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080 ラディアンドの冬 モーリック

 赤い屋根の家は残飯を日に三度提供する。青い屋根の家は鉄貨で日常品が買える。鉄華を稼げる依頼も出している。白い屋根の家は娼館らしい。路上の娼婦も全部この家の管理下にある。そして緑の屋根の家は関所を管理しているゴロッキの本拠地だ。ベルファはゴロッキと言っていたが、恐らくはもっと大きなマフィアみたいな組織だ。この4つの家の主が流民街の四天王として君臨している。更に赤の四天王を見た人間はいない。存在しないのか見た者を生きて返さないのか。他には密造酒をボッタクリ価格で販売している家が二つ。確度が低い情報として、流民街からラディアンドに入れる地下通路があるらしい。残飯の量とルルブの説明にある城塞都市から鑑みて、ほぼ確実に何らかの通路がある。暴く気は無いが、俺を追っている輩がそれを使う可能性を常に考慮しないといけない。ベルファから聞き出せた情報を纏めるとこんな感じか。


 もう数時間は微睡んでいたいのに、太陽が昇る前からハンマーが金床を叩く音がした。


「朝は早いのだな」


「一番集中できる」


 ゴブリンミートの匂いがしないからか。


「ベルファは起きないのか?」


「この音は子守唄だ。太陽が昇るまでは寝ている」


 この騒音の中で眠れるのは羨ましい。3徹出来る俺とどっちが凄いだろう?


 モーリックがしばらく無言でハンマーを振る。俺はドカッと椅子に座って待つ。ブラック企業時代の経験で職人はプレゼンが下手だと知っている。その上で下手なプレゼンが失敗すると俺に当たり散らす。なまじ技術力を持っているだけに「他を当たる」と言い辛いだけにクライアントとしては下の下だ。上手く信頼を勝ち取れても個人経営レベルでは得られる黒字が少ない。労多く旨味少なしと言った所か。


「アッシュと言ったな。頼みがある」


 作っている物が一段落したのか、ハンマーを止めて俺に語りかける。


「話くらいは聞くぞ」


 金にならない無理難題の匂いがする。


「俺が死んだらベルファをここから連れ出してくれ」


「死ぬと決まっているのか?」


「俺はあの毒を食い過ぎた。自制心だけでベルファのために耐えてきたが、もはやこの冬は越せない」


「俺が二人を連れ出せば良いじゃないか!」


「食い過ぎたと言った。俺は手遅れだ」


 頑固職人特有の俺ルールか。説得は無理だ。瀕死にした上で簀巻きにしたら連れ出せるが、そこまでのリスクを俺が負う必要は無い。


「ベルファは大丈夫なのか」


「少し影響が出ている。だがまだ普通の人生を歩める」


「分かった。が流石にただ働きと言うわけじゃないだろう?」


 ベルファ一人なら担いで流民街の壁を飛び越えれば良い。夜の闇に紛れて動けば人間では気付けても追いつけない。


「俺はアッシュの装備のメンテくらいしか出来ない。だから報酬は氏族長に払わせる」


「ガングフォールか」


「そうだ。『身内の恥』となれば必ず払う。それがドワーフだ」


 自信満々に宣言するモーリック。俺もガングフォールとの経験からそれが本当だと知っている。俺絡みだけで『身内の恥』がこの短期間で2つも発生するなんてドワーフの歴史で初めてかもしれない。


「それなら今日にでもベルファを連れ出そうか? 今日明日ならギリギリ雪で道が埋もれる前にデグラスに着くはずだ」


 俺なら雪でも突っ切る自信がある。しかしベルファが氷点下の外で野宿出来るとは思えない。山岳要塞が雪山にあるから寒さに強いと誤解されるがドワーフは寒い所が苦手だ。強い酒を飲んで無理やり体温を上げて対処している。出来の悪い密造酒ではどれほど効果があるか分からない。「在庫を切らした」とベルファが言っていたから、冬本番前のこの気温にすら負ける濃度なんだろう。


「駄目だ! 俺が死んでからで無いと意味が無い」


 明確な拒絶。俺のプランの方が絶対良いのに、モーリックは一体何に拘っているんだろう。


「分かった。だが俺も冬が終わる頃にはここを発つ」


 俺がここに居るのは十分ハイリスクだ。この兄妹と知り合っていなければ近日中に逃げ出していた。


「それまでには確実に死ぬ。先祖に誓う!」


 ドワーフが自分の死期を悟るスキルを持っているとは聞かない。


「ならそれで契約成立としよう」


 商談とはとても言えない無様な交渉はこうして終わった。俺が席を立つだけで終わったんだが、デグラスのドワーフには世話になっている。バカな事なのは分かっているが彼らの縁者であるこの兄妹を見捨てるのは寝覚めが悪い。


「ならまずは二人の健康のためにこれを出そう」


 俺は二人が食うだろう10日分の食糧と水を出す。食糧に関しては後数人増えても春までは持つ。水に関しては空の樽がたくさんあるので、今度出た時に川で補充しておけば大丈夫だ。


「そこまで入るのか!」


「だが酒は無い。だからこれを使え」


 俺は手持ちの銀貨をモーリックに押し付ける。


「しかし……」


「先行投資だ。それにガングフォールがお礼をケチるか?」


「ケチらんな」


 これで不味い密造酒を買えば良い。実際ミルファは銀貨で密造酒を買っていた。ここが鉄貨経済圏だからこそ、外で使える銀貨は価値がある。


「それと装備のメンテだが、魔導鎧は出来るか?」


「出来らぁ……と言いたいが単独でやった事はない」


「丁度良い。大破したのが一つあるから、そいつを好きにしろ」


 ヘンリーの魔導鎧を勝手に弄ると後々小言を食らいそうだが、動かないガラクタを入れて置ける余裕は無い。あのダンジョンが俺に押し付けた『魔導鎧操縦』があるから、緊急時に魔導鎧で暴れられたら生存率が大幅に上がる。レベルとスキルの不足は質量で補う!


「おお! これはグランドマスターの手癖。しかし一体何と戦ったらこんな酷い姿に?」


「ダンジョンドレイクだ」


「はぁ?」


「止めを刺したのはガングフォールのおまけ付きだ」


「はは……。グランドマスターは遠いなぁ」


 渇いた笑いが漏れる。だがそれと同時にモーリックの目に光が灯る。魔導鎧と言う玩具があればモーリックの生きると言う意思が強くなるだろう。そうすればゴブリンミートの誘惑に耐えられるかもしれない。


「お兄、何を朝から騒いでいるの?」


 起き出したベルファの声が聞こえる。


「騒がれては事だ。夜までには帰る」


 そう言って俺は外に出る。青い屋根の家の仕事とやらを見てみるか。

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