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093 冬至祭 裏路地の駆け引き

 背中を取られて数瞬。振り向くのは危険だろうが、振り向かないと相手の正体が分からない。高い『体』のステータスと『毒耐性』レベル1を信じて一撃食らう前提でカウンターを叩きこむべきか。俺は思ったほど我慢強くないみたいだ。無理して動こうとした矢先。


「ゴホッゴホッ……」


 後ろの男が咳き込んだ事で背中に当てられていた物が外れる。


「し……」


 相手が「しまった」と言う前に俺の回し蹴りが相手の胸元に入る。吹っ飛んだ衝撃で後ろの木箱を二つほど破壊し止まる。


 俺は相手の腹を狙ったつもりだったんだが、思ったより相手の背が低かった。倒れた男の褐色のエルフ耳がピコピコ動いている。意識が落ちても周りの音を拾うダークエルフの習性か。


「おい、路地裏から音がしたぞ?」


「誰か居るのか?」


 まずい! 木箱が潰れた音が路地の外に聞こえたか。衛兵と観客が居る中でこれ以上の面倒は御免だ。俺は倒れているを脇に抱え一目散に逃げる。


 しかし俺の後ろを取った女がリルだったとは。少し考えれば当然じゃないか。メアの居る場所に衛兵の手伝いをしているミリスが偶然来るなんてあり得ない。リルがミリスを誘導して、現場に居た怪しい俺を押さえようとしたんだ。仕切り役のルビーが不在なのは気になるが、リルがあそこで咳き込まなければ成功した公算が高い。俺の事をクロードと認識出来なければ俺は出来の良い剣をメアに提供したただの男になる。


「ゲホッゴホッ……」


「暴れたら舌を噛むぞ」


 俺に抱えられている途中で気付いたか。孤児院時代より咳が酷くなっている。治療の宛が無いともう長くないかもしれない。シーナが手に入れられない『光魔法』スキルを得て10年ほど修行したらリルを癒せると思う。そんな時間的余裕が無いのはリルが一番良く知っていそうだ。


 騒ぎからある程度離れた路上でリルを解放する。


「何故俺を狙う?」


「ゲホッ……何故あの剣を渡した!」


 リルは俺を睨んで言う。


「あの剣を打った鍛冶師は知己でドワーフに複雑な感情を抱いている。そいつの剣がドワーフの剣を折れば良い土産話になる。それだけさ」


「ゴホッ……それなら隠れる理由がない……ゴホッ……」


「冬至祭と言っても流民にはキツイ人は居るんでな。トラブル回避の鉄則だ」


「……」


 俺の顔をずっと見上げていたリルの両目が開き固まる。


「どうかしたか?」


「ク……ゲホッ……ロード……ゴホッ……」


 気付かれた!? そんなバカな。


「あいつは片目で片足を引き摺っている。こんな義手もしていない。他人だ」


「ゲホッゲホッ……それで誤魔化したつもり?」


 はっ! 俺がクロードの姿を知っているのはおかしいじゃないか。「公開裁判で見かけた」とか咄嗟に言い訳を考えるが、どんどんドツボに嵌りそうだ。


「俺はアッシュだ。あいつは死んだ。ここでは話せない」


 ルビーに商談を持ちかける予定だったんだ。リルにバレた事は逆にこっちの行動オプションが増えると考えれば損は無いか?


「こっち」


 リルの先導に従って裏路地からさらにみすぼらしい区画に入る。偶にリルを見失うが彼女の咳ですぐに凡その居場所が分かる。孤児院時代からそうだが、隠密系のスキルと咳の相性は最悪だ。しばらく追いかけっこをして、一つのボロ屋の前で止まる。


「ここ」


 リルは無人の家に入る。俺も後を追う。床の傷み具合からしてこの家は数年は住人が居ないみたいだ。調度品は無い。


 この家は貧民街に建っている。孤児院と裏路地を分断するかの様に存在する貧民街は孤児の格好の遊び場だ。ここがラディアンドの城壁の中に最初からあった貧民街だ。時代の流れと共に税を支払えない貧民が流民に落ち、再開発の名の下にその流民を城壁の外に追い出した。そうやって出来たのが俺が滞在している流民街だ。この貧民街が残っているのは再開発をするための資金力が無いためだ。クロードの記憶が正しいのなら、辺境伯の税収からして資金のねん出は可能だ。しかし再開発が黒字になるまで短くても10年。辺境伯は戦争に備えないといけないから、無駄な支出リスクを取れない。


 結果的に空き家が増える。逃亡農奴が勝手に住み込んで流民を密告するので流民は基本的に貧民街にはいない。なので本当の貧民と逃亡奴隷以外は密会や密談をしたい人間が出入りする。


「セーフハウスか」


「そう」


 俺の問いにあっさり答えるリル。


「ごめんなさい」


 俺が何か言う前にリルが頭を下げる。


「謝る事は無い」


「あの日、私は部屋に居た。クロードが無実なのを知っている! ルビーにも相談した! でも結局何も出来ず……ごめんなさい」


 涙を流し、咳の合間に「ごめんなさい」を請われたレコードの様にリピートするリルに俺はなんて声を掛ければ良いんだ。


 クロードは死んだ。


 リルが謝った所でそれは変わらないし、クロードの一件はリルでは何も出来ないほど複雑だ。


 俺がクロードなら「許す」の一言で終わる。神は俺にクロードの許しを背負えと言うのか!


「リルがどう思おうと俺はリルを責めない。だから何があったのか教えてくれ」


「分かった」


 リルは満足していない。それでも俺がリルの謝罪を受け入れるのなら真実を話すのが筋だと思ったのか、リルは背景事情から話し出す。


 ルビーの身柄を巡る奴隷商人と院長の裏取引、そして偽造書類の行方。どうやらあの院長のクライアントは邪教徒だけじゃないみたいだ。



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