労働
「今日も夜勤か」
1人でつぶやいた言葉は貨物室の虚空に消えていった。
大手に勤めていた人間が作ったベンチャー企業だと言うから入ったのに、内情は結構ブラックである。
貨物室の壁は太いパイプやら細いパイプ、さらにはコードまでもがむき出しになっていたが、最近開発されたという薄く輝く合金によりほの白く明るんでいた。
全体がこの合金で作られた船はまるで闇夜に輝く神船のように人目をひくが、その見た目とは裏腹に船仕事は船仕事でしかない。
油で黒く汚れた作業着が貨物室の壁に照らされてひどく汚れてみえた。
初日は喜び勇んで乗った美しい船だったが、仕事を頑張れば頑張るほどに何となく虚しさが胸中を支配していた。
あまり気が滅入っても仕方ないのでラジオを取り出してから作業に取り掛かる。誰か他の人間がいるとラジオを聞くだけで役員にチクられたり陰口を言われたりするのだからたまったものではない。
この小さなラジオから流れる情報を聞くだけでサボりだといわれるのだ。もちろんやる気あふれる若者だった時分は仕事のみにフォーカスするべきだと思っていたが、今ではそんなことは馬鹿馬鹿しいとすら思える。
役員連中が自分、つまり雇われ仕事をする人間に望むのはある程度の結果を出すこと、つまり合金の船体を修理すること。そして役員連中の言うことを聞いているかどうかということである。
クリエイティブな仕事や新しい大地を探索するチームに入れてもらえると思っていたが、そんなのは自分よりさらに優秀な人間や媚びを売るのが上手い奴らで満員であった。
やりたい仕事をする事は出来なかったがとりあえず食いっぱぐれることはないのだから贅沢は言えない。
ラジオからは楽しげな音楽が流れ、いつものMCが陽気な声でお題に送られてきたハガキを読み上げている。
MCの男の陽気な声を聞くと、観光船の貨物室で油にまみれている自分の惨めさを少しは忘れられるような気がした。
巷では月旅行なるものが流行しており、自分もいつかは行ってみたいものだと思いながら黙々と仕事をこなす。
貨物室の調整を終えたら、航行に異常が無いかの監視の仕事をするために一晩中起きていなければならない。
貨物室から移動しながら心の中でため息をついた。
コックピットに座ると様々な計器を確認しなくてはいけない。この船は普通の海上用観光船として使用されているのだが、機能的には宇宙へ航行することもできるらしい。なので動いていない計器も多数ある。
『もしも月旅行へ行くとしたら、やっぱり月面温室は外せないでしょ』
『月面に温室なんかあるんですか?』
『そうだよ、映像なんかは規約でのこせないんだけどものすごい規模の温室があって、そこでは月面固有種に進化した植物が生い茂ってるのさ。しらないの?』
ラジオDJが若い女の子を相手にそんな話をしている。
仕事の方はほとんどオートで動くので計器の確認だけで良い。月面についてのラジオを楽しむ時間は十二分にある。
『最近月旅行流行ってるから、私も行ってみたいですよ本当に』
『えー、月旅行行ったら来週からラジオ出れなくなっちゃうよ?』
『いいんですよ、月からパーソナリティしますから!』
まったくいい気なものだ。自分だって月旅行に行きたいが、一度出れば一年は帰ってこれない。今月旅行にいけるのはよっぽどの富豪か暇人だけだ。
「おう、ラジオなんか聞いてんのお前。ずいぶん古風な趣味だな」
「うわ、なんだ柳田か。驚かせるなよ」
「いやー、みんなVRゲームしながら航行チェックしてるのにおまえはずいぶん真面目だなーと思ってさ」
「真面目っていうのか? どっちやってても主任に怒られるんだからどっちにしろ不真面目だろうが」
「そうか? 俺たちの仕事なんてどうせほぼAI航行なんだから無いも同然だろ。まぁいいや、なんか主任がお前に話があるから呼んでこいってさ」
「今か? 深夜だぞ。なんの用事とか言ってたか?」
「俺だって今日夜勤じゃ無いのに叩き起こされてムカついてるんだよ。とくになーんも言ってないからとりあえずいけばわかるだろ」
「わかった」
あまり役に立たない同僚を尻目に船長室へと向かうことにした。