049 ヘンリー視点 氏族長
書いていると説明文が増えてヘンリー視点が終わらなかった。
流石に明日の投下で終わるはず。
かつてデグラスの西の山脈に山岳要塞を持っていたドワーフ王国があった。共通語ではミスリルハンマーと訳されるその王家が率いる諸氏族のおかげでユーグリン王国は誕生した。ユーグリン王国の代名詞である八騎の魔導鎧を造り、世界を救う事に絶大な貢献をしたのもこのドワーフ王国だ。しかしそこまでの肩入れが災いして、ミスリルハンマー王国は邪神の眷属に滅ぼされ、ドワーフの誇りであった山岳要塞も邪悪なモンスターに奪われたままだ。
王国と山岳要塞を失ったドワーフを受け入れたのがデグラスだ。ユーグリン王国がラディアンド王国を滅ぼしたのも一説にはこのドワーフ王族の子孫のためだと言われている。ミスリルハンマー家は断絶しているが、王家の連枝はミスリルの名前を受け継ぎ今もデグラスで活躍している。
私の目の前にいるガングフォール・ミスリルヴェルド殿はそんなミスリルハンマーの連枝であり、デグラスに根を下ろすドワーフ八大氏族の一つを率いる氏族長だ。殿下がお忍びで無ければ殿下の方から表敬訪問しないといけない重要人物だ。氏族長であるのは王都の学園で習ったが、商人でもあるのは知らなかった。ガングフォール殿の助力を得られれば大きいが、殿下の正体がバレるのは好ましくない。まさか軽い気持ちでカーツの案に同意したらこんな事になるとは!
「そうか! 気に入ってくれたか。俺はカーツ、しがない傭兵団を率いる男だ」
「ご謙遜を。両手剣を片手で振り回すレイジングバーサーカーの話はここまで聞こえていますぞ!」
「あれは若気の至りだ
だが俺の剣と頬の傷を見たら、分かる奴は分かるか」
カーツが恥ずかしそうに顔を手で隠しながら言う。
「ドワーフはその目で見た物と手で触った物以外は信じない性分です。名前だけなら可能性があると思う程度ですが、目の前にご本人が居れば疑う事など出来ません」
「なるほど。それでこいつが……」
「従騎士のヘンリーと言います。我が主マックス様の代理で来ました」
人間とドワーフの商人では琴線が違うから当たり障りのない自己紹介に留めたがたぶんこれで良いはず。
「代理を送ったマックス様に感謝を」
明らかに私への興味を無くした。失敗か?
「毛皮を修繕するそうだが、もう2枚持っていると言ったらどうする?」
私が次の動きを逡巡していたらカーツが電撃的に動いた。商売は苦手と言いながら、主導権争いは上手いな!
「と言う事は合計3枚! デグラスの騎士でも一季でダイアウルフ3体は難しいですぞ。余程腕の良い者が居るのですね」
「ああ。俺なら一季で5体は行けるが、毛皮はゴミ箱行きだ」
カーツが変な対抗心を燃やしているみたいだ。そう言えば「アッシュと戦えば傭兵人生が終わる」と言っていた。カーツすら認めるほど強いとはとても思えないのだが、結果だけ見ればカーツがアッシュを過小評価している錯覚を覚える。
「素晴らしい。この傷はやはり槍ですか。それもかなり品質が悪い。これほどの腕を持つのに惜しい」
ガングフォール殿が片手でダイアウルフの毛皮を扱って状態を確認する。やはり戦士としての腕もかなりあると見て間違いない。
「ゴブリンから奪った槍で頑張っていたらしい。この毛皮を売って買える良い槍が欲しいってオーダーが入っている」
「分かりました。ミスリルヴェルドの名に恥じない槍を一本用意します」
途端に戦士の目に変わった。そう言えばドワーフ王国のいくつかはゴブリンの大群に山岳要塞を奪われていた。ドワーフに取ってはコボルトとゴブリン、そしてエルフが種族の三大怨敵だと教科書で読んだぞ。
「商談をやった事だし、そろそろ本題に入ろうぜ。『ゴブリンに負けた騎士』に謝罪なんてあんたほどの男がやることじゃねぇ」
「それは……ドワーフと人間の認識の差でございましょう」
あのガングフォール殿が一瞬言葉に詰まった。
「後学のために聞いて良いか? 言えないならこの話はここで終わろう」
「構いませんよ。ドワーフの事を理解して貰えるまたとない好機です」
そこで聞いたガングフォール殿の話は実に興味深かった。ソッドはガングフォール殿の甥が娼婦との間に作った子供だ。子供が産まれた事を知ったミスリルヴェルド氏族がその子を引き取り養育した。甥の事はその後一言も触れなかったので、私も聞かなかった。ドワーフの中でハーフドワーフと言う呼称は無く「背が高いドワーフ」と呼ばれる。そして人族とのやり取りはそう言うドワーフの方が長けている傾向にある。ドワーフと人が対話すると、背丈の関係でどうしても人がドワーフを見下ろす形になる。ハーフドワーフとなればその欠点を生まれながらに克服している。
ソッドは最初鍛冶師として鍛えたが、そっちのスキルはからっきしだった。なので商人見習いとして店で使ってみたが、鍛冶師よりはマシ程度の評価だった。最後のチャンスとして行商人として活動する支援をした。これが意外とアタリだったらしく、ミスリルヴェルドの名に恥をかかせない程度には上手くやっていた。謎の流民に命を救われる前までは。
「ほう、謎の流民に救われたのに報酬を渋ったと」
「商人として恥じずべき事です」
「だが、マックスに伝言を伝えたんだろう?」
「それで恥の上塗りです。ソッドはその流民が冬を越すために村を滅ぼすと勘違いして人生で初めてと言って良いほど働き、マックス卿を見つけたのです」
「話に合ったゴブリンライダーを瞬殺できる腕があればそんな事をせずともやり様があるな」
「あそこで『護衛として金で雇う』が咄嗟に出なかったための愚行です」
「しかし流民ですよ? 雇うと言うのは外聞が悪いのでは?」
私は好奇心に負けて聞いてしまった。
「ドワーフは人族の身分を余り重視しません。ユーグリン王家だけは別です。なので城爵だろうと流民だろうと、ドワーフの目と手で判断します」
「なるほど」
そこで私は今回の失策を悟った。ガングフォール殿は殿下に直接会って人となりを見極めたかったのだ! 代理と名乗ったのが逆効果になってしまった。
「そしてその目と手で確信しました。ダイアウルフとゴブリンライダーを殺した人物は同じであると」
「だろうな」
「やはり知っておられましたか」
「流石の俺もそこまでは無理だ。だが俺とあんたの知っている事を繋ぐ物がある。
と言う事だ、ヘンリー。
汚名返上のチャンスだぜ」
そう言ってカーツは私に話を振った。先ほどから私など眼中に無かったガングフォール殿の双眸が私をその視界にとらえた。
どうすればよいのだ!?
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