消失2
月行くまでは案外呆気なかった。決心して仕舞えばそこまで難しい事ではない。無重力装置の電源を入れるまでは全てが俺を騙そうと仕組まれた事のようにも思えた。どこかにドッキリの看板をもったスタッフがカメラを構えて待ち構えているのではないかと考えた。
しかし船のあちこちを探してもほとんど誰の息遣いも感じられなかったのだ。どういう原理かはわからないが、人のいた痕跡自体が消えていた。普通は人間が消えれば、慌てて逃げた時に散らかった書類や溢れた飲み物が散らばっていてもおかしくない。光輝丸は観光用の客船なのだから当然だ。
しかし実際には客室に居たはずの人々の荷物も、船員のロッカーにあって当然の私物も、全てが消え失せていたのだ。
俺の頭がおかしくなった可能性は十分にあったが、その不気味な事実を肯定したくはなかった。無機質に光るルナメタルの船の中で無事だった有機物は俺と、消えた客の為用意されていた真空パックの食料だけだ。
幸いにも飢えることはないらしい。これだけの量があれば少なくとも月へ行くまでは持つだろう。
船には新鮮なレタスやジャガイモなんかが用意されているからもしかすれば月の検疫に引っ掛かるかも知れないが、遠い母星から来た遭難者をそんな理由で追い出したりはしないだろう。
月までは長い道のりだ。船の中を1日がかりで探索したせいでかなりの疲労が溜まっていた俺は少し休む事にして、唯一人間の痕跡が残っている自室へ戻った。
本当に昨日の今頃とは何もかもが変わってしまったのだ。疲労で重くなった体をベットへ横たえた俺は、ほとんど何も聞こえなくなったラジオの砂嵐をききながら眠りについた。