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偽りの姿をした僕と、優しい嘘を言う君が、陽の光の下でワルツを踊るまで 2話

1話 → https://ncode.syosetu.com/n6367im/8/

 パートリッジという家は「由緒正しい」と形容される程度には古くから続いてる。ずっと順調だったってわけじゃないけど、それでも大きな波乱はなく、かなりの財産を残してこられる力だってあったんだ。


 だけどそれも終わる時が来た。

 (ケヴィン)の祖父、先代パートリッジ伯爵がやらかしたせいだ。

 賭け事をし、女性に入れあげ、日々の暮らしにも贅を尽くす。やがて不摂生がたたって逝ってしまう頃、パートリッジの財産は収穫後の畑みたいにすっきりしていた。


 とはいうものの、実はここまでならまだなんとか家を建て直すことはできた。

 祖父の息子――僕の父でもある現パートリッジ伯爵が更にやらかさなければね。


 困ったことに僕の父は、「私は堅実に生きる」とか言いながらさして知識もないまま投資を始めた。

 どこが堅実なんだと言いたいところだけど、まあ、派手な暮らしの親を見ていたせいで色々とズレたんだろうな。


 当然というべきか、素人の投資は上手くいかなかった。

 焦った父は相談相手を探し、そこで出会ったのが商人のハドリー・モート。

 ハドリーの言う通りに投資を始めたところ、父は初めて利益を得た。気をよくした父はハドリーを信用して限界まで資金を突っ込み……すべて溶かしてしまった。


 そこでハドリーが「最初は上手くいったんですから、もう少し頑張ってみてはいかがですか」なんて言うもんだから、損失分を取り戻そうと躍起になった父はハドリーに借金をした。もちろん投資は失敗。ここでようやく父は「すべてがハドリーの計画だった」と気づいたがもう遅い。


 借金の担保としてかなりの領地を失った。心労がたたったせいで妻――僕とエレノアの母――も亡くなり、使用人たちは「奥様からいただいておりました」という他家への紹介状を持って次々と去って行く。

 こうしてパートリッジ伯爵家はみごとに落ちぶれてしまった。


 一方でハドリーは着実に財産を増やしていく。そしてついに王家発行の『準男爵』という爵位を買って、娘のサラを王宮で社交界デビューさせる算段まで取り付けたわけだ。


 たった数年で、両家はずいぶんと差がついてしまったなあ。


 僕は正面に立つ男を見ながらなんとも言えない気持ちになる。

 そもそもモート家の屋敷が建つこの場所だって、何年か前まではパートリッジ伯爵領だったのに――。


「エレノア様? どうかなさいましたかな?」


 にこやかに、しかしごくわずかな不審をにじませた声でハドリーが言う。

 しまった。考えに沈んでたせいで黙りこくってた。


「いいえ、なんでもありませんわ」


 慌てて取り繕うけど、ハドリーは何かを探るような目を僕に向けてくる。

 う、正面からぐいぐい圧力がくるぞ。これはまずい。じっくり見られたら変装がばれてしまう。


 ハドリーの娘・サラの教師を引き受けた“エレノア”には報酬が約束されてる。パートリッジ家の借金をいくらか免除してもらえるんだ。

 だけど本物のエレノア姉上は「元平民の、しかもあんな家の娘の教師などしたくありませんわ!」と言ってどうしても首を縦に振らなかった。

 そのせいで父上に泣きつかれた僕が女装してこの屋敷へ来たわけだけど……。


 もしも女装がばれたら、騙そうとしたことを咎められて何されるか分かんないぞ。

 いや、それだけじゃない。女装が趣味なんだってサラに思われたら、色々と勘違いされる可能性がある! 困った。何とかしてハドリーの視線をよそへ向けさせなくては。


 どうするべきかを必死に思案するけど、こういうときの人間って余計なことを考えるもんだね。

 なぜか僕の頭の片隅に「ハドリーって前と雰囲気変わったなあ」なんてどうでもいいことが浮かんできて、それが頭の中を支配しちゃうんだ。なんだよこの現象。


 とにかくこの窮地を切り抜けなくては……うーん……ハドリーの何が変わったんだろう……違う違う今はハドリーのことなんかどうでもいいんだ。切り抜ける方法を考え……。


 ……あ。分かった。髪だ。僕の屋敷に来ていた頃のハドリーはサラと同じ茶色の髪をしてた。なのに今の髪は金色をしてる。そっか、それで雰囲気が変わったように思えたんだな。

 じゃあこの髪って、もしかすると――。


「カツラ……」


 思わず呟いた途端、僕へ向けられていた圧力が消えた。


「なっ、ななななにをおっしゃるのですかなっ? わ、わ、私は、カツラなど使用しておりませんぞ! はは、ははははは!」


 乾いた笑いを上げるハドリーは誰がどう見ても怪しい。怪しすぎて何かの罠を疑うくらい怪しい。

 ごまかすことないのにな。カツラを着けてる人なんてよくいるよ。例えば、今の僕とか。


「いかがなさいましたの? もしかしてカツラなのを恥ずかしく思っていらっしゃる?」

「恥ずかしく思ってなどおりませ……いえいえいえいえ! そもそも私はカツラではありません! 絶対にカツラではありません!」


 絶対にカツラだろ。

 しかしハドリーのこの反応はチャンスじゃないか? よし、もう少し揺さぶってみよう。


「違いますの? 変ですわね。今のハドリー卿の額には少々違和感がございますのに」

「いっ、違和感とはっ?」


 僕は扇を広げて口元を覆う。ついでに喉のふくらみも隠した。自分の弱みとなる部分を少し見えなくしただけで、なんだか強気になれるから不思議だ。


「ご自身でお分かりでしょう? それとも私が申し上げなくてはなりませんの?」


 僕の言葉を聞いたハドリーは慌てて額を両手で押さえる。そのまま顔を青くしたり赤くしたりしながら後退し、金ぴかな彫刻の一つにぶつかって体勢を崩した。と同時に大きくズレた金髪の下からは、僕の記憶通りの茶色い髪が、記憶よりずっと後退したところにちまっと姿を見せた。


「――――っ!」


 ハドリーは声にならない叫び声をあげたかと思うと、瞬く間に扉の向こうへ消えていった。

 足音が遠ざかり、部屋がしんと静まり返る。

 僕が唖然としていると「ぷっ」と吹き出す声が聞こえ、それはやがて「うく……あは、は……あはははは!」という笑い声に変わった。僕が振り向くと、サラがお腹を抱えて笑っていた。


「お父さんのあんな顔、久しぶりに見た!」


 あーおかしい、と言いながら指で涙をぬぐい、サラは僕の方へ顔を向ける。


「父が挨拶もないまま立ち去ってごめんなさい。実はうちの父って昔から金髪に憧れを持っていたんですよ。それで頭髪が寂しくなったのを機に、金髪のカツラをかぶることにしたんです」

「そんな事情がおありでしたのね。申し訳ないことをしましたわ」


 全然申し訳なく思ってない僕が言うと、サラは首を横に振る。


「気にしないでください。必要以上に見栄っ張りな方が悪いんですから」


 そう言ってサラはふと視線を床に落とした。


「……それにあの人だって、たまには少し(にが)い思いをすればいいんです……」

「え?」

「いえ、なんでもありません」


 顔を上げたサラは、今しがたの憂いが嘘だったかのように明るい微笑みを見せる。


「ところで父もいなくなりましたし、もうこの部屋にいても仕方ありませんよね。よろしければ私の部屋へいらっしゃいませんか?」

「喜んで伺いますわ」

「ではこちらへどうぞ。二階へ行きますから、お足もとに注意してくださいね」


 ドレスに隠れるから靴は自分のものにしたけど、そのぶん長い裾をさばくには苦労する。正直に言って僕はまだドレスで歩くのにあまり慣れていなかったので、もしもサラがどんどん歩いて行ってたら追いつけなかったかもしれない。

 だけどサラは妙にゆっくり歩いてくれた。サラ自身がドレスや靴に慣れてない、ってことはなさそうだったから、きっとこれはお客さんである(エレノア)が迷わないようにっていう気遣いだと思う。


 おかげで僕は少しだけ、辺りを見回す余裕もできた。


 モート家ではあちらこちらに美術品を飾ってある。金ぴかの新品と、歴史のありそうな古い物と。ハドリーは骨董品趣味もあったのかと思っていたけど、その考えが間違っているのだとは廊下の端に覚えのある彫刻を見つけたことで分かってしまった。

 あれはパートリッジ家当主の部屋、つまり、僕の父上の部屋に飾ってあったものだ。


 まさかと思ってよく見てみると、近くの花瓶にはソラーズ男爵家の紋章がある。横の壺にはミューア男爵家の紋章が。その後ろの絵の額にはメイスン子爵家の紋章が彫られている。どれもここ何年かで没落したと聞く家だ。


 ……そうか。

 ハドリーの毒牙にかかった家は、パートリッジだけじゃなかったんだ……。


「どうなさいましたか?」


 いつの間にか扉の前で立ち止まっていたサラが心配そうに僕へ声をかけてきた。

 む、駄目だな。気を散らしてる場合じゃない。ちゃんと演じなきゃ。僕はエレノア、僕はエレノア。


「いいえ、なんでもありませんの」


 僕は何とか笑って答えた。サラは「そうですか」とだけ言って深く追求はせずに扉を開ける。続いて「ごめんなさい」って聞こえたようにも思えたけど、彼女の後ろ姿しか見えない僕は本当に何か言ったのかどうかの確証が持てなかった。


「ここが私の部屋です。どうぞお入りください」


 初めて入るサラの部屋は、最初の金ぴかの部屋とも、無秩序に美術品が置かれた廊下とも違っていた。

 壁紙は水色で、敷かれているのは淡い緑色の絨毯。華美過ぎない程度に彫刻が施された木の机や椅子、タンスやベッドが配置され、窓から差し込むカーテン越しの光がそれらを優しく照らしてる。

 温かくてどこか優しい雰囲気の部屋に入った僕は、この屋敷に来てから初めて楽に呼吸ができるようになった気がした。


「素敵なお部屋ですわね」


 心の底からそう言うと、サラは「ありがとうございます」と応える。


「お父さんからは『もっと貴族らしい部屋にした方がいい』と言われるんですけど」


 貴族らしい部屋ってなんだろう。もしかしてあの金ぴかの部屋がそうだって言うなら、ハドリーはずいぶんと趣味が悪いな。


「私はサラさんのお部屋、とても好ましいと思いますわ。本当ですのよ」

「……エレノア様にそう言っていただけて良かった」


 少し恥ずかしそうなサラの笑みは、この部屋とよく似合っていた。


「さて、改めてご挨拶申し上げますね。――私はサラ・モート。ハドリー・モートの娘です。パートリッジ伯爵家ご令嬢、エレノア様。当家にお越しくださってありがとうございます」


 サラはスカートの裾を持ち、頭を下げる。その仕草はとても優雅だ。

 そういえば先ほどの金ぴかな部屋での立ち姿も、ここへ来るまでの歩き方も、とてもきちんとしていた。


「サラさん。もしかして既にどなたかから所作を教わっておられましたの?」

「いいえ、誰からも」


 サラは貴族の令嬢みたいに取り澄ました表情だ。小首を傾げた僕が黙って彼女を見つめていると、やがて根負けしたようにサラが頬を緩める。


「本当です。誰からも教わっていません。でも、父に『社交界デビューに向けてどこかの令嬢を教師としてお呼びする』と聞いてから練習はしました」


 僕は思わず何度か(またた)く。サラは微笑んだまま話を続ける。


「エレノア様もご存知ですよね、王都の劇場には貴族のお嬢様方がおいでになるって。私はそこで皆様の仕草を覚えました。家に戻ったら鏡を見つつ、記憶の中のお嬢様方の姿になるべく近づけるように、こう……」


 流れるように一連の動作をするサラを見ながら、僕はサラが頑張った理由をなんとなく察してしまった。


 元平民の新興貴族。

 成り上がった方法は、(ずる)くて強引な金稼ぎによるもの。

 そんな人物が周りから嫌われないわけがないよな。ハドリー当人は当然として、残念ながら娘のサラも。


 ……きっとサラは分かってる。

 誰も自分の教師を引き受けないし、もし引き受けてくれても嫌々だろうってことを。

 部屋の中で僕と向き合うサラは、僕の考えを裏付ける内容のことを話しだす。


「父から『エレノア様が当家にお越しくださる』と聞いたとき、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。お会いしてすぐに“お土産”をお渡ししてお帰りいただいた方がいいのでは、とも考えていたんです。……私にも、少しくらいは動かせるお金があるんですよ」

「では、どうしてそうなさらなかったの?」


 どうして僕を、自分の部屋に招き入れてくれたの。


「それは、エレ――」


 言いかけてなぜかサラは口を閉じた。少しのあいだ迷う様子を見せたあと、改めて言いなおす。


「あなた、が」


 子どものころと同じ笑みを浮かべたサラの瞳が、宝石のように輝く。


「あなたが、私に笑顔を見せてくれたから。少しの間だけでも、またお話ができたらいいなと思ってしまったから……です」


 そんな彼女を目に映す僕も、子どものころに戻った気分になる。


 ハドリーが来るという話が出るたびに、パートリッジ家の空気はずんと重くなった。(ろく)な話を持ってこないんだもんね、当然だと思う。

 思うんだけど、でも僕は浮き立ってしまう心をどうしても止められなかった。だってハドリーはいつもサラを連れて来たから。

 もしかしたらハドリーは、どこかの貴族に見初(みそ)めさせようとの考えでサラを連れまわしてたのかもね。だとしたら目論見(もくろみ)はうまくいってたよ。


 賢くて可愛いサラ。僕は彼女と一緒に遊ぶのが好きだった。

 ……いや、違うな。サラが好きだから、僕は彼女と一緒に遊ぶのが好きだったんだ……。


「ねえ、一つ聞かせてくれる?」

「いいよ。なに?」


 昔の記憶に引きずられるようにして『ケヴィン』のまま答えてしまった。僕は慌てて咳払いをし、言い直す。


「なに……なにかしら?」


 幸いにもうまくごまかせたらしい。サラは態度を変えずに問いかけてくる。


「……あのね。このあとは、どうしようと思ってるの?」


 どう?

 そんなのは決まってる。


 他の人たちがどう思っていようと僕はサラが好きだ。僕がここへ来たのは父上に泣きつかれたからでもあるけど、でも一番は「サラの力になりたいと思ったから」なんだよ。

 例えそれが社交界デビューのため……ひいてはサラの夫を探すためだとしても、僕はサラが困らないよう全力を尽くすつもりで、その気持ちに偽りはない。


 だから僕は胸を張って答えられる。


「当初の予定通り、このエレノア・パートリッジがサラさんの教師を務めさせていただきます。もちろんサラさんがよろしければ、ですけれど」

「そうですか。ありがとうございます、ぜひともお願いします。――エレノア様」


 サラの表情はとても明るい。だから声の中に少し落胆というか「やれやれ」という気持ちがあったように聞こえたのは、きっと僕の気のせいだろうと思う。


 こうして僕は週に二回、サラの教師になるため“エレノア”としてモート家の屋敷へ通うことになった。

 ……でも、僕がサラに教えられることって何があるのかな?

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