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098 冬至祭 酒と宿屋

 今だ人が多く出歩いているラディアンドの大通りを小走りで通過する。大半の人間は日が落ちると寝る生活をしているが、冬至祭の間だけは夜通し遊ぶ者が一定数居る。夜遊びに慣れていない人間はスリの良いカモだ。スリの真似事をする孤児にとってはこの時期が一番の稼ぎ時だ。


「ゴホッ……主君、あそこで酒を買う」


 リルが指定した屋台で一時止まる。


「このダイアウルフの毛皮と交換で酒が欲しい」


 俺は担いでいたダイアウルフの毛皮を店主に見せる。『アイテムボックス』から取り出すのは自殺行為だがスリが多い中で金になる皮を持ち歩くのはストレスだ。多少安く査定されても良いから素早く商談を終わらせたい。


「ふむ、ダイアウルフの毛皮ではあるか」


 店主が皮の肌触りを確認しながら言う。今頃幾らで売れるか考えているのだろう。


「銀貨120枚の酒でどうだ?」


 専門家の1/4の時間で査定を出す辺り、リルが選んだだけはある。


「銀貨180枚は行くと思うぞ?」


 迷ったが、一度くらい反論すべきか。正規の手段で売れるのなら銀貨220枚だが、流民の俺では相手にされない。ルビーが代理で売ろうにも、ルビー達の実力ではダイアウルフは狩れない。狩れたとしてもこんな綺麗な毛皮ではない。クロードの記憶にあるルビー達の戦い方から想定すると、メアとミリスが前衛で時間稼ぎをしてルビーの『火魔法』で焼く以外の勝ち筋は無い。


「うぬぬ……ええいこのワインをおまけでつけてやる!」


「ゲホッ……銀貨10枚」


 リルが突っ込む。安そうなワインだからそんな値段だろう。


「ワインより強い酒をおまけでつけてくれ」


「『目潰し』ならあるぞ? だがあれを飲んで盲目になっても責任は取らんからな!」


「それをくれ」


 魔導鎧のメンテナンスに使えるはずだ。モーリックが飲まないか心配だからベルファにしっかり監視して貰おう。


「ああそのごつい義手のためか」


「そんな所だ」


「なら商談成立だ! 何が欲しい?」


「ドワーフが飲む酒はあるか?」


「それならコレとコレだな。ちと値がはるから量は余り出せんぞ?」


「手持ちだから多くても困る」


「それもそうだ!」


 店主と『アイテムボックス』が無ければする会話をしながら酒類を選ぶ。量重視の買い物は日を改めるかリルに任せるか。この酒類があれば少なくてもモーリックとベルファは喜ぶはずだ。


「ちょっと時間を食ったか」


「問題無い」


 リルが選んだ屋台はボッタクリでは無かったし、ルビー達が泊っている宿屋の道中にあった。俺が「酒を買う」と言っただけで準備期間も無しにここまで段取りが取れるとは頼もしい。前世なら万年ヒラの俺なんて声すら掛けられない敏腕秘書として活躍していただろう。


 宿屋が見えたと思ったらリルが突然止まり、両耳を激しく動かす。俺も止まり、リルの次の行動を待つ。恐らく『気配察知』を使っている。


「ん……いる」


「敵か?」


「分からない」


 リルに詳しく聞くと、冬至祭が始まってから宿屋を遠巻きに見張る人間がいる。リルの『気配察知』でも気付かない事があるほどの手練れだ。そして今夜はその人間を中心にいつも以上に人がいる。


「なら堂々と行こう」


 状況を考える。リルが今帰って来たばかりだ。メアとミリスが帰れたか不明だ。シーナは居たら邪魔でしかない。相手が長期間宿屋を監視していたのならルビーが一人か分かっている。人手を集めたと言う事は何か仕掛ける気だ。


 リルは反対せずに無言で歩き出す。俺は意図的に3歩ほど後ろからリルを追う。手遅れかもしれないが、リルとは別と思わせられたらこれからの展開が有利になるはず。


 リルが宿屋に入る。俺はすぐに入らず、宿屋の外観を見る。衝立には一泊銀貨10枚で一部屋4人と書いてある。クロードの記憶では典型的な安宿だ。朝食すらサービスしないとは結構ボッタクリな宿屋では無いか?


 しばらく待って入ると宿屋の主人が無言で階段を親指で指す。リルが話を通してくれたか。俺の望む事を先にやってくれていたか。おかしい。クロードの記憶ではリルはここまで気が利く子じゃない。まさかルルブにあった主君持ちダークエルフのバフが発動している? だがあれは忠誠の2段階目である『来世まで』から発動だったはず。この短時間でリルの俺への評価が好転するなんてあり得ない。ならきっと気のせいだ。


 階段の上で待っていたリルと合流してルビー達の部屋に向かう。


「ルビー」


 リルがコン、コン、ツー、コンと扉を叩く。恐らくそれが何らかの符号になっている。


「遅かったわね。一人?」


 ルビーの声がドア越しに聞こえる。


「主君を連れて来た」


「えっ?」


 驚いたルビーがガチャっとドアを開ける。


「主君も入る」


 ルビーは何か言おうと口をパクパクさせるが、言葉が出てこない。業を煮やしたリルが俺達三人を部屋に押し込み扉を閉じる。


「自己紹介と行こう。俺はアッシュ。ただの流民だ」


「その体はクロードの……。でも貴方はクロードじゃない。悪魔……では無いわよね?」


「ルビーでも主君への侮辱は……ゲホッ……ゴホッ……」


「落ち着けリル。やはり見えるか」


 リルはクロードの身体的特徴から俺の正体に気付いた。あれだけ変わったのに気付くリルは凄い。だがルビーは遥か上を行く。やはりルビーの血には強い祝福のろいの力が流れている。魂の変質すら分かるとは、ルビーの先祖は余程強い存在と契約を結んだのだろう。こうなるとクロードの記憶にある「ルビーは推定侯爵家の分家筋」が怪しくなる。本家筋かそれに近い家柄の情報をリルに洗わせるとしよう。


「貴方は誰?」


 警戒を緩めないルビーの赤い双眸が俺を睨む。


 なんて言おうか逡巡していると途端に1階が騒がしくなる。1階からは怒声と何かを殴るような音が聞こえたと思ったら、階段を上がる大量の足音が聞こえる。


「こいつらを片付けてからで良いか?」


 ルビーが頷くのとドアが蹴り破られたのは同時だった。

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