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099 冬至祭 覚悟の一撃

キリが良い所まで書いたら2回分の文量になってしまいました。

 部屋になだれ込む男達。衣服のボロさからして流民か。と言うか見知った顔が多い。


「何か用かしら?」


 ルビーが男達に敵意を向けて言い放つ。リルはルビーを守る様に彼女の前に立つ。敵の狙いがルビーなら接近戦闘が致命的に下手なルビーにこそ護衛がいる。


「てめえの身柄に良い値を付けてくれる奴が居るんでな! 大人しく売られろや!!」


 裏は奴隷商人か。分かってはいるが、もう少しスポンサーの事をぼかせ。


「断るわ」


「なら力尽くでやるぜ!」


 最初からそうする予定だったのか、明確な拒絶を聞いて男達は笑みになる。最初から説得と言う体でルビーとリルに乱暴をするつもりだ。クロードの記憶で分かる限り、処女を貴ぶのは極一部の人間だけだ。ある程度の経験どころか経産婦の方が値段が高くなる。それゆえにこいつらの頭の中ではルビーを襲う事で商品価値を高めて良い思いが出来るとしか考えていない。


「俺を挟んで争わないでくれないか?」


 動き出した男達を早速牽制する。


「宿屋のおやじみたいに怪我したくなかったら退け!」


「止めておけ。俺を退かしたいならせめてハーマンを連れて来い」


「ハーマンの旦那だと!? てめえ何者だ?」


 俺がハーマンの名前を出したことで初めて俺に興味を向ける。俺がその気ならこの気の抜けた会話中に貴様らは全員死体になっているからな?


「流民街で衛兵の猿真似をやるのならせめて目が良くなくては困る」


「てめえは……あのクソガキ!」


「アッシュだ。目以前に頭の問題か」


 こいつらの半数は俺が流民街に流れ着いた初日に土を付けた自称門番だ。あそこは流民街の顔役が勝手に作った関所な上にこいつらもただの雇われ私兵だ。強きに媚び諂い弱きを挫く雑魚だ。


「何故てめえがこんな所に!」


「貴様らと同じだ。使い捨てに出来る流民は便利なんだ。なぁ、ルビー?」


「そうね!」


 俺とこいつらの力関係が分かってルビーは最初から俺を使っていた体で話す。


 流民を殺しても司法は動かない。だからルビーがその気ならこいつら全員を焼き殺す事が出来る。


 しかし実際に人を殺せるか? 無理とは言わないが難しい。


 こいつらを嗾けた黒幕はそれを分かっている。


 メアとミリスが居たらまだしも、ルビーとリルだけでは殺さずに無効化は不可能だ。こうなるとシーナが不在なのまで計画の内かもしれない。ルビーは自分を守るためには殺せなくても仲間はいかのシーナを守るためには殺せるとクロードの記憶が言っている。


「どうする? ここで退くのならそれまでだ」


 ラディアンドの道で追撃戦なんてやれば衛兵どころか騎士まで出て来る。宿屋の一室だから多少の騒ぎが無視されているに過ぎない。


 男達はお互いを見て、誰かが主導権を取る事に期待している。実力的に拮抗しているから明確なリーダーを選べない。誰かがリーダーに立候補したら残りの男達が全力で引き釣り降ろす。彼らに友情とか信頼があれば違ったが、勢いだけで噛みつき烏合の衆でしかない。


「片手を失った癖にでかい面をするんじゃねぇ! 自慢の槍さばきも無理だろうがぁ!」


 だからか臆病と見られるわけにはいかないか。ここまでバカだとゴブリンミート以外の飯にも何か仕組まれているのかと疑いたくなる。そんな事は無いと分かるだけに余計悲しい。何故なら前世の俺とこいつらにそれほど差は無い。ブラック上司に無茶ぶりされて数を頼みに喚いているだけだ。


「試すか? 代償は貴様らの命になるぞ」


 俺は右手を自分の心臓にあて『プロトブレイバー』を発動する。『魔導鎧操縦』のスキルレベルを3まで上げる。これで俺の義手はただの鉄の塊から精密作業が出来る腕に変わる。今なら卵を割らずに二本指で持ち上げられそうだ。それはそうとして、無駄にスキルポイントを使わせたこいつらは絶対に許さない。


「ぐぅ……」


 スキルレベルを無理やり上げた反動で漏れたうめき声を俺の不調と勘違いした馬鹿3人が俺に殴り掛かる。俺の肉体の秘密、キスケ譲りの強力なポーション、そしてベルファの献身的な看病が無ければまだベッドで死線を彷徨っている怪我ではある。そうでなくても病み上がりと考えるのは当然か。


「前回の恨みぃ! 半殺しだぁ! ひゃはぁぁぁ!」


 リルが動きそうだと感じ、俺は右手でリルを制する。ここでリルとルビーの手を汚させては駄目だ。流民同士の殺し合いを逸脱させる気は無い。


 男達が振り下ろすナイフを最小限の動きで躱す。足すら動かす必要が無い。レベル30相当の俺にとってレベル10にすら成れなかった落伍者の動きなんて止まって見える。試す気は無いが、振り下ろされるナイフすら素肌で受け止められるはずだ。


「無様だ」


 ナイフを使うのなら振り下ろすのではなく刺せ! 俺の胴体の真ん中を狙うんだ!


「てめえ! もう全殺しだ!!」


 男達の頭に血が上るが、動きは相変わらず単調だ。それに他の男達は扉近くで野次を飛ばす程度。巻き込まれて怪我をしたら損なのを良く分かっている。


 こいつらは何故流民に落ちたか。十中八九市民税を支払えなく二級市民の身分を剥奪された。借金を払えなくて剥奪もありえるが、その場合は責権者の手で奴隷落ちして死ぬ前提で鉱山に送られる。言わばここに居る男達は一発逆転の博打にすら手を出せなかった臆病者だ。


 負けるわけにはいかない。一つ間違えばこいつらは俺の前世の明日だ。望まぬ転生ではあるが、今生ではこいつらみたいには絶対にならないと誓った。行動で示す時は今だ!


 俺は3人の中で殺害の意志を公言した男を全力で左腕でぶん殴る。男は立ったままゴキャっと首の骨が折れる音がして固まる。そしてゆっくりと倒れる。


「……」


 それを見て威勢良くナイフを振っていた残り二人が止まる。


「この義手にはモーリックの恨みが詰まっている。貴様らのせいで助からなくなった男の逆恨みをその身で受けて見ろ!」


 やはり俺から仕掛けて人を殺すのにはまだ抵抗がある。記憶のクロードなら今頃声を張り上げて俺の甘さを叱責しているだろう。だが相手から仕掛けたのならそれほど気分が悪くならない。そしてそれが味方、そして敵の被害を最小限に抑えられる方法だ。


「てめえ……」


 男達の誰かから怒りとも恐怖とも言えない感情が乗った言葉が発せられる。


「続けるなら時間は大丈夫か?」


 ここで俺が男達と同じヒャッハー理論を展開しては死体が増えるだけだ。だからこそ相手の認識外の方面から攻める。


「何を?」


 良し、完全にペースをつかんだ。畳み込むぜ!


「貴様らが今仕掛けたのはルビーの仲間の居場所を把握しているからだ」


 リルはルビーの部屋に帰るのが最善と考えていた。だがそれは間違いだ。黒幕はリルの居場所が把握できずに踏み込めなかった。


 リルがルビーのピンチをしれば衛兵に知らせる可能性が高い。そうなると仮市民を営利誘拐している流民とそれを阻止しようとする衛兵の全面抗争になる。そこまでの騒ぎになれば貴族が動く。衛兵を巻き込む騒ぎになった時点で奴隷商人では火消しを出来ない。


「少し騒ぎを起こしても衛兵がすぐに来ない様にしたんじゃないか?」


 俺は続けて衛兵がまだ来ていない点を語る。男達の何人かは愚かにも首を縦に振ってくれる。冬至祭で衛兵はただでさえ忙しい。そこに金で雇った酔っ払いの喧嘩を数か所で発生させたら時間稼ぎは余裕で出来る。前世でわざと炎上させて注目を集める手法を上司と一緒にやった経験が生きる事になるとは複雑だ。


「だがいつまでも時間稼ぎは出来ない。衛兵がこいつの死体を見たらどうするかな?」


 俺は死体を指さす。ラディアンド、そして王国の市民権管理は杜撰だ。土地を持つ一級市民や高額納税者の二級市民の市民権の記録は貴族顔負けの精度を誇っている。だが今のルビーみたいな仮市民や床に転がっている死んだ流民の記録なんて在って無いようなものだ。死んだ流民を別の二級市民と偽って裁判に持ち込む事だって出来るはずだ。


 そう言う事が起こりうるから町から町へと移動をする人間はほとんどいない。ラディアンドの城門を出なければ流民が二級市民と偽っても誰も確たる反論が出来ない。真っ当な仕事を探したり徴税官に睨まれたりすると露見し易く、露見すればその場で市民に殴り殺される。そう言う不幸な事故を回避するために両親や隣人と子供の頃から顔を突き合わせる。隣人3人が「こいつは子供の頃から知っている二級市民だ」と証言できれば流民疑惑は払しょくできる。


「へへ……すなわちてめえが勝手に破滅するだけじゃねえか!」


 そう思う様に誘導したから当然だ。だから早くこの場から去れ。


 もう一押し必要か。


「ふっ。一人殺したのなら、もう数人殺しても差は無い」


 そう言って俺は一歩前に出る。男達は大きく二歩下がる。


 そして外から短い笛の音が聞こえる。


「ずらかるぞ!」


 それだけ言って男達は全力で逃げる。


「あの音が合図か」


 リルに追わせるか迷うが、今は後片付けを優先だ。


「どうするのよ、この死体!!」


 ルビーが食って掛かる。流民とは言え死体が部屋にある危険性を良く理解している。衛兵が乗り込んで来たら苦しい言い訳しか出来ない。


「『アイテムボックス』」


 俺はそう言って死体を収納する。ルビーには見せたくなかったが、共犯者に仕立て上げるにはやむを得ない。リルには「リルが『アイテムボックス』持ちなのを誰にも悟られるな」と釘を刺しているので俺が収納するしかない。


「え?」


 消えた死体のあった場所を凝視して言葉を失うルビー。


「死体は無い。それだけの事だ」


「……」


 ルビーが何か言おうとした時、メアが部屋に飛び込んできた。


「ルビー! 大丈夫か!?」


「また会ったな。賞金は得られたか?」


「あんたは、あの時の!」


 驚くメアと俺を更に胡散臭そうな目で見るルビーに挟まれて、どうやって場を治めようか迷う。

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