405 ラストバトル 1
男爵領からゲイルリーフ領までは徒歩で四日だ。もちろん、何も無ければの話だ。一気に飛んでいく事も出来るが、降りた先で邪教徒とモンスターに包囲されては堪らない。退路を潰されない様に進行方向にある強そうな反応を個別に潰していくのが早道だ。中央から派遣されるはずの英雄部隊が間に合えば助かるが期待薄だ。俺が死んだら大急ぎで派遣してくれるだろう。それに想定される事態を考えると俺より強い英雄は良くても足手まといにしかならない。最悪敵の走狗に成り下がって俺がピンチに陥る。
中央の混乱を差し引いても、中央はクロードの継母が何を企んでいるか理解できていない。俺はルルブの知識からある程度予想を立てる事が出来る。しかしそれを真顔で説明すれば気が触れたと思われる。何せここ最近は限界を超えた連戦続きだ。疲れて正常な判断が出来ないと言われたら信じる者の方が圧倒的に多い。中央も俺が病気の方が権力から遠ざけやすいと考える。邪教徒が押さえている風の魔導鎧の魔導コアを爆発させて大規模破壊を引き起こすと考えているみたいだが、それなら王女の身柄は不要だ。俺の想定が俺だけのファンブルであれば笑いもので済むが、そうでない場合南領の全滅は覚悟する必要がある。
そんな懸念からブラウンシナモンとは別行動だ。愛馬に「一緒に死のう」と言えるほど俺は冷酷にはなれない。そんなブラウンシナモンを説得するのは手間だった。俺が死地に向かうのに留守番は嫌だとごねるので、メアの助けになる様にと頼み倒した。何とか最後は折れてくれた。メアは東領へ向かって既に移動しているがブラウンシナモンがひとっ走りすればすぐに追いつける。ロドニーが騎馬伝令を送るらしいので、それと併走する形でメアと合流するだろう。宗教的権威が強すぎる東領では【剣聖】と神馬の人馬一体は効果覿面だ。
そんな事を考えながら歩いているとバリケードに行く手を遮られる。【風魔法】の索敵でバリケードの向こう側に人間が居るのは分かっている。村長の家だと思われる大きな建物の中にはモンスターの気配がする。村の規模にしては死体の数が少ない。村人の大半が邪教徒なのか、既にモンスターの餌にされてしまったか。
「これは何の真似だ! 道路を封鎖する事は王国法で禁じられている!」
まともな答えは返ってこないだろう。しかし戦争か邪教徒を恐れて村人が自衛しているだけかもしれない。南領の大部分で邪教徒が仕込んだモンスターが町と村の内側から暴れ出した報告があるのでここも期待は出来ない。南からゲイルリーフ領へ入るのならこの道を使うのが一般的だ。邪教徒に少しでも知恵があればこの村かもう一つ先の村に絶対防衛線を敷く。
「交戦の意志あり、か!」
無言で20本以上の矢が空から降り注ぐ。こうなってはこのバリケードの先に待ち構えるのが善良な村人であろうと斬り捨てるほかない。【風魔法】を使い軽くバリケードを飛び越える。俺がそうするのを読んでいたのか、攻城用のバリスタの矢が俺目掛けて放たれる。
「そんなデカいものを躱せないと思うか!」
平均的な冒険者と兵士なら反応すら出来ずに死んでいた。だが今の俺は休暇中のダンジョン攻略で最大位階が30を越えている。位階も29になっている。本当は位階30を達成したかったが時間切れだった。オーレイブと死闘を演じていた頃より更に一回りは強くなっている。雑魚が幾ら束になっても俺を止める事は出来ない。しかし攻城兵器まで持ち出してくるとは俺の予想の上を行く。中央との戦いを控える南領の軍から持ってきたものみたいだ。もはやなりふり構っていられないと言う事か。
「真の神のために!」
「ヘルハウンドを放て!!」
俺相手に一方的に不利なのを気付いた邪教徒が叫ぶ。ここまで来て神頼りが一番の敗因だと知れ!
「もう少し正体を隠す努力をしろ!」
そうは言うが、一月前までは必死に隠れ住んでいた邪教徒がこうまで大手を振って活動するのなら、それは俺に取って好都合だ。ラディアンドの邪教徒みたいに人知れず根を張り、行政組織を動かしてくる相手は面倒だ。邪教徒の本丸を攻める前に最低でも十倍の一般人を斬り捨てないといけない。自身の一番の強みである秘匿性を捨てた邪教徒など蹴散らしてくれる!
「ワンワン!」
「悪魔も犬が好きなのか?」
ルルブでは魔界に生息すると言われる炎を操る犬系のモンスターが十体迫る。強さとしてはダイアウルフより少し強い上に口から火を噴く。集団で行動すればダイアベアすら狩れる強敵だ。平均的な冒険者パーティーなら一体と遭遇したら壊滅を覚悟する。俺も正面から挑めば数回噛まれるのを覚悟する。だが、悲しいかな。ヘルハウンドは対空攻撃を持っていない。
「ウィンドジャベリン!」
空に舞い上がり、上から風の槍でヘルハウンドを串刺しにする。皮を回収するのなら使えない手だが、ここは殲滅を優先する。
「空を飛ぶとは卑怯……」
何かほざいている邪教徒をウィンドジャベリンで貫く。悪魔に生贄を捧げるような奴が卑怯を騙るな! そのまま一方的に邪教徒とモンスターを狩り尽くす。
「何も無いと思うが……テンペストサイクロン!!」
建物を残すと邪教徒が再度立てこもるかもしれない。村には悪いが全て更地にさせて貰う。それに邪教徒ではない村人は全てヘルハウンドの餌に変わった後だ。これをせめての供養とする。
「ふぅ、これを立て直す貴族は大変だな」
俺には関係ない事だ。それより進むか決めないといけない。今日このまま無理に進んでは次の村に到着する頃には夜になる。そうなると邪教徒と彼らの使うモンスターが強くなる。後れを取る気は無いが、単独で敵の本丸を攻めるんだ。ダメージを出来るだけ回避して、コンディションは常にベストに近づけないと駄目だ。となると近くで野宿するのがベストだ。男爵領まで飛んで帰る事を一瞬思いつくが、俺が男爵領に滞在すればするだけ英雄部隊の派遣は遅らされる。
俺は村から離れた場所にある木に登り、夜を明かす。木の上で野宿なんていつ依頼か。この世界に来て最初の一月くらいはずっとそんな生活だった気がする。やっていることは似ているがずいぶん遠くまできたものだ。明日にはゲイルリーフ領の手前まで進もうと思いながら短い仮眠を取る。
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