075 ラディアンドの冬 用心棒
やっと強いアッシュのターンが開始!
流民街の門を通る。門の周りには門番の真似をしている流民がいる。入場料でも取るのかと身構えたが何も無かった。無かった分だけ俺の中で警鐘が鳴る。門の近くであくびをしている男に尋ねようとした時に、俺が先ほど通過した門で騒動が起こる。
「出、出してくれ……もう金が……食い物が……」
震える手で杖をついている男が門番に食って掛かる。ほとんど骨と皮しかないほどやせ細っている。まだ30代だと思うが髪の毛は無く、パッと見たら60代の老人にしか見えない。衣服らしいものは腰に巻いているタオルみたいなものだけだ。あれでは何かを食べたとしても回復は望めないし冬を越す事は無理だ。
「許可がない者は出せねぇと言っているだろ? 食い物なら一日三食の残飯が出るだろうが!」
門番が面倒くさそうに男を弾き飛ばす。それほど筋肉がある方ではないが、あの痩せた男相手なら片手でも勝てるほどには元気だ。門番の装備している革鎧と鉄の剣は使い込まれた古い品だが、その形状から衛兵のお古だ。見た目以上に性能が良いと思った方が良い。
「頼む……後生だ……うぐっ」
しつこく食い下がる男を門番が蹴る。ここで目立つのは得策じゃないが見ていられない。前世の俺なら無視したはずだ。どうやらマックスと過ごした日々で消えたはずのクロードの人格とでも言うべきものが偶に強く出る様になった。
「通るぞ」
「待て!」
そう言って門を出ようとする俺を門番数人が行く手を阻む。面白い。
「俺の邪魔をするとは何様のつもりだ?」
「ここでは俺たちがルールだ。門を出るのは許可がある者だけだ」
「知らんな」
「貴様! 痛い目を見ないと分からないみたいだな!!」
「雑魚が吠えるな」
三人掛かりで襲ってくる門番もどきなどダンジョンドレイクに比べれば雑魚ですらない。勝つのは当然として、殺さない様に戦うのは思ったより大変だ。
「ぴぇぇぇぇ!!」
人とは思えない奇声を上げながら杖の男が全力で門を駆け抜ける。彼が止まる時は彼の命の炎が燃え尽きた時だろう。
「おいおい、逃がしちゃ駄目だろう」
ノソノソと二メートル弱はありそうな赤毛の男が門に近づいてきた。肩には身長ほどありそうな剣を掛けている。町中なのにチェインメイルを装備している辺り荒事専門の門番のボスか用心棒と言ったところか。どっちにしろ、その双眸は俺をしっかりと捉えている。
「ハーマンの旦那! この新顔が!」
衛兵が大男に助勢を求める。衛兵の口ぶりからするとハーマンとやらは用心棒か。
「クソガキ、ルールは守らないと駄目だとママに言われなかったか?」
「生憎とそう言った母は一族郎党ごと殺されたんでな!」
「生き残ったのが間違いだと教えてやるぜ!」
俺の発言に一瞬に固まったハーマンだったが、次の瞬間にはその剣を俺の居た場所に振り下ろす。
「腕は悪くないみたいだな」
『剣術』スキルレベル3くらいか。一人前だがそれ止まりだ。剣をメインウェポンとする25歳前後の男にしてはスキルレベルが低い。カーツのスキルレベル6は無理でもヘディンと同じスキルレベル5くらいは欲しい。
「泣いて許しを乞うても遅いぜ! ハーマンの旦那はCランク冒険者まで登りつめたんだぞ!!」
門番がハーマンの不利にしかならない情報を喧伝する。もしかして大半の人間はこの程度で委縮するのか? ハーマンに比べたら前世のブラック企業時代に交渉途中でドスをテーブルに刺したやの付く人の方が怖い。
「それが流民街で用心棒か? 冒険者ってのはそれだけ稼ぎが悪いとは聞かないぞ」
煽る。
「貴様に何が分かる!」
激昂するハーマンの剣筋が鋭くなる。ダンジョン攻略中の休憩時間にカーツと模擬戦をやっていなければ何回かは掠ったかもしれない。
「止まって見えるくらいは分かる!」
更に煽る。ハーマンは力の差が分かる分だけ俺の煽りは効果的だ。
「うおぉぉぉ!!」
「出たぁぁぁ! 旦那の『乱れ斬り』だ! こいつを食らって無傷だった奴はいねぇ!」
この技で殺し切れない奴が流民街に居るのか? そっちの方が問題だ。
「次の技はなんだ?」
「ありえねぇ! 旦那の最強技を!!」
門番連中が棒立ちのまま驚く。ハーマンは肩で息をしながら俺を睨む。しかしこれ以上の戦闘は辛い様に見えた。
「くぅ! 仕方ない。このハーマンが許可を出すから貴様は通って良いぞ」
「分かった」
通行許可を貰ったのならこれ以上煽る必要は無い。欲張り過ぎてハーマンの裏に居る奴が出て来たら面倒かもしれない。流民街の出入り口に勝手に関所を設置して維持できる相手なのだから警戒しないわけにはいかない。
「ああ、それで名前は?」
「アッシュ。槍使いのアッシュだ」
いずれクロードとアッシュを繋げる奴が出て来る。マックスがドジったら最速で来月辺り辺境伯にバレるかもしれない。孤児院の同期はまだここにはいないはずだ。だが一年か二年上の孤児ならここにいる者も居るはずだ。パッと見て俺だとは気付かないだろうが、多少の面影は残っているかもしれない。だが今更新しい名前を名乗る気は無い。
「アッシュか。詮索はすまい。……そうだな、こういう時は古き礼儀に従い『流民街にようこそ!』と言ってやろう」
ハーマンがそれを言うと同時に門番の緊張も解けた。俺を『流民街の仲間』と勝手に認定したのだろう。
「匂いのする方に行けば三食食えるぞ!」
「小銭を稼ぐのなら青い屋根の家だ」
他には密造酒を飲める酒場や女を安く抱ける私娼が良く立っている交差点、怪しい宗教の入信方法など色々と親切に教えてもらう。
さて何処から行こうか?
応援よろしくお願いします!




