消失
船の甲板に出るとそこには誰もいなかった。矢鱈と白い朝日をあびた無機質な甲板がただただ広がっているだけだ。
あたりは静まり返っており、朝日を反射した海が白い砂漠のように見えた。
まともに頭が働かないのでしばし呆然としていたが、いつまでも突っ立っているわけにはいかないので船内の状況を確認することにした。
昨晩の得体のしれぬ不気味な気配は消え去り、一晩のうちにすべてがまっさらになってしまったようだ。上司も同僚も彼方へと消え去り、そこにはただ船と、自分だけだった。
事故か、それとも事件か。得体のしれない怪物に襲われでもしたのか。何もかもが分からなかった。昨晩起こったことの痕跡はほとんど残っておらず無線も使えなかった。ほとんど遭難のようなものである。
俺は確かに昨晩恐ろしいものに襲われたはずだが、今は完全に、この上なく自由だった。次の判断をだれかに仰ぐ必要はない。船の行き先は俺の判断一つで決められるのだ。
「この船のどこにも、誰もいないし連絡も取れないのだ。もしかしてこのまま月まで行けるのではないか」
そんな考えが脳裏をよぎった。憧れの月へ行って、そして会社を首になるのも悪くないかもしれない。別に人生設計があるわけでもなし、身内もほとんどいないようなものなのだ。このまま漂流して生還したところで船には誰もいない。俺と船しかないということは、乗組員や客を殺した犯人にされるかもしれないのだ。このまま帰ってなんと説明すればいいのか到底思い浮かばないし、自由と船を手に入れたのだから少し月に行ってみるのも悪くないだろう。どうせ今どこにいるかもわからないのだ。
「光輝丸よ、お前も月へいきたいだろ?」
そう問いかけると、船のAI制御された波形が少し笑った気がした。
俺は何となく決心がつき、操舵室のエアシールドと無重力装置をONにした。ほとんど罪悪感はなく、心は軽やかだった。