ごめんねエンドウ。既読無視するね。


「分かってくれたらいいんだ。怪我でもしたら、せっかくの祭りが楽しめなくなってしまうだろう? あ、ここに段差があるぞ。気をつけ――」


 だああああああっ! い、いったあ!

 うう、彼の前で盛大に転んじゃったよ……。ああ、すっごい間抜けなとこ見られた……。は、恥ずかしくて死にそうっ!


「大丈夫か落合。立てるか?」

「う、うん」


 ああっ! 浴衣が! ちょっと汚れちゃった!

 ああ、もう。ついてないなあ。でも、怪我はしてないし。うん。不幸中の幸い! ってやつかな。


 はあ。次からはちゃんと気をつけて歩こう。浴衣だし。ただでさえいつも通り動けないもんね。

 よーし、気を取り直して! 次は……金魚すくいでもしたいな! 私、金魚すくいは得意だからね! 沢山捕って彼に褒めてもらおう!


「ごめんね。さ! 次行こう!」

「その前に、落合、下駄が片方なくなってないか?」


 え。あっ! ほ、本当だ! 下駄がない! 転んだ時にどこかに飛んで行ったのかな。どこ行ったんだろう。履くものがないと歩けないよ……。……あ! あった! あんなところに! なんか、同年代っぽい男子達の足元に落ちてる!


「お。おい見ろよ。こんなところに蹴りやすそうな下駄が落ちてるぜ」

「マジだ。ちょっとこっちにパスしてくれよ」

「へいパース」

「こっちにもパスくれ」

「へいパース」

「オレにも回してくれ」

「へいへいパース」

「へいパース」

「へいパース」

「もいっちょパース」


 あ、あれはサッカー部の悪癖……!

 ああっ! ちょっと! それ私の下駄ボールだから! 返してよ! ねえ! 待ってってば!

 ああ……パスの連携で勢いに乗った男子達が人混みというディフェンスの間をすり抜けていくよ……。あんなのもう追いつけないよお。


「どうしよう……。下駄なくなっちゃった……」

「そうか。困ったな。履きものなんて祭りの露店じゃ売ってないだろうし」


 う、うう……。さっきまで幸せの頂点にいたのに。どうしてこんなことに。

 やっぱり神様は見てたのかな……。調子に乗って浮かれていた私を。『こいつちょっと調子に乗ってるな。下駄パスくらい食らわせないとダメだな』って思ったんだろうな……。

 神様には意地悪されちゃったけど、でも! 私にはまだお母さんからの加護があるはず!


 私を産んでくれた偉大なお母さま! どうか、神に見放されてしまった娘にあなたの運を分けてください!


『……』


 ああっ! 何も聞こえない! 無視だ! そういえばお母さんはケチだった!


「うーん、仕方ない。こうなったら最後の手段を使うしかないな」


 そう言うと彼は、私の正面に回り、背中を向けてしゃがみ込んだ。


「さあ。乗ってくれ」


 え。乗れって……ら、ライドってこと!? らっ、ららら!




(……つ、続く! 続いた! 凄い!)

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