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闇色の世界で、禁断の果実をほおばって 2話

1話 → https://ncode.syosetu.com/n6367im/21/

 賞金稼ぎとは、ヴァンパイアハンターのことでもある。高額賞金首といえば、今ではヴァンパイアばかりだからだ。そして、ハンターといっても実力はピンキリであり、賞金を稼げるのは一流の証なのである。青年が賞金稼ぎと名乗ったのは、腕利きだというアピールなのだろう。

 整った顔は青白く、ぎょっとするほど痩せていた。その痩身に似合わぬ大剣を肩に担ぎ、笑みを浮かべている。

 そして、自分に向かって剣を構え殺気を放っているミハイよりも、その後ろを熱心に見つめていた。彼はリディアにこそ、興味があるようだった。


「その言葉が本気なら、殺す」


 ミハイの声は普段よりも一段と低く、冷え冷えとしている。今から狩るからよろしくなどと、ふざけた物言いに腹を立てたわけではない。単純に言葉どおりだった。ここにいるのが誰だか分かった上でやって来たとなれば、相当の手練れであろうことは察せられる。だが、相手がその気ならこちらも相当の殺意を持って受けるまでだった。ミハイにとってはリディアの安全が最優先であり、敵は排除するのみである。

 しかし、青年はミハイの鋭い視線を受け流して、部屋の中に一歩踏みこんだ。

 ミハイはぐっと腰を落とし、左足を引いて半身になる。この狭い部屋の中では、剣は戦いには向かない。だが、腰には短剣が数本仕込まれていたし、武器は一つや二つではなかった。そして、青年のほうも大剣を振るうのは無理がある。どこに武器を隠しているのかと、ミハイは注意深く観察するのだった。

 一方、青年は動じることなく、床に横たわる少年の遺体を見つめてニタリと笑った。


「お食事中でした?」

「貴様、一人か」


 質問に質問で返した。彼が単身乗り込んできたことは確信めいていたが。

 青年は軽く首を傾げた後、そうかと手を打ってアハハと笑った。


「ええ、もちろん一人ですよ。あれですよね。スタン公爵の黒獅子騎士団。追われてるんですよね? でも、俺は奴らとは無関係なんで安心してください。あ、関係なくもないか。潰したの、俺だし」

「……潰した?」

「はい。実はね、昼間にちょっと潰してきたんですよ。一人残らず、皆殺し。殲滅しちゃいましたぁ」


 笑って舌を出す青年に、ミハイは背中に冷たいものを感じた。

 スタン公爵とは、今は亡き皇帝の弟で旧帝国領の北部を治める大貴族だ。その公爵麾下の黒獅子騎士団は、街の自警団などとは格も質も全く違う鍛え抜かれた精鋭の兵団で、数も500人を下らない。それを一人で皆殺しにしたと、目の前の青年は笑うのだ。

 色白で痩せたこの男は、一見するとひ弱そうだが、それが真実ではないことにミハイはとうに気づいている。彼からは血の匂いが漂っているし、何よりその目は餓えた狼の如く危険な色をしているのだから。


「明日には『黒獅子殺しのロシュ』が、俺の二つ名になるでしょうね。売り出し中の身としては、とにかく名前を上げなきゃならないんですよ。だから、御協力ください」


 言った瞬間、ロシュと名乗った青年は、ミハイ目がけて大剣を横なぎに大きく振り放った。

 ミハイは咄嗟に仰け反るように身をかわし、自身の剣で跳ね上げるようにして大剣をいなした。少しでも遅れていれば、首と胴は泣き別れになっていただろう。しかも、ロシュの大剣は障害物であるはずの壁を紙のように切り裂き、ミハイを襲ったのだ。

 剣の頑丈さもさることながら、なんという膂力だとミハイはぞっとするも、一瞬の間も置かず、軌道を逸らせた大剣を追いその根元に刃を振り下す。

 大きな音を立てて大剣が床に転がった。その柄を握り締める右手と共にだ。

 剣を振るった勢いで、ロシュは横を向いていた。俯いて動きを止めた彼の表情はよく見えない。手首から零れる血が、床に広がっていく。

 ミハイが構えを整えると、チッという舌打ちの後、微かな笑い声が聞こえてきた。


「防がれたのも、切られたのも初めてですよ。いい目とスピードをお持ちだ」


 ゆっくりとロシュは顔を上げた。白い顔の中で、唇が妖しくほころんでいた。


「でもね、自惚れないほうがいい。伯爵程度の力量では、ホントは俺にかすり傷一つつけられやしないんですよ?」


 ロシュは、ミハイに対して正面に向き直った。その左胸の少し上にナイフが深々と刺さっていた。


「御令嬢のナイフが心臓目がけて飛んできたんでね。避けきれずに鎖骨で受けるはめになりました」


 ロシュはナイフを抜いた。頬を引きつらせたのはほんの一瞬で、再び見せた笑みは晴れやかでさえあった。右腕も切り落とされているというのに。

 彼が現れたとき、ミハイの脳裏に浮かんだ一つの懸念が、どんどんと膨らんでゆく。嫌な汗が滲んだ。

 

「このナイフ、頂いてもいいですか? やっと貴女に会えた記念に」

「そんなものでいいなら、どうぞ」


 リディアもまた笑っていた。赤い唇が三日月のようだ。

 自分よりも前に出ようとするのをミハイは止めたが、リディアは首を振ってまるで言う事をきかない。もう大丈夫だと、笑うのだ。

 実際、嬉しそうにナイフに付いた血を舐めているロシュからは、もう殺気は感じられなかった。


「なんなら、もっと差し上げるわよ」


 殺気を放っているのは、むしろリディアだ。それは、単に殺気と呼ぶには、あまりにも醜悪で毒気を含んでいた。

 途端に、ロシュに緊張がはしった。


「……え、あ、遠慮しときます」

「あら、どうして? あんた、ミハイを殺そうとしたくせに」


 リディアの瞳が妖しく赤く光り、ロシュは自分の命が風前の灯火だと言うことを一瞬にして悟ったようだ。

 距離にして、まだ数メートルは離れていたはずのリディアが、瞬時に彼の眼前に現れ、その小さな手が彼の首を掴んでいた。同時に、ロシュの両ひざが床を強かに打った。

 幼い少女の体のどこにそんな力が潜んでいるのか、リディアは片手でロシュの首を強く握り締めて、彼をひざまずかせていたのだ。

 ヒューヒューという笛のような小さな音は、気道を塞がれたロシュの口から漏れていた。そして、ゴキッと嫌な音が部屋に響き、彼の首は直角に曲がった。

 リディアが彼の胸を軽く押すと、その身体は何の抵抗もなく床に叩きつけられた。

 舞い上がった埃の合間から覗く血の気の失せた顔は、そんなバカなといった不思議そうな表情を浮かべていた。


「リディア……お前が手を汚すことはない。何度も言わせるな」


 ミハイは大きなため息をつき、リディアの頭の上にそっと手を置いた。

 彼女が人を手にかけることはもちろんだが、人外の力を容易に操る様を目の当たりにすることは、彼には耐えがたかった。たとえ、身を守るためでも、初めて見るものではなくても、何度見たとしても、受け入れ難かった。

 ミハイにとって、リディアは大切な娘であり、唯一の家族であり、生きる理由だった。彼女の天使のように愛くるしい姿は、幸せだった頃の記憶を絶えず呼び起こすのに、当の本人は闇の住人になり果てていることが、ミハイの胸をかき乱し続けているのだった。


「頼むから、何もしないでくれ……」

「また、それ? でも、私はミハイに怪我させたくないの」

「俺はお前の守護騎士だ。俺が戦わなくてどうする」

「あら、素敵。守られるって快感ね。でも、コイツはだめ……」


 ミハイの眉が歪む。やはりかと、唇の動きだけで呟いた。

 リディアは、倒れているロシュのわき腹を蹴り飛ばした。


「さっさと起きなさい。それとも心臓をえぐり出されたいの?」


 そう言った瞬間、ロシュが跳ね起きた。折られたはずの首はもう元通りになっている。尋常ならざる動きで、部屋の出口へと跳んでいた。ちゃっかり、切られた右手を拾い上げている。


「待って! 心臓はやめて!」


 逃げるのかと、ミハイが後を追おうとしたが、ロシュは自分が蹴破ったドアの辺りで踏み止まっていた。その顔には恐怖を張り付かせていたが、逃げたい気持ちをどうにか意地で抑えているようだった。だが、リディアが首を傾げただけでビクリと身体を振るわせてしまう。


「あ、貴女は女王だ。この世の誰よりも尊い。俺は、貴女が……。すみません。さっきのは挨拶っていうか、単なる自己アピールで、俺の実力を見せ……いや、ホントごめんなさい! っていうか、俺、黒獅子騎士団を潰したって言ったでしょ。本当なんです。貴女のために潰してきたんです! 察してください! 敵の敵は味方って言うでしょう」

「知らんな」


 ミハイは再び殺気を纏って剣を構えている。それを、ロシュはギッと睨み返した。


「味方だって言ってんだよ! 大体、伯爵は所詮人間で」

「ミハイが何ですって」

「いえ、何でもありません!」


 ミハイに対しては好戦的なロシュだったが、リディアには手の平を返したように従順だった。


「っていうか、もう分かってるでしょ? 俺、ダンピールなんです」

「だから?」

「太陽の下も歩けるし、人間より断然強いし、再生力すごくあって、ヴァンパイアにも負けない。護衛にはもってこいですよ」


 ミハイが懸念したとおり、ロシュはただの人間ではなかった。

 ダンピールとは、人間とヴァンパイアの間に生まれた者のことだ。彼らが、ヴァンパイアの特性をどの程度受け継ぐかは、各個人によって大きく異なる。個体数が少ないため不確かであるが、ほとんど人間と変わらない者のほうが多いらしい。その中でも、ロシュはヴァンパイアの能力をかなり色濃く継いでいると思われた。

 これでは、まるで日の光を弱点としないヴァンパイアじゃないかと、ミハイは頬を歪めた。この男は自分たちにとって脅威でしかなく、今、ここで殺すべきだと断じる。

 ロシュはといえば、ミハイの胸の内など知らず、己の有用性を語り、懸命にリディアの護衛になりたいのだと嘆願を続けていた。その間に、切られた右腕は元通りにつながり、何事もなかったかのように動いていた。


「俺を貴女の側に置いてください! そのためにずっと探していたんです」

「そうねえ。確かにあんたがいれば、ミハイが休む時間も増やせるかも」

「だめだ、リディア。信用できない」


 何を言いだすんだと、ミハイは割って入る。この男が側にいたら、休むどころか返って気が休まらなくなるではないかと思う。


「こいつは、今すぐ始末する」

「待てって! ……俺、忠誠を誓いますから。決して逆らいません。どうか、リディア様、貴女をお守りさせてください」

「だめだ」

「ミハイ。コイツのことは、私に任せてちょうだい。ね?」


 ミハイの剣は、今にも振り降ろされそうだったが、リディアが彼を止めた。可愛らしく小首をかしげるが、彼女の言葉には有無を言わせぬものがある。

 ミハイは、眉間のしわをさらに深くし、唇をゆがめることしかできなかった。


「どうして、私の居場所が分かったの?」

「御存知のはずです。貴女の、貴種の匂いが、惹きつけるんです。貴女にお仕えさせてください。命をかけて守りますから。……それに、俺は中途半端なダンピールのままでいたくない。貴女と同じになりたい」


 30年前に帝国を滅亡に導いた「最初のヴァンパイア」たちのことを貴種と呼ぶ。後に彼らから増えていったヴァンパイアとは、明確に区別される特別な存在だった。

 彼らは人間だったころ、身分の高い貴族だったこともあり、後の能力の劣化したヴァンパイアとの対比から、貴種と呼ばれるようになった。

 ヴァンパイアは、人間には感じ取れない貴種の匂いを嗅ぎ分ける。そして、本能と言ってもいいほど無条件に貴種に惹かれ、追い求め、服従するのだ。それは、崇拝のようでもあった。

 リディアも貴種の一人だ。今夜、ミハイがヴァンパイアに襲われたのも彼女の移り香のせいであり、彼女に近づかんとするヴァンパイアは後を絶たないのだった。

 しかも、リディアは貴種さえも魅了してしまう。そんな貴種は他にはいない。

 それがなぜなのかミハイには分からない。分からないが、思い当たることが一つある。彼女と他の貴種は成り立ちが違っているのだ。もしかしたら、それが所以ではないかと思っている。


――俺のせいだ。


 ミハイは忸怩たる思いで拳を握る。そして、恨めし気にロシュを眺めた。

 彼は跪き、縋るように、しかしうっとりとリディアを見つめていた。ダンピールも、貴種の匂いに惹かれるようだ。

 だが、差し出されたロシュの手を、リディアは振り払って鼻で笑っていた。


「だめよ。ダンピールでなきゃ、あんたに利用価値はないわ。それに、私を守るのはミハイの役目なの。死ぬ?」

「はい、分りました! 俺はただの下僕です。ずっとダンピールのまま下僕です!」

「でも、ミハイを殺そうとしたしねぇ」

「すみません。二度としません」

「言葉だけじゃ信用できないわ」

「なんでもします」

「じゃあ、そこに寝転がって」


 ロシュは素直に床に身を横たえた。危険で獰猛な狼のはずが、まるで犬のような懐きようだった。だが、狼は狼であって飼い犬ではないと、ミハイは表情を硬くしている。


「困らせてごめんなさい」

「今、始末するのが一番いい」

「そうね。あなたが、私と一緒に永遠を生きてくれるならそうするんだけど」

「……」


 ミハイは思わず目を伏せてしまう。痛いところを突かれてしまった。


「いいのよ。昼間、無防備な私を守るためには、人間のままでいなきゃいけないんだものね? そういうことにしておいてあげる」


 何も言えないミハイの横をすり抜けて、リディアは棺に向かった。そして、中をごそごそと漁ったあと、小さな瓶を持ってロシュのもとに戻ってきた。

 そして、仰向けになっている彼の腹にまたがった。


「今から、あんたは私の忠実なる下僕。いいわね」

「はい」


 リディアの人差し指に頬をつうっと撫でられて、ロシュは蕩けるような顔で頷いた。シャツの胸元を大きく開かれても、崇めるように少女を見つめている。


「目を瞑りなさい」


 優しく言われて、やはりロシュは素直に目を閉じた。リディアの小さな手に胸をそっと撫でられると、頬が朱に染まった。さらに撫でられると、眉を歪め唇を震わせて切なげな吐息を漏らした。

 が、次の瞬間、かっと目を見開き、舌を突き出す。声なき絶叫だった。わなわなと身体を震わせ、ロシュは助けを求めるようにリディアを見つめ、そして、恐る恐る自分の胸の辺りに視線を動かした。青ざめたロシュの目にうっすらと涙が浮かぶ。

 彼は、自分の胸にリディアの手が潜り込んでいるのを見てしまったのだ。


「だから、目を瞑りなさいって言ったのに」


 リディアはクスリと笑い、手を引き抜いた。そして、小瓶の中からイモムシのような蟲を摘まみ上げてロシュに見せてやった。うねうねと身をくねらせるそれは、針のような小さな歯をびっしりと生やした丸い口を開いて、ちぃちぃと鳴いていた。


「私の血を飲んで育った子なの。可愛いでしょう。私の言う事をなんでも聞いてくれるの。今から、あんたは心臓の中でこの子を飼うの。それが忠誠の証。裏切ったら、この子が心臓を食べちゃうってこと、忘れないで……」


 少女は、慈愛を込めて天使のように微笑み、ロシュの胸に空いた穴に蟲を落とした。

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