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056 渓谷のダンジョン 首輪の真実

「これが?」


 マックスが手を伸ばしたので咄嗟にその腕を掴んだ。


「断面にまだ毒が残っているかもしれない」


「そうか、迂闊だった」


 見た目だけなら毒は無い。下に置いたボロ着も煙を噴いていない。


「ここからは私の仕事ね。ちょっと退いていなさい」


 キスケが自信満々で他の男達を押しのけた。元々このボス部屋に入ったのはこの首輪を調べるためだ。レッサーミノタウロスで苦戦したイメージをここで払拭したいのだろう。


「まずはジャブ代わりの『センスマジック』から始めましょうか」


 対象が物体の場合、それが魔道具の一種か判別する時に使われるオーソドックスな魔法だ。魔法の痕跡を探す魔法のため、複数の魔法と魔道具が重なる状態だと信憑性が大幅に減ずる。至近距離で首輪だけを対象にするのならそこそこ期待できる。


「ん。魔道具で間違いないわね。孤児の首に掛けるなんて人間って結構金満なのね」


「流石にそれは無いぜ。そうなら俺たちの雇用費だって10倍になる」


 エルフ流の嫌味を言うキスケにカーツが突っ込む。恐らくはいつもこんな感じでボケとツッコミをやっている。


「良し、次に行くわよ! 大枚を叩いてカーツがデグラスの闇市場で買った『遠見スクライ』のスクロール!」


「こんな所で使っても無駄じゃぞ?」


 ガングフォールが突っ込む。


「まあ、見ていなさい!」


 ドワーフ嫌いのキスケは無視してスクロールに魔力を流した。スクロールは書いてある魔法を忠実に発動し燃え尽きた。スクロールは使い捨てだがパーティが使えない魔法を使うことができるために卓上では重宝した。使えても使用回数が極端に少ない魔法はスクロールで補って、より使用頻度の高い魔法を覚えるなんて事もやった。


「……どうだ?」


 マックスが我慢できずに聞く。俺の話が本当なら国家方針にすら影響しかねない。


「魔法は発動したけど何も見えない。アッシュ、首輪を握ってくれない?」


「分かった」


 キスケの言うままに首輪を手で掴む。


「見える。アッシュの両目が見ているものが頭に浮かぶわ」


「キスケは反対側を向け。ヘンリーは何か文字を書いてアッシュにだけ見せろ。ああ、読めるか?」


「共通語なら」


「それ以外が読める人間なんて少数だぜ」


 ヘンリーが革の切れ端に数字を書く。俺はそれを見る。


「225かしら? 最後の5は6かも? ヘンリーって字が下手ね」


 反対側を向いて、尚且つカーツが両目を手で覆っている状態でこれを見る方法はキスケにない。


「正解です。それとこれは達筆と言うものです」


 流れ作業でディスられたヘンリーが負け惜しみを言う。


「……」


 マックスは何も言わない。


「ほう、これがラディアンドで流行っている首輪か?」


 ガングフォールも事態の深刻さを理解したみたいだが、鍛冶で作られた首輪そのものが気になった。


「気を付けろ。これを切った毒で俺は死にかけた」


 そう言ってガングフォールに片方を渡した。ここまで言って触りたいのなら自己責任だ。「ドワーフの見たものなんて見たくない!」とキスケが叫んでいるが皆は無視した。


 ガングフォールは指で触ったり、爪先で引っかいたりして興味深そうに首輪を扱った。そして舐めた。


「ウゲェェェ!! こんなものを舐めさせるとは、責任者をぶっ殺してやる!!」


「大丈夫かガングフォール! キスケ、聖水だ! 聖水はあるか?」


「大丈夫。問題無い。ただこれの味は二度と味わいたく無かった」


「これの組成が分かるのか!?」


 マックスは驚いて叫ぶ。俺もただの鉄だと思っていたが、ガングフォールのリアクションからして違うのか。


「説明してやろう。首輪を良く見ろ。外と中の素材が違うのが分かる」


 俺は首輪が外も中もただの鉄の塊だと思っていた。だが外の鉄はCの様な形で中の何かを覆っていた。恐らく中の何かが一部露出して俺の肌に触れている事に意味があるのだろう。俺の解説を聞いてガングフォールは頷いた。マックス達は興味深そうに首輪を見ている中でガングフォールが話し始めた。


「この中にある素材はゴブリンの骨を砕いて固めたものだ」


「ゴブリン?」


「若い頃に山岳要塞奪還のために地下に降りた時だ。ゴブリンの大群とやり合った。酷い乱戦だった。ゴブリンの腕を食いちぎらないと斧を振る隙間すら無くなった。あの時の味は二度と忘れん」


 奪還部隊そのものは散々な結果でデグラスに逃げ帰ったそうだ。それ以降50年は山岳要塞を奪還する動きは起こっていない。


「モンスターなら闇魔法と親和性が高いのも頷けるわ」


 キスケはそう言うが、ルルブにはそんな設定は無かった。この世界ではそうなっているのか、闇魔法についての誤解が悪化した結果かは俺には分からない。


「何と言う事だ。これは報告しないと……」


 ショックを受けたマックスをヘンリーが必死に慰めている。


「廃寺院で養殖していたゴブリンはこのためかもな」


「つうか、違っても結び付けちまえば良いだけじゃねぇか?」


 俺の閃きにカーツが既成事実化してしまえと言う。確かに別件でも状況証拠だけで真っ黒だ。これは辺境伯家中のそこそこ上まで行きそうだ。だからこそマックスには貝になって貰う。


「あのさ、悪いんだけど、この首輪の中って何種類か呪いが付与されているわ」


 キスケが申し訳なさそうに言う。


「どんな呪いだ?」


 それが更なる面倒事を呼ぶのは確実だが、全員が聞く覚悟を決めた。

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