047 悪夢
10万文字突破!
キリが良いので明日の幕間で1章完結です。
明後日からダンジョン攻略の2章です。
冬が本格的になる前のある日、村は悲しみに包まれていた。大人も子供も変わらず涙を流し悲しんでいた。
僕はそれを少し遠くから見ていた。僕の手を握っている祖母を見上げた。
「行けないの?」
「これ以上近寄っては駄目」
息子の葬儀に参加できない祖母の心痛はいかばかりか。父の葬儀に参加できない僕はどう感じているのか。当時5歳になったばかりでは理解できなかった。
ゲイルリーフ男爵領は一つの村を中心とした貧乏領地だ。領主館があるゲイルリーフ村の住人は300人前後だ。中央貴族からすればこの程度の領地を持つ男が「男爵」を名乗るのは王国の恥と考えても不思議ではない。されど世界を滅亡から救い王国を建国した三伯八騎を初代に持つゲイルリーフ家は政治的にはそこらの木っ端貴族より遥かに重要な家だ。初代の母が如何に凄くとも、貧乏領地に括り付けられた500年。もはやその重要性も雷名も大半から忘れられていた。
そして俺が見ているのは父の葬儀か。祖母が生きていなければ夢と認識できなかったかもしれない。何せクロードは本家から離されて育てられたため、彼が唯一知っている肉親が祖母だからだ。夢から一向に冷める気配はない。クロードの幼少期の追体験とでも思って流れを注視するか。クロードが見たが認識していない事実があるかもしれない。
僕の父であるアルビン・ゲイルリーフはその人生の大半を南方の戦場で過ごした。帝国とは幾度となく干戈を交え、王国男爵としての義務を十全に果たした。それでもしつこい位戦場に出向いたのは金のためだ。その金で領地を豊かにできていればどれだけ良かったか。実際は初代からの家宝である魔導鎧のメンテナンス代に全てをつぎ込んでいた。それでも足りずに様々な所から借金していた。
そんな彼の最後は呆気なかった。酔ったはずみで階段から落ちて首の骨を折った。少なくともそれが僕の次兄と継母であるオーネリアの公式発表だった。クロードはその日まではそれを信じるほどピュアな少年だった。
屋外に置かれた父の棺桶を見る。その周りに父の家族が揃っている。次兄に四兄。隣の男爵領に嫁に行った長姉とその旦那。領内の騎士に嫁いだ次姉。ここまでは純粋に悲しんでいる。そしてオーネリアと彼女が産んだ僕の腹違いの弟である十男。弟だけ悪魔のような笑みを浮かべている。オーネリアみたいに取り繕えば良いものを、と思わなくもないが5歳児には難しいか。少し離れた所に父が領内の女と作った子供たちが固まって泣いている。彼らは領主の子供と言う地位を失う事によって今まで甘んじていた特権階級から脱落する事に戦々恐々している。
本来領地を継ぐはずだった長兄は僕が3歳の頃に父の代わりに帝国と戦い戦死した。父に取っては期待していた長男なだけにショックが大きかったし、彼の死後から深酒が増えた。僕にとってもお菓子をくれる良い兄だった。スペアとして鬱屈した生活の中で僕を虐めていた次兄よりははるかに良い男だった。そしてその次兄が領主を継ぐのか。クロードに取っては悪夢でしかない。愛人が産んだ三兄は僕が1歳の頃にため池に落ちて溺死した。祖母曰く、僕の祖父の愛嬌を一番強く継いだ良い青年だったらしい。
僕の母であるシモーナは多くの子を産んだ。そして僕を産んだ後に命を落とした。産後の肥立ちが悪かったと村では噂された。なおその一月後にオーネリアが子供を産んだ。オーネリアは父が人生最後の戦場で拾って来た女だ。祖母を始め、多くの者がオーネリアを本家に置くことに異を唱えた。しかし母が「妊婦を放り出すのが貴族のやる事ですか!」と当時妊娠していたオーネリアを傍に置いた。母が死んでからはオーネリアが家の中を仕切り出した。
それを予想していたのか、祖母は僕を自分の離れに移した。若い頃はライトニング・バロネットとして南方戦線で暴れ回っていたらしく、その時陛下より賜った準男爵をまだ保持していた。僕にその爵位を継承すると言う体で本家から取り上げた。父の寄親であり祖母の兄でもある伯爵が存命だったため手続きは素早く終わった。
と言う事は俺って今は法的には準男爵なのか? 準男爵を平民として裁判に掛けて死罪にしたなんて聞いたら司法界と貴族界が大騒ぎするぞ。だがそれを証明できる存在が祖母の実家なのが問題になるかもしれない。クロードの記憶には祖母の実家についての情報は乏しい。俺が調査するしか無いのか。
俺がそんな事を考えていると時間が次の朝まで飛んだ。
「遂に化けの皮を自分からはがしたか!」
その日は祖母の怒声で目が覚めた。
「どうしたの?」
「クロード、良くお聞き。貴方の兄と姉は全員死にました」
「えっ?」
流石に追体験している俺ですら混乱した。クロードの父の葬儀の次の日だぞ。
祖母の伝え聞いた話によると、葬儀に出した酒が痛んでいたらしい。悲しみのあまり参加できなかったオーネリアと幼少だから一口しか飲まなかった弟だけが生き残ったそうだ。オーネリアはその弟の看病で忙しいそうだ。
「毒よ。でも安心して。私がクロードを男爵にするから」
祖母には勝算があった。寄親は実家だ。その線で話を通せば簡単に行くと甘く考えていた。しかし頼みの兄は既に2年前に死んでおり、甥の時代になっていた。戦場で勇名をはせた伯母と統治者としては優秀な甥の間には祖母ですら知らない確執があった。伯母の最大レベルが甥より高い事もそれに拍車を掛けた。伯爵家では伯母復帰の待望論があったのかもしれない。祖母がこの男爵家に嫁いできたのはその問題を回避するためだと言っていた。そして祖父は祖母の実家の資金援助を宛にしての結婚だった。二人の結婚生活が幸せだったかは幼いクロードですら聞くのを躊躇した。
結局は一年近く時間が無駄になり、祖母が吐血する様になった。
「時間があれば……。クロード、貴方は私が手配した行商人と一緒にラディアンドに逃げなさい。
大丈夫、甥に貴方に私の爵位を継承させる手続きを頼んだから。
男爵家の事に二の足を踏んだ子だけど、自分が痛まない準男爵の件を邪魔する子じゃない」
そして咳き込みながら血を滝の様に吐く祖母。僕は彼女の手を握る事しか出来なかった。
「私が死んだ事を誰にも言っては駄目。迎えが来るまで二人分の薪を消費して料理も二人分作りなさい。水と外に捨てる糞尿の量もちゃんと計算して。あの悪魔にバレたら貴方は死ぬ。ああ、クロードが男爵になる姿を……」
それが祖母の最後の言葉だった。
僕は祖母の死を3日隠した。その後は行商人に連れられて領地を出た。一年に一回訪ねると約束した行商人は二度と孤児院を訪ねてこなかった。僕の居場所を知っているはずの祖母の実家から手紙すら届かなかった。僕も祖母も裏切られたのだ!
……これがクロードの原風景か。ボッチ気質の俺と違いクロードは孤児院時代は真のボッチだったが、こういう過去なら頷ける。もう誰も信じられなくなっていたんだろう。
これで終わりかと油断したら続きがあった。
「痛い……仇を……」
最初に現れたのは数本の槍が背中に刺さっている長兄だった。
「首の骨を折ったオーネリアは何処だ?」
父か。
「恨みを」「復讐だ!」「皆殺し」
「葬儀に毒を盛るなんて!」
そして俺の兄と姉が大挙して「復讐せよ」と叫ぶ。
その中にクロードも混じっているのはご愛嬌か?
「だが、断る!」
クロードなら確実に復讐した。クロードが生き地獄を生き抜いたのは復讐するためだけだ。
俺はクロードではない。クロードの復讐代行なんて御免被る。
「なら俺が……」「私が……」
亡者は大人しく消えれば良いのに、全員謀った様に俺目掛けて駆けだした。
夢だから無視すれば良いと思ったが、本能が警鐘を鳴らした。
俺は一目散に逃げた。遠くに見える光を目指して。
そして俺が光に触れるのが早いか、亡者に捕まるかが早いかの一瞬……。
「うわあぁぁぁ!」
俺は飛び起きた。
「夢か」
俺は額の汗を拭こうと右腕を動かそうとした。が、動かない。
「治療失敗か?」
と思って腕を見るとマックスが俺の右手を握って眠りこけていた。
「起きたみたいね。マックス様はずっと君の横に居たのよ。まったく治療の邪魔よ!」
キスケが音を聞いたのか、外から入って来た。
となると亡者に追われた時に助けてくれた光はマックスか。あの夢を見たのもマックスのせいな気がする。
「治ったのか?」
「当然!」
「それは良いが、何か騒がしくないか?」
俺は物見塔の中で作られた簡易ベッドで寝ていた。隙間だらけなので外の音が多く入って来ていた。
「君が寝ていた3日の間にカーツとヘンリーがやったのよ」
話が大きくなっていないか?
「君が動けるようになったらダンジョンに向かうから。明日の朝に出発よ!」
俺の意志とかは? 当然無視ですか。
だが俺が言いだしたダンジョン攻略だ。実は今からでも行きたいほど楽しみだ。
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