087 ベルファ視点 可能性
ベルファ視点は今回で終わりです。
次のマックス関連でこの章は終わりです。
倒れたアッシュさんを看病して二日経った朝にお兄が帰ってきました。お兄の体から安い香水の匂いがします。馴染の娼婦の所で時間を過ごして来たんだと思います。あそこで泊まると残飯への依存が上がる気がするってお兄が言っていたのに。まるで自分からわざと状況を悪くしている様な錯覚を覚えます。
「お兄、アッシュさんが」
「!? 何かあったのか?」
アッシュがダイアベアと戦い片腕を失った事、そして今は高熱を出して寝込んでいる事を伝えます。
「そんな……」
お兄はその場で崩れ落ち数時間は動きませんでした。アッシュさんの怪我は私よりお兄を絶望させたみたいです。
「うぅ……」
「アッシュさんの容態を見てきます」
アッシュさんのうめき声が聞こえたのでその場を急いで離れます。あんな姿のお兄を見ている事は出来ません。私に何か出来る事は無いのでしょうか?
「……」
「なんですか?」
アッシュさんの唇が動くのを見て、耳を彼の唇に近づけます。至近距離ならうわ言でも何か聞こえるかもしれません。
「……義手。……魔導鎧。……使え」
そう呟いたと思ったらベッドの横に剣と斧を合計30本ばかり『アイテムボックス』から出しました。カタンカタンと鳴る鉄の音を聞いてお兄が走ってきます。やはりお兄は鍛冶が好きなのです。どんなに絶望しても鉄の音は聞き逃しません。
「ベルファ、これはどういう事だ?」
「魔導鎧で義手と言っていました。どういう事でしょう?」
魔導鎧を纏えば魔導鎧の腕を動かす事は出来ます。ですがあの腕は人間が使うサイズではありません。
「魔導鎧で義手……。魔導で手……。そうか! そう言う事か!!」
しばらく独り言を呟いていたお兄が急に飛び上がって大声を上げます。アッシュさんの回復に悪影響だと言おうとしましたが、お兄の目を見て考えを改めます。今のお兄は自信満々にラディアンドの門を潜った時のお兄です。
「何か思いついたのね?」
「応よ! こうしてはおれん、時間がない! だが仕上げてみせる、俺の最後の作品を!」
そう言ってお兄は修理を始めていた魔導鎧を解体し始めます。
「修理は!?」
「後回しだ! 今はこの魔導炉の中身が必要なんだ!」
お兄は本来は開けない魔導炉を道具でこじ開け、半径10センチほどの魔導コアを取り出します。確かCランクのダンジョンコアをエルフの秘術で魔導コアに変換したものと聞いています。
「この大きさなら入るぞ! どっかにDランクが転がっていればそっちの方が……。ええい、探している時間が惜しい!!」
私以外の人が見たらお兄は遂に頭がおかしくなったと思うでしょう。そこからは寝る間を惜しんでお兄は鍛冶仕事を始めました。密造酒以外は口に含まない徹底ぶりです。
「手伝う事は?」
「アッシュの腕の寸法だ! それが無いと図面が脳内でひけない」
不明瞭な指示に従いお兄が必要とする寸法を測ります。ドワーフは鍛冶をやる際には図面を残しません。最近のお兄は残飯の影響もあり、いつも何かに図面を書いていました。書かないと言う事はそれだけ昔のお兄に戻ったに違いありません!
そして試行錯誤する事3日。遂にお兄は満足が行く物を完成させます。その日は密造酒で乾杯してそのまま寝てしまいました。
「義手か? 気が利くじゃないか」
「ん……アッシュさん。熱は大丈夫ですか?」
アッシュさんの声が聞こえたので目をこすりながら起きます。ドワーフの女として寝起きの顔を見られるのは恥ずかしいです。でもそんな余裕がある生活を最後にしたのはいつだったかもう忘れました。お兄は鍛冶疲れで寝たら当分は起きないので私が頑張らないと!
「ベルファの看病のおかげだ」
「それは良かったです」
裸を見た男に褒められるのは案外恥ずかしいものです。私の顔は真っ赤になっていないでしょうか?
「それでどうしてこんなに腕の部分が膨れ上がっているんだ?」
「そこは魔導鎧の魔導コアを転用しているんです。『魔導鎧操作』スキルを持っていれば人間の手の様に動かせます」
「凄いな。こんな技術があるなんてモーリックは本当に凄い!」
アッシュさんはそのスキルを持っていたみたいです。数回指を動かすだけに手の操作を完璧にマスターしました。
しばらくアッシュさんが指を動かしているのを見ていたら動作途中で固まりました。
「動かない?」
「あ! 燃料切れです」
魔導鎧用の燃料を急いで注ぎ込みます。そうすると最初の様に指が滑らかに動く様になりました。
「燃費は悪いのか」
「お兄はDランクのコアを使いたかったそうです」
「無い物ねだりはしないさ。俺が使いこなしてみせる」
「アッシュさんならきっと出来ます」
「モーリックが起きたら礼を言わないとな。明日の冬至祭で良い酒を買ってこよう!」
「あのう、アッシュさんは6日ほど倒れていました」
「ていう事はお祭りは?」
「半分ほど終わっています」
「なんてことだ! ちょっと行ってくる!!」
「待って! せめて何か食べ物を……」
「持っている!」
それだけ言ってアッシュさんは走り出しました。急がなくてもお祭りは半分ほど残っているのに。
しかしアッシュさんは義手の事を知りませんでした。アッシュさんが呟いた事でこの世に誕生したのに変な話です。
……あれは本当にアッシュさんの声だったのでしょうか?
おかしい事だと思いますが、元気になったアッシュさんの声と意識不明瞭なアッシュさんの声が同一人物のものとは思えません。
いけません、疲れているのでしょう。アッシュさんが帰って来るまで二度寝です。
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