095 冬至祭 ダークエルフ
リルの申し出にどう答えるのが正解だ?
ダークエルフの行動理念は人間には分からないから考えるだけ無駄だ。ルルブで読んだ説明が正しいのなら、ダークエルフは忠誠を誓った相手を絶対に裏切らない。これだけだと凄く良い事に思える。だがダークエルフは人間基準では病んでいる! そしてダークエルフは一度忠誠を誓うと少しづつ忠誠の口上をレベルアップさせる。「来世まで忠誠を誓う」だとまだヤンデレ止まりだが「永遠まで忠誠を誓う」だとアクセル全開のヤンヤンだ。俺が遊んだリプレイでは悪魔に魂を奪われた主君を取り戻すために1000年間の間に数十回の転生を繰り返して大願成就したダークエルフの物語があった。救われた主君は本当に救われたんだろうか? ……そう言えばあのリプレイで救われたNPC主君の名前はクロードだったな。きっとただの偶然に違いない。
「リル、俺は部下とか家臣を持てるほどの男ではない」
前世で部下なんて持った事が無い! クロードの記憶を漁るがクロードも家臣を持った事が無い! どうすれば良いんだ!?
「なら、ただ一言『死ね』と命じて」
俺に捨てられる=死と勝手に決めているリルの覚悟に戦慄する。
「ルビー達はどうする?」
「ルビーには話を通した」
こっちの逃げ道は既に封鎖済みか! ルビーが俺の裁判に突撃しそうなリルを止めた際に「俺が生き残った場合はルビー達と別れて俺に付く」と言う約束を交わした。流石のルビーも俺が五体満足で復活するなんて夢にも思わなかったはずだ。それでもルビーには俺から話をしないといけない。冒険者パーティーのスカウトが抜けるのはルビーに取っては致命的だ。奴隷商人が諦めたとは思えないし、これは面倒なかじ取りが必要になって来た。
「良かろう。リルの忠誠は確かに受け取った」
「ありがとう……ゲホッ……もう長くないけど」
リルは死ぬ前に主君が出来て純粋に嬉しい様だが、俺が寿命の事を断る理由に使わなかった事に疑問を持ったみたいだ。
「忠誠を誓った女をそう簡単に見捨てると思うか?」
今度はリルが唖然とする番だ。
「大丈夫か? 顔が少し赤いぞ」
「気のせい……ゴホッゴホッ!」
「興奮し過ぎだ。それに治療に関しては最初から検討していた」
俺が左腕を食われて高熱にうなされる前の短時間だが、ルビー達を巻き込む概案だけはあった。俺の『プロトブレイバー』は仲間がいる前提のスキルなのは疑いようがない。本物の勇者なら『ブレイバー』は仲間のための補助スキル止まりだろうが、俺に取ってはその仲間が主力だ。アッシュを名乗る様になって分不相応に単騎無双を夢見たが、俺自身のガラス天井は思ったよりずっと低かった。節目のレベルに試練が無ければ雑魚モンスターを狩りまくって経験値を貯めてもうしばらく単独で頑張っていた。
「流石主君」
「そ、それほどでもない」
ヤバい。女の子に褒められたのは前世とクロードの人生込みで初めてかもしれない。
「だがまずは俺のスキルでリルを見る必要がある。上着を脱いで背中を見せてくれ」
別に疚しい気は無いぞ? スキルは生命線だからリル相手でもそう簡単に披露出来ない。リルの口は堅くても、スキルを与えるスキルなんてものを持っていると知られたら俺は一生何処かの地下牢で飼い殺しだ。更に『プロトブレイバー』の発動条件は「一定の信頼関係か上下関係」だと睨んでいる。渓谷のダンジョン攻略後に苦楽を共にした仲間に試したが、マックス以外の誰一人も『プロトブレイバー』で見れなかった。
「見たいのなら別に……」
「背中だけで!」
リルは命令通りに先に上着を脱ぐ。俺は咄嗟に右手で自分の顔を覆う。
「下も脱ぎます?」
「……不要だ」
背中を見せたリルが追い打ちをかける。肋骨が浮き出るほど痩せていなければ危なかった。治療は大事だが、まずは腹いっぱい食わせよう。
俺は右の手のひらをリルの背中の真ん中辺りに押し付け『プロトブレイバー』を発動する。
「ひやぅ!」
なめかしい声を上げるリルを無視してステータスの閲覧に集中する。
***
名前 リル*文字化け*
種族 ダークエルフ(15)
職業 盗賊3
位階 3/13
SP 3/ 9
職業スキル
盗賊
└03/10 隠密、鍵開け、気配察知
個別スキル
生活系
└共通語 2/5
└寄生耐性 1/5
***
名前が文字化けしているのは俺がリルの本当の名前を知らないからだろう。ダークエルフの本当の名前は人間には決して発音できないらしいし、気にする事は無い。位階の上限が13と低いが、ルルブによると長命種は低い傾向になる。ハウスルール次第だが、卓上ではプレイヤーのダークエルフの位階上限が50に設定される。長命種の長い寿命と高い位階でワンマンアーミー化しやすい。SPが9だとすると初期SPは6か。ここら辺も長命種ボーナスか。
『盗賊』スキルは潔いほど泥棒特化だ。孤児院時代から良く隠れていたからこそのレベル3だ。職業系スキルレベルだけで判断するのならリルが同期の中で一番高そうだ。病気さえ無ければ既に裏社会で有名になっていただろうに。『共通語』は1ポイント上げた方が良い。最後の『寄生耐性』とはまた珍しいスキルだ。過去に拾い食いしてお腹を壊したか?
「どう?」
「凄いな。特に『盗賊』レベルは目を見張るものがある」
俺が褒めたらリルは嬉しそうに頷いた。『鑑定』みたいなレアスキル持ちは少ないし、リルでは『鑑定』持ちを雇う金も伝手も無い。
だがおかしい。これだけの重病ならスキル由来を疑う。せめて『病弱』か『病気耐性』のスキルくらいはあると思った。さもなければ毒と病気を治療できる快癒系のポーションか魔法で完治しない理由が説明できない。
「まさか、俺はとんでもない勘違いを!?」
リルが病気だと言う先入観で俺を含め全員が動いていた。もしそれが間違っていたら? その場合、リルの命は既に風前の灯火かもしれない。
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