073 帰路 別れ
生け捕ったコタンジール子爵と彼の部下だった男爵は簀巻きにしてキスケの薬で強制的に眠らせた。この二人はカーツ傭兵団の面々が担架に担いで輸送する事になった。一定以上の強さがある人間に縄を打って歩かせるより無力化した方が安全だ。貴族の扱いにマックスが難色を示したが、カーツはこれ以外の方法で輸送するのならこの場で二人を殺すと脅したので、マックスの方が引き下がった。
カーツの決定が良かったのか、数日の強行軍で俺達は特に苦労する事も無くデグラスに2時間と言う所でキャンプを設置できた。無理をすればその日の夕方にデグラスに到着出来たが、疲れた状態でデグラスに入る事をカーツが渋った。貴族二人を捕虜にしているためか、ヘディン達もカーツに従った。俺としてはその方がありがたい。
「マックス、話がある」
少し豪勢な夕飯の皿を持ってマックスの隣に座る。
「どうしたアッシュ?」
「お別れを言いに来た」
「な、なんで!?」
驚いて飛び上がるマックス。要らぬ注目を浴びる羽目になるのは好ましくない。
「デグラスに入らない約束でダンジョン攻略したのを忘れたか? ガングフォールとの契約にもそう書いてある」
冤罪の件、首輪の件、邪教徒の件。辺境伯とその勢力が俺を殺したい理由は片手では足りない。そんなのがノコノコ辺境伯と近い城爵の治める城塞都市に入るなど自殺行為だ。
「状況が変わった今なら!」
「ダンジョンコアだけなら心が揺れたさ。だが俺と言う『弱み』を抱えてデグラスの城爵とやり合うつもりか?」
「……」
マックスは本能的にここ数日薬で眠っている子爵に目を向ける。一瞬だが、殺さなかったのを後悔している目になった。それでも王国の王子として必死に取り繕う。貴族を私刑で処分する事は王国の理念に反する行為だ。彼らを生け捕った戦場なら言い訳をせずに殺せた。それを制止したのはマックスだ。ならば子爵と男爵の後処理をやり切らねばならない。
「それに子爵の奴は流民に負けたなんて認めたくないはずだ」
あの戦場で俺が子爵を気絶に追い込んだ。俺が流民で無ければ一番手柄としてかなり豪華な褒美を期待できる。マックスなら功績不足なのを気にせず俺を貴族に推薦するだろう。デグラスに行けばそれを企んでいたのは何となく分かる。しかし世界から見たら偽名とは言え、俺が世に出るのは危険過ぎる。俺をクロードと同一視する邪教徒に生存を大声で喧伝する様なものだ。
「こんな形で別れるのは我慢がならない!」
正論で追いつめたら感情で殴られた。
「永遠の別れってわけでもないだろう」
「アッシュが何処に行くのか分からない。それだと探せない」
俺の居場所が分かるように遠見の首輪を装備して欲しいと言いだしそうな雰囲気だ。あれは辺境伯を追いつめるための道具だから!
「当分はラディアンドだぞ?」
ブラック企業時代で養った相手の望む答えを言いながら、実は全然違う答えを返していた手法で切り抜けねば。
「え?」
「一月以内に雪が降り出す。そうしたら当分は何処にも行けない。この辺り以外の土地勘が無い俺が冬を越せるのはラディアンドだけだ」
嘘だ。実家の領地からラディアンドまでの道のりはクロードの記憶にある。かなり変わった場所はあるだろうが、俺が通過した村か都市が滅んだとは聞かない。他には洞窟に野宿と言う方法もある。だがこれらは「冬は城塞都市に籠る」のが常識のマックスとヘンリーでは絶対に気付かない。
「なんだ! それならそう言ってくれ。私はデグラスで冬を越すしかないのが残念だ。それでも春になったらアッシュを訪ねるよ」
「いきなり流民街に突っ込む真似は止せ」
言わないと絶対に突っ込んで問題を起こす。
「そんな……。どうしたら?」
「ラディアンドの中央市場で屯していろ。俺の方から連絡する」
「なるほど!」
「それで俺からの使いだと分かる小物を持たせたいが、何か無いか?」
「なら私のハンカチを……」
「当家の家紋付きのハンカチです。連絡以外にもアッシュの役に立つでしょう」
ヘンリーのナイスインターセプトだ。王家の紋章が刺繍されたハンカチなんて渡されたら俺が困る。ヘンリーの実家である伯爵家が俺にハンカチを下賜するのはあり得る出来事だ。確実に俺が盗んだと疑われるが、それでも窃盗の刑が確定する前に伯爵家に問い合わせが行く。ヘンリーが実家に話を通すのを忘れなければ俺はかなり強力なカードを手に入れたことになる。
「後は俺の『アイテムボックス』の中身だ。ガングフォールに渡すで良いか?」
「残った食糧と武具は餞別だ、持っていけ」
「だが財宝と酒は置いていけ、だろう?」
「打てば響くようじゃ!」
地下19階以降でヘディン達が発見した財宝と酒樽を取り出す。俺以外は何かしらの財宝を分配で受け取っている。マックスの部下と誤解されている俺は候補にすら上がらなかったが、そうなる様にガングフォールに頼んでいた。流民にも財宝を分配したと知られると色々五月蠅い奴らが声を上げる懸念があったためだ。ガングフォールとマックスに迷惑を掛けるのは俺の本分ではない。
「となると残るは魔導鎧か」
「春に返してください」
ヘンリーに切っ先を制された。
「あれは動かん。それにあれが入る『アイテムボックス』は貴様のだけじゃ」
ガングフォールの言う通りだから始末に負えない。ヘンリーがあそこまで魔導鎧を大破させていなければと思わずには居れらない。
「分かった。預かった魔導鎧を返すと言う理由があった方がお互い会いやすい」
ここは俺が折れるしか無かった。マックスとはもう二度と会わない事を覚悟していたんだが、少なくとももう一回は会う運命みたいだ。
その後はラディアンドに居るドワーフの紹介状を押し付けられたり、キスケが作ったエルフの回復薬を無理やり持たされたりした。ラックナーも俺が王都を訪ねる事があれば顔を出す様に強く念押しされた。
俺には良過ぎる仲間だ。俺は『心』が弱いから、これ以上長居すれば本当に別れられなくなる。ここで袂を別つのが正解だ。正解のはずだ。
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