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082 ラディアンドの冬 仕事の日々

 最初に仕事をした日から10日ばかり経った。実績作りのために晴れの日限定で3日に1回くらいは同じ仕事をしている。雨の中でずぶ濡れになって風邪をひいたら死を覚悟しないといけない。前世のブラック企業時代なら風邪をひこうが台風の津波警報が出ていようが仕事をしていたが、この流民街には風邪や怪我を治療してくれるヒーラーはいない。


 仕事をしていない日は外に出て近くの川で水の補充をしながらはぐれゴブリンを狩っている。一体5鉄貨の安値だが、これも実績作りと思えばしばらくは我慢できる。冒険者ギルドでは耳一束を1銅貨で買ってくれる。なのでエリックに引き渡す時には両耳だけ切り落としている。俺に耳を換金する方法は無いが、『アイテムボックス』に入れておけば数か月は鮮度を保つ。


 そんな波乱無く安定している日々が続けばと思う反面、そうはならないと言う確信がある。それに流民街の権力者は「冬場になれば逃げ道が無くなる」と思っているだろうからそれに合わせて俺自身が動く予定だ。マックスがデグラスで冬籠りしている間に辺境伯は動かないと後が無い。彼がどう動くか外野席から野次馬するとしよう。


「帰ったぞ!」


 その日は朝から外で水を汲む日だった。あの匂いを避けるためにモーリックの家に昼過ぎに帰ったら家の扉が開いていた。


「不用心だぞ?」


 そう言いながら家に踏み込む。人の気配はしないが炉はまだ温かい。流民が入った形跡は無い。魔導鎧は偽壁の裏に安置されている。三割ほどバラされて無残な姿を晒しているが、修理には必要な工程だ。


「一体何が起こった?」


 家の中をもう一度見回す。水、食糧、酒、工具、そして皿に散らばる鉄貨は俺が朝に出た時のままだ。争った跡は発見できなかったから何処かのゴロッキがモーリック達を攫ったわけではない。自発的に外出して戸締りしなかったという線が強い。


 お手上げだ。外を走り回って彼らを探すか? それとも彼らの帰還を待つか? こういう時にスパッと行動を決められたらと思うが、こういう場面での優柔不断な性格は前世のままだ。


 迷っている間に誰かが扉に近づいた。


「誰だ!」


「アッシュさん……」


「ベルファ! その怪我はどうした!?」


「転んで」


 ベルファは両肘と左膝から血を流していた。おでこも赤く腫れていた。


「まずはポーションで血を止めろ!」


 恐縮するベルファを無視して患部にポーションをかける。ダンジョン攻略でかなり使ったがまだ20本ほど残っているのが幸いした。意気消沈しているベルファを椅子に座らせコップに密造酒を注ぐ。


「それで何があった?」


 ベルファが落ち着いたのを見計らって問う。彼女が話すまで待つべきかもしれないが、モーリックはまだ帰ってきていない。もし助けが居るのなら早く動いた方が良い。


「お兄が急に飛び出したんです。私がお昼の片付けで目を離した隙を狙ったかの様でした。とにかく追いかけないと、と思ってそのまま出て行きました」


「誰かが無理やり押し入ったわけじゃないのか。二人が誘拐されたのかと心配したぞ」


「私たちを攫う人なんていませんよ」


 ベルファは冗談めかして言うが、モーリックの腕は確かでベルファもそこそこの美少女だ。流民では無くデグラスの二級臣民として奴隷商に売れば良い金になる。またはガングフォールから高額の身代金をせしめるか。


「まあ良い。それでモーリックは?」


「残飯を食いに全力で走って行ったみたいです。私も必死に追ったのですが、人の波に飲まれてこけてしまいしました」


 残飯を求めて動く流民の群れに巻き込まれたか。俺も何回か挟まれた事があるが、残飯の影響化に無い人間に取ってあれはどうにもならない。


「踏まれなかったか?」


「実は何回か。なので道の端まで転がって逃げました。立ち上がった頃にお兄はもう見えなくなっていて、私もとても走れる状況ではありませんでした」


 こけた後に踏み潰されなかっただけ運が良かった。


「モーリックが残飯を食いに行ったのならいずれ帰って来るか」


「そのはずです」


「しかしここ10日はそんな素振りは無かったよな?」


「はい。突然です」


 まさか禁断症状か? ゴブリンミートが麻薬みたいに強い依存症がある食べ物だとすると、モーリックの動きが理解出来なくはない。


「密造酒の消費量はどうだった?」


「え? そう言えばここ数日は結構増えていたような……」


 密造酒で誤魔化すのが限界になって発作的に飛び出したと仮定すべきか。


「10日に1食でモーリックが落ち着くのなら黙認するのが安全かもしれない」


「……はい」


 そんな訳はない。でも俺とベルファではモーリックを癒す手立てが無い。モーリックがデグラスに帰ると言うのなら多少の無理をやるが、本人はこの地で最期を迎える事を譲らない。


 ベルファの願いが通じたのか分からないが、モーリックはその夜遅く帰宅した。大きい樽ごと密造酒を飲んだのかと思うほど酒の匂いが強かった。それでも酔えないのはハーフドワーフの宿命か、それとも残飯を食べた影響か。


「お兄、お帰り」


「……ああ」


 ベルファがモーリックを抱擁する。それを俺は寝床から片目を薄っすら開けて見守る。兄妹同士の時間に部外者は不要だ。


 そして俺は残飯の真実を暴くと心に強く誓う。前世のブラック企業がホワイトに見える様な凶行を黙って見過ごす事はもう出来ない。


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