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記憶

作者: 桜田鬼門

 「1週間をかけて今まで生きてきたすべての記憶が消えます。」そう告げられたのはついさっきの出来事。摩訶不思議に思われるかもしれないが事実だ。日曜日か。奇しくも週の初めにそんなこと言われるなんてな。そんなことを思いながら携帯を開く。1番上にはこんな俺でも結婚を考えるほどに恋をしてしまっている彼女からの連絡があった。「明日って駅前で集合でいいんだよね!?」明日のデートの確認だった。まだ前日の朝10時だというのに明日のことを考えている彼女に愛おしさを感じながら「うん。時間は任せるよ」と返事をし携帯を閉じる。さぁ、この1週間をどう過ごそうか?


 月曜日。前髪を気にしているのか携帯の画面を見ながら何度も確認をする彼女を見つける。驚かせないように近づき声をかける。「待った?」「全然!」嘘だな。だって繋いだ手が3月後半だというのに冷たい。どうせまたいつもの通り早く来てたんだろうな。そんなところも可愛く思えてしまうから重症なのかもしれない。彼女を温めさせるためカフェに入る。たわいのない会話をしたあとで僕は記憶がなくなることを告げる。「、、、、、何言ってんの。いつもの冗談なら笑えないよ。」彼女が真剣な目で言うから僕も真剣な目で返す。「ほんとだよ」そう言うと彼女は目を濡らした。


 火曜日。大学の講義を受ける。音楽を専攻して将来は作曲家になりたいとまで考えていたのにいまはやる気が起きない。眠い目をどうにか開けて授業を聞く。今日の授業はシューマンやエルガーなど有名なクラシック作曲家の愛をテーマにしたものだった。でも先生とは趣味があう。シューマンの「愛と女の生涯」は僕も好きな名曲だ。第1曲の「あの人に出会ってから」を彼女の前で弾いたのを思い出す。そういえばあの夜に初めてキスをしたっけな。


水曜日。週の真ん中だ。あんなことを告げたのにも関わらず彼女は普通に僕の前に現れる。やっぱり可笑しな子だ。でも今の僕にとっては救いだった。だってすでに月曜日のことが思い出せない。あの時にどんな話をしたっけ?僕が何度も同じことを聞いても彼女は優しく答えてくれる。家族も同じだ。最初は信じなかったものの最近の物忘れの多さに信じてくれたのかもしれない。僕は幸せ者だな。


 木曜日。彼女を含めた友人たちと出かけた。彼らも信じてくれるわけがないと思っていたが、意外にもすんなり信じてくれた。「今日はどこいく~?」彼女の友人が声をかける。「やっぱラーメンだろ」「えぇ~~」いつもの流れで笑ってしまう。なんだかんで彼女たちは男の僕らのラーメンに付き合ってくれる。まぁそのあとの強制プリクラは逃れられないが、、、。帰りは僕が運転した。疲れていたのかみんな寝てしまっていた。いままで記憶を消されることへの恐怖なんかなかったのに初めて涙がでた。いや、僕は最初からずっと怖かったんだ。


 金曜日。彼女とデートをした。厳密には僕が家に呼んだ。僕の家にあるピアノで曲を弾いたんだ。大好きな曲だからどうしても記憶がなくなる前に聞いて欲しかった。シューマンの「愛と女の生涯」第1曲「あの人に出会ってから」弾き終わると彼女は目から大きな雫を何度も落としていた。そんなに感動してくれたのかな。泣かないでよ。僕は涙がとまることを祈りながらキスをした。


 土曜日。部屋中に散らばる紙をすくいあげる。紙をみて僕は誰なのか。誰と仲が良かったのか。記憶を集める所から1日を始めなくてならない。でもそれでもわからない。彼女?かすかに記憶にはある。けれど顔が思い出されない。急いで携帯を開く。彼女からの「おはよう!今日も頑張ろうね!」というメッセージに「うん」とだけ返す。すぐに共有しているアルバムを開く。そこにはたくさんの2ショット。こんな風だったんだと思いながら忘れないように見続ける。君のことだけはどうしても忘れたくないんだ。もし神様がいるのなら彼女のことだけはどうか、、、記憶に残しておいてください。


 日曜日。今日は君に会いに行く。たくさんの写真とそれから私の中にあるたくさんの記憶を持って。彼の家の前に着く。深呼吸をしてからインターホンを押す。扉が開いてピアノの音がする部屋を開く。「誰ですか?」怖い顔しているけれどそれすらも彼だと認識して愛おしく感じる。重症なのかもね。私はあなたに出逢いに来たんだよ。そう思いながら名前を告げる。それから彼に「シューマンの愛と女の生涯、第1曲あの人に出会ってからを弾いてくれませんか?大好きな曲なんです。」と言う。彼は驚いていた。けれど「奇遇ですね。僕も大好きなんです」そう言ってから弾き始めた。


 君の記憶が消えてもその分私が記憶を集めて出逢いに行くね。














 

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