「ということで、ポッキーゲームしましょう」
いいか、今は冬だ。
「先輩」
「んー?」
「今日、ポッキーの日じゃないですか」
「先月だね」
「ということで、ポッキーゲームしましょう」
「聴覚にも問題あるの?」
「はい、どうぞ」
目の前にスッと一本取り出されたポッキーを見ながら、ふと思い出す。
「ねえ、君チョコ食べれないんじゃなかったっけ」
「はっ!!!」
はっ、じゃないよ。
自分のことくらい覚えておきなよ。
そして泣きそうになるんじゃないよ。
試合に敗れたばりの落ち込み具合やめて。
「・・・あっ!」
「待って、なんか嫌な予感するから口開かないで」
「私が持ち手のところくわえるので先輩がチョコの方全部食べてください!」
「だよね、そうなるよね、君そういう思考回路だもんね」
「えへへ」
「別に褒めてないから照れないでもらえるかな、うわ、準備はや」
既にポッキーくわえてこっちを見てた。
色々と言いたいことはあるけど、敢えて一つ選ぶとしたら。
「そもそも付き合ってもないのに何故ポッキーゲームできると思ったの君」
うん、付き合ってないよね俺達。
「んん、んっんんんーん」
「はい、行儀悪い」
口に物を入れて喋らないの。
ていうか喋れてないから。
持ち手は向こうの口に収納されてるので仕方なくチョコの部分を手に取る。
まあ、そんなすぐには溶けないでしょ。
あ、いい感じに折れた。
「それ、言っちゃダメなやつです」
そんなこと言ってたんだ。
ダメも何も事実だしなあ、と思いながらちょうどよく折れたチョコの部分を食べる。
うーん、あま。
「先輩、世のパリピはカップルじゃなくてもポッキーゲームしますよ、あいつらなんだってしやがりますよ」
「パリピじゃないしなあ、あと何でちょっとキレ気味なの」
パリピに村でも燃やされたの。
「実は私、体が弱くて、明日から学校来れないので先輩と最後の思い出にポッキーゲームしたいんです、ゲホゲホ」
「一ミリも信憑性のない話を急にしはじめるね」
下校中後ろから猛ダッシュしてきて俺を公園に引き摺り込んだの君だよね。
今まさにブランコ揺らしまくっててよくその嘘つけたね。
あと口でゲホゲホってハッキリいうのやめてほしい。笑うから。
「後生ですから・・・」
「君の一生のお願い何個あるの」
一生のお願いで連絡先も交換したし(ほぼ向こうからのメッセージ)、先週の休みは一緒に出かけた(コンビニ行った後に公園にいただけ)。
「うう、わかりました、私がチョコの方食べます」
「そういう問題じゃないんだけどね・・・わかったから、俺がチョコ食べるから毒食らうような顔でポッキー食べようとするのやめて」
「マ!!!??先輩大好き!!!」
ま。
抱きついて来ようとしたのを避けて、地面に放られていた可哀想な箱から一本取り出す。
「はい、あーん」
「先輩からのあーん破壊力やばすぎてやば、やば死ぬ」
死んでるのは語彙力だよ。
「はいはい、わかったから早く」
何故か深呼吸を何度も繰り返してからくわえると静かになった。
あれ、もしかして今息止めてる・・・?
「うん、息はしようか」
「!!」
その発想はなかったみたいな顔やめて。
普段も口じゃなくて鼻で呼吸してるでしょ君。
「じゃあ、いくよ?」
反対側から、食べ進めていく。
近付くにつれて赤くなっていく向こうの頬。
あ、なんか静かに照れてるの見るの新鮮な感じある。
いつも騒々しいから。
大分距離が近づいて耐えられなくなったのか、ぎゅっと目を瞑る姿を見ながら、ふと思った。
ポッキーゲームに勝敗ってあるのか。
やめどきってどこだ。
これ俺から離れたら俺の負けな訳?いつまでもこのままでいるわけにはいかないし、進んでキスするわけにもいかないし。
うーん・・・でもチョコの部分を食べてと言われたわけだし、そこだけ全部食べたら俺の勝ちってことでいいんじゃないか。うん、そういうことにしとこう。
しっかりミッションを終えてから離れたけど、向こうは目をつむったまま微動だにしない。
あ、見えてないから気付かないのは当たり前か。
「・・・」
なんだろう、さっきも思ったけど静かなこの子って本当に新鮮だな。
いつもはノンストップで喋り続けてるし・・・あと顔もうるさいし。
それにしても、いつまで固まっているんだろう。
・・・あ、鼻赤い。ぷるぷる震えてるからまた息でも止めてるのかと思ったけれど、原因は寒さだったみたい。
冬だし、結構寒くなってきたのにマフラーもしてないんだよなこの子。女子なんてスカートだし、寒いに決まってるのに。
「ふぁっっ!!?」
「わ、つめた」
真っ赤になっていた鼻をつまんでみたら、奇声とともに開かれた口からポッキーが落ちた。
スカートの上に落ちたけど、俺がちゃんとチョコ処理したから汚れてはいない。感謝してほしい。
「ねえ、君の家って図書館の近くだったよね」
「え、へ?あ、はい!覚えててくれたんですね!光栄です!えへへ・・・唐突ですね?!」
頬ゆるゆるのまま少し驚いた顔、器用だな。
謎にトークに送られてくるこの子の自己紹介と言う名の個人情報の数々。
住んでる場所も俺が知りたくて聞いたわけじゃないからそこは勘違いしないで欲しい。
「一生のお願いも聞いたことだし、俺帰るね」
「えっ、もう帰っちゃうんですか!」
鞄を拾って立ち上がると、緩みきっていた頬が戻ってきて、今度は目がこぼれ落ちそうなくらい見開かれている。
本当に忙しい表情筋だね。
「早く帰らないともっと寒くなるし、風邪ひいちゃうでしょ」
「ハッ!それもそうですね!先輩のお身体にさわりますね!」
「いや、俺の家すぐそこなの知ってるでしょ、そんな風邪ひくような距離じゃないから、君の話ね」
自分の首に回っていたマフラーを解いて、目の前の赤鼻の子に巻きつける。
「は、え!?なん、これゆめですか!!?!」
「うるさ・・・夢じゃないから」
至近距離でこれ以上叫ばれるのは御免なのですぐに離れる。
「先輩の温もりつきマフラー・・・」
「言い方気持ち悪いな」
「ハッ!でもこれじゃあ先輩が」
「さっきも言ったけど家すぐそこだし、他にも持ってるから問題ないよ、君の家結構遠いし、そっちの方が風邪ひく確率高いでしょ」
なんとかは風邪ひかないっていうけど。
「先輩・・・ありがとうございます!これから毎日先輩の温もりと過ごしたいと思います!」
「自分のマフラー買ったら返してよ」
「夏もつけますね!」
「やっぱり聴覚にも問題あるよね」
あと夏にもマフラーつけてたら流石に知らない人のフリするよ。
「それでは、先輩を寒空の下、拘束するわけにもいかないので即帰宅させていただきます!」
満面の笑みで敬礼すると公園を駆け出していった・・・と思ったら何故か入り口まで戻ってきた。
「先輩!」
「んー?」
「大好きです!!また明日!!!」
それ言うためにまた全速力で戻ってきたの?体力底なしなの?ブンブンと手を振る姿に、思わず笑みがこぼれる。
本当に、見てて退屈しない子だ。
「またね、ユイ」
手を振り返すと何故かその場に崩れ落ちた。
いや、なにその反応。
(初めて名前で呼ばれたんだけど!!?どうする?結婚する?)