044 カーツ傭兵団 聖水
「痛ーい!」
最初に動いたのはカーツだった。「ゴン」と音がする拳骨をキスケの頭に落とした。
「バカ野郎が!」
「何よ!」
さてカーツのお手並み拝見だ。マックスとヘンリーに比べて人生経験が豊かなだけあってハーフエルフの扱いを心得ているはず。
「貴様のやった事はカーツ団の名を汚す行為だ!」
「そんな!」
狼狽えるキスケ。
どうやら傭兵団は彼女にとって大事な居場所みたいだ。だからそれに不利益を齎したことを悔やむ。
「本来なら命で償うべきだが……」
カーツがチラッと俺を見る。
「そうだな。何か実害があったわけではない。そこは差し引いても良いんじゃないか」
「だが貴様の右腕が動かなくなった。違うか?」
気付かれていた!?
「なんだって!」
「本当ですか!?」
マックスとヘンリーが詰め寄って来る。カーツが黙っていてくれれば!
「本当だ」
ここまで来たら嘘をついても仕方が無い。
「不可解過ぎるわよ!」
キスケが難しい顔をして言う。
「俺に聞かれても困る」
「ちょっと見せて見なさい」
「アッシュに近づくな!」
迫ろうとするキスケとそれを止めるマックス。
「まあ待てマックス。カーツ、キスケは薬学に詳しいのか?」
「エルフで詳しくない人なんて居ないわよ!」
「ああ。キスケの腕は一流だ」
そこはルルブ通りか。だからこそ聞かなくては。
「毒物は?」
「まあ凡そ把握しているわよ」
「おい、そこまで言わずとも!」
キスケが自信満々に言う。こう言ってはなんだが、毒物に詳しい奴に料理をさせると言うのはどうなのだろう。カーツ団の人選ミスの線が濃厚になって来る。
「カーツ、一計がある」
「なんだ?」
「此度の件だが、俺の肩を蝕んでいる毒の治療で手を打とう」
「毒!」
マックスとヘンリーがハモる。
「それが貴様の腕が動かなくなった理由か?」
「可能性だがな。毒消しでは無く聖水に反応するとは想定外だったがな」
思い直すと尤もだと思える。この毒で死んだ人間はゾンビになったのだからこの毒の本質は不死関係か?
「はいはい。このキスケに見せなさい」
今回はマックスも邪魔しなかった。
「この上着を切ってくれ。たぶん取ろうとするだけでボロボロになる」
サクッと俺の一張羅を首元から肩下まで手持ちのナイフで切られた。
「アッシュ、その肩!」
マックスが驚いて一歩下がる。どうしたんだ?
俺は久々に自分の肩を見てみたら、どきついショッキングピンク色に変色して所々から煙を噴いていた。
「あ、ああ……確かにこれだと動かないのも分かるな、うん」
パニックにならないでそう言えただけでも自分を褒めたい。マックスとヘンリーの狼狽ぶりのおかげかもしれない。
キスケが無遠慮に針みたいなもので俺の肩を刺す。何の感覚も無い。
「うひゃあ! 一体どんな毒を食らったのよ?」
「知らん。辺境伯の命で俺を殺しに来たハーフエルフが使った毒だ」
微妙に違うが少なくても結果的にそうなったのは本当だ。
「またハーフエルフ!」
マックスのハーフエルフ評価がまた下がりそうだ。これは少し不味いかもしれない。俺の件で王国とエルフの関係が悪化するのは避けねばならない。俺をクロードの体に入れた秩序神の目的から考えるのなら王国とエルフの友情維持は優先度が高い。
「サウルと名乗ったが、知っているか?」
「知らない。私は南方生まれの南方育ちだし」
「間違いねえ。こいつが北方に来たのは今回が始めてだ」
そうなのか。カーツが捕捉するのなら本当なのだろう。それだとするとサウルとは繋がっていない事になる。
「北と南ではハーフエルフの気質は違うんだろうな」
「アッシュの言う通りですね」
俺の呟きにヘンリーが同意する。彼はマックスより王国の外交事情に詳しいみたいだ。
「それより分かっている事は? 死んだらアンデッドになる不死毒みたいだけど」
「サウルが殺した仲間は夜になったらゾンビになったぞ。そのおかげでサウルを倒せたのは何とも言えん」
「辺境伯の追っ手では無かったのか? 仲間割れか?」
「詳しくは知らんが、人間三人とサウルは別の行動基準があった」
そこで俺はあの戦いのあらましを全員に伝えた。その間にキスケは俺の背中や左肩を突いていた。
「自爆ぅ? マジかよ」
「ここら辺に飛び散った不死毒が付着しているから本当なんじゃない?」
どうやら俺の知らない所にも被弾していたみたいだ。
「で、治るか!」
中々治せると言えないキスケに痺れを切らしたマックスが叫ぶ。
「治る事は治るけど、三日は安静かしら。ゾンビ化が始まっていた右肩を聖水で殺したから、もうしばらくしたら辺り一帯の肉が落ちるし」
「ぞっとしないな」
「言っておくけど、ここで聖水で治療しないと肺と心臓に毒が達して死ぬわよ?」
「染み込んでいたか」
恐らくマナ呼吸をやっていた事もあり、不死毒と俺の体の親和性が高くなったんだろう。その結果本当にアンデッド化したら笑えない。
「そうよ! 私の聖水のおかげで治るのよ! 感謝しなさい!!」
「治ったら足にでもキスしてやろうか?」
「お断りよ!」
キスケは調子に乗りまくっているが、それで治るのなら必要経費だ。
全部上手く行けば理想的な形の手打ちになる。
「キスケはやると言ったらやる女だ。信じてくれ」
カーツが俺に言うが、その狙いは俺では無くマックスなのは明白だ。
「信じよう」
俺が承諾した事で全部うまく行きそうになった。
と思ったらヘンリーが無自覚に爆弾を放り込んでくれた。
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