さりげない癖に隠されたもの。
昼休みに差し掛かった教室の中は、がらんどうとなっていた。待ってましたとばかりに、校庭へと繰り出していった集団にどれほど人が吸い込まれているのかを表すのが、現状である。
「だれも、いなくなっちゃった」
「いつものことだろ、結花」
机に突っ伏している健太郎のだらんと垂れた腕を揺らしているのは、クラスメートの結花である。ウェーブのかかった茶髪は、加工したものではなく生まれつきだ。
「……そんなに眠いの?」
「やることが無くてヒマなだけだ」
「なら、課題プリントでもする?」
「それは結花がやるべきだろ」
健太郎が休み時間で仮眠を取ろうとしているのは、今日に始まったことではない。毎日ネットサーフィンで就寝時間がずれ込み、そのツケを払っているのである。
「……健太郎。真剣な話が……あるんだけど」
いきなりの気合が入った重みのある声に、健太郎も眠気を払わざるを得なかった。
……ここで適当に応対すると後悔する。そういう直感が、健太郎の体を覚醒させたのであろう。
「昨日、先輩に告白されたってことは、話したよね」
「そうだな。好きな人が居るから断った、って言ってた」
健太郎は、あまり結花と関わったことがない。教室の席こそ近いが、それだけ。部活も異なり、家の方角が重なっているわけでもなく、幼馴染でもない。本当に、物理的な距離が接近しているだけだ。
結花の癖の一つに、真実を話すときにだけ舌をペロッと出す、というものがある。本人に尋ねたところ、相手に安心して欲しいという気持ちが先行するからかもしれない、と言っていた。気づいてはいなかったらしいが、修正する気はないと話してもいた。
「……そのことなんだけど」
結花が、血色の良い唇の間からピンク色の舌をちょろっと見せた。
……彼女が意図的に舌を出していなければ、これからの話は全て真実ということになる。
淡い熱気が、健太郎の底から湧き上がってくる。
「ウソだったんだ……。しつこかったからそんなこと言っちゃったけど、まだ好きな人なんかいない」
罪悪感で、結花の目は僅かによどんでいた。
……告白かと思った自分が馬鹿だった。純粋なお悩み相談を、何という勘違いをしたのだろう。
「……なんでその話を、僕に……?」
「それは、いつでも愚痴を聞いてくれる人が、健太郎しかいなかったから……」
思い返してみると、健太郎は結花の溜息を処理していたような気はする。告白を振ったことを話してくれていたのも、ある程度健太郎に信頼を置いていたからではないだろうか。
「……こんな愚痴、聞いてくれてありがとうね」
そう言うと、結花は自身の机に向かいなおした。滑らかな動きで、舌もちょくちょく姿を現していた。
健太郎は眠気がぶり返し、また机を枕として頭を置いた。
眠りに落ちる直前、結花の独り言が耳に入って来た。
『……健太郎は、私に好きな人はいない、って思ったかな。舌を出す仕草、上手く行ったかな……。健太郎には恥ずかしくて言えなかったけど、私は……』
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