006 クロード3
クロードの物語が終わった。
ここから主人公のターン!
そして翌日に死刑執行。流石に早すぎる。処刑まで外のさらし台で放置されずに牢屋に入れられたのがせめてもの救いか? さらし台だったら確実に日が昇る前に原型を留めない姿になっていた。運が良ければそれで死ねたんだが、そうはならなかった。
ロープで両腕を体に縛られた状態でモンスターが蔓延するエリアを二時間ほど歩かされ、ピットがある廃寺院に到着した。この廃寺院はもはや信仰されていないロストゴッドを祀っていたと言う。目に見える地上二階部分は激しく痛んでいる。しかし寺院の本体は小高い丘の中に掘った場所にある。そこに地下10階まで直通する大穴、通称ピットがある。以前は地下10階まで進める階段があったんだろうが、もはや瓦礫で埋まっている。
「早く歩け!」
俺が廃寺院を見ていると衛兵が後ろから怒鳴る。この衛兵は俺を捕縛した奴だ。捕縛、裁判、そして処刑まで同じ衛兵が担当するのは異例の事だ。やはり全体的に仕組まれていたのか? こいつの他にはこいつを「分隊長」と呼ぶ冒険者上がりと思える衛兵見習いが三人居る。衛兵に採用されるにはレベルが足りないのだろう。それでも衛兵にまで成ればその日暮らしの冒険者生活より余程安定した生活を送れる。
衛兵見習いの一人が死んだ豚を袋から取り出して壁に開いた穴の近くに放り投げた。
「何をしている?」
他の三人は何も言わないので聞いてみた。
「これから死ぬ奴がきにする事か?」
衛兵は会話でボロが出るのを恐れたか、話す気は無いらしい。
「……」
「気に入らないぜ」
無言で返した俺の態度が癇に障ったのか、衛兵はそれだけ言って俺を前に進ませた。
「豚を置いておくと住み着いたゴブリンどもがそっちに集中するのさ。そうすれば俺たちの仕事が簡単に終わる」
袋を持っていた見習いは話好きなのか俺と衛兵の会話を無視して説明を始めた。
「だからピットに落とされて奇跡的に生き残っても住み着いたゴブリンどもが始末してくれる。地下まで降りて確認しなくて良いだけラッキーなのさ」
「要らん事を言うな!」
「も、申し訳ありません」
衛兵から厳しい叱責が飛んで、見習いは大人しくなった。残り二人は我関せずと言う感じで周辺の警戒をしている。
「俺がしくじるなんてあり得ん。確実にこいつの息の根を止める」
ピットに落とした生ごみを食ってゴブリンが大繁殖したか。愚かな。いずれラディアンドそのものがゴブリンの餌場として狙われるのが分からないのか? だがピットに落とされて生き残る可能性があるのか。良い話を聞けた。俺は最後まで諦めない!
内装を確認する間もなく、俺は大穴の横まで歩かされた。見習いの三人は入り口近くに居る。ゴブリンが居るかもしれない場所でなんであの三人を遠ざけたのか俺には分からなかった。俺を大穴に落とすのなら目撃者が多い方が良いはずだ。
「くくく、この時を待っていたぞ」
「何?」
「貴様は偉大なる我らが神に捧げる供物なのだ!」
「供物だと?」
とするとリルは無実か? あいつはダークエルフだが生贄を求める様な神の信望者じゃない。それにそんな事したらルビー達が悲しむ。
「神よ! 今こそこの男を貴方様に捧げます!」
衛兵は焦点が合わない目で隠し持っていたダガーを取り出した。彼の稼ぎからは絶対に買えないような上等な装飾が施されているのが一目見ただけで分かった。そして柄頭にある紋様は忘れたくても絶対に忘れられないものだった。
「貴様、邪教徒だな!!」
「真なる救世の神だ!!」
邪教徒は絶対に許さない。差し違えても殺す!
「見習いどもーーー! こいつは邪教徒だぁぁぁ!! 俺を助けろーーー!!」
なのでまずはこいつを破滅させる手を最初にうった。
「五月蠅い! 黙って死にやがれ!」
見習いどもが近づく音が聞こえた焦ったのか、衛兵は生贄の段取りを無視して邪神のダガーを刺してきた!
グサッ!
「うぐ……」
腹で受けてしまった! これでは落ちて生き残っても長くはない。
「さあ、このまま落ちやがれ!」
「断る」
俺をピットに落とそうとする衛兵の腕に思いっきり嚙みついた。まだ道連れには出来る!
「放せ!」
「分隊長、大丈夫でありますか?」
見習い達が近くに来た。介入しようかどうか迷っているみたいだ。
「大丈夫だ! こいつが殺されるのを恐れて嘘を叫んでいるだけだ! 貴様らは配置に戻れ! 減給するぞ!!」
俺の腹に刺さっているダガーを見られたら言い訳出来ないから衛兵も必死だ。
「ええい、しつこい奴だ!」
衛兵は力任せに俺を蹴り飛ばした。俺は落とされまいと噛みついた腕を更に強く噛んだ。しかし蹴り飛ばされた俺の足は空を舞った。そして遂に限界が来た。
ブチィ!
「うぎゃあああ、俺の腕がぁぁぁ!!」
衛兵の腕の肉をごっそり持って俺は自由落下した。道連れにしたかったが、せめて一矢は報いた。
一族の仇を討てずに死ぬ事を心の中で祖母に詫びながら俺は大地に激突する時を待った。これが全力で抗った結果だから俺は死を恐れなかった。死後の安息を得られるはずだ。そう思っていた。それが過ちだと気づいた時には手遅れだった。
「この日を待っていたぞ。贄は未来永劫苦しみ我の糧となるのだ!」
大穴の底からこの世のものではない恐ろしい声が聞こえて来た。
「そんなバカな!」
「儀式で捧げられた魂は我のもの。普通に死んでいれば助かったであろうに。無論、我が敬虔な信者が貴様をこの日まで無理やり生かしたであろうがな!」
まさか俺だけが生き延びたのも、俺が大けがをしながら命だけは助かったのは全部邪神の手のひらの上だったのか!? 俺は生贄になるためだけに15年も生きていたのか! そんなのは嫌だ!
「誰か助けてくれ!」
「さあもっと泣き叫べ! 誰も貴様を助けられん!!」
おお、神よ……。もはや希望は無いのか?
絶望して運命を受け入れようとしたその瞬間、目の前が明るくなった。まるで天井から光がさしている様に感じられた。
「君の願いを聞き届けよう」
「消えよ、割り込みはさせぬ!!」
俺を挟んで二柱の神が争う。
「割り込みじゃないんだな、これが。僕に優先権がある」
「あり得ぬ!」
邪神は未だ不平不満を言っていたが、彼の気配が遠のいた感じがした。
「さてクロード。君の死後、その体を使わせてくれるのなら君の魂が輪廻の輪に帰れるように手配しよう」
光を纏った神が邪神を無視して話しかけてきた。彼は誰だろう? 詮索するのは不敬かもしれないから身を流れに任せる。
「お願いします!」
即答した。永遠の苦しみに比べたら俺の死体をどう使おうと俺の知った事ではない。
「良かった。これで風は失われない」
風と言う事は俺の血筋の事か。俺が死ぬと断絶するのか?
「さて、約束は約束だ。君の魂を輪廻の輪に帰そう」
このまま何事も無く成仏出来ると思った矢先、邪神の咆哮がした。
「魂泥棒が! ええい、こうなっては残された体をアンデッドにし、人類を恐怖に叩き落としてくれようぞ!」
未だ落下中の体が漆黒の闇に侵されていった。
「あっ、しまった……でもまあ、何とかなるか?」
光を纏った神の呟きは俺にしか聞こえなかっただろう。何か良くない事が起こるのだろうか?
ガン!
「痛ぇぇぇ!!」
そして俺は痛みでのたうち回る俺の体を見下ろしながら光の中に消えた。
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