403 裏の戦い 下(アメリア視点)
時系列ではアッシュが休暇に出た後です。
「正気ですか?」
「勿論だ。陛下と第三王子の内諾も得た。決定事項と思ってくれ」
前回の会談から少し経ったある日、宰相から突然の呼び出しを受けます。妊婦と言う事が中央の主だった面々に周知されたのか、今回はガイルズ率いる宰相家の騎士たちが送迎を担当しています。独沼のダンジョン攻略依頼ですが元気にやっているみたいです。
「陛下の決定とあれば私とアッシュは従いますが……」
生まれてもいない我が子を公爵に叙すなんて想像できるわけ無いでしょう! ……落ち着かないと。公爵に叙すのは生まれてから。万が一この子に何かあればリルの子が公爵に叙される。
「驚くのは無理もない。だがこれはアメリア夫人が語った中央集権のためだ」
「そうですね。少し段階を飛ばし過ぎな気がしますけど常識の範囲内です」
【政治】スキルが唸ります。無ければ今頃どんな醜態を晒しているか。横に座っているリルなんて話についていけずに出されたケーキを突いています。毒による流産を狙う輩も多いので原則的に外で出されたものは口に出来ません。ケーキを出すのなら前回に出しなさいよ!
南領を一つの貴族が纏める事は私が提示したので理解出来ます。なんで伯爵で無くて公爵なのかはちょっと分かりません。辺境伯か侯爵なら分かるんですけど公爵となるとちょっと面倒事が多く付随します。アッシュの働きに報いるには禅譲しか無いと思って変な方向に行ってしまったのかしら。
それよりアッシュを飛ばしての叙爵です。これは意外と簡単です。私とアッシュに権力を持たせたくないのです。私たちは孤児院育ち。更に神々の加護で色々上書きされています。私とアッシュはユーグリン貴族と名乗れても、本質的には別物です。狂っているシーナの語る神代の原初貴族に最も近い存在です。考えれば考えるほどしっくり来ます。アッシュを公爵にするなど狂気の沙汰です。無論、私を公爵夫人にするのも同程度の狂気の沙汰です。
「同意して欲しい」
宰相が羊皮紙をテーブルに置きます。宰相の語った事を文章として書き記したものです。これに私が署名すれば褒美が確定します。
「……」
リルが無言で周りの騎士が臨戦態勢に入ったと知らせてくれます。役目が送迎だけでは無いと思っていましたが、圧力要員を兼ねていましたか。この程度の戦力では脅威にならないので少々油断が過ぎたと反省します。私は何も気付かないふりをして羊皮紙を手に取ります。
「確認させてもらいます」
まずは公爵位について。そして公爵家の領地。更に正室……正室?
「息子の正室について言及がありますが?」
「ええ。次期国王である第三王子と東領で大公となられる第四王子の同腹の妹姫を二人」
産まれる前からハーレムライフ? ちょっともの申したい。でもお相手が七歳と五歳なら微笑ましいのかしら? 三十歳上とか平気で送り込むのが中央貴族なのだから。
王家と何時できたか知らない大公国の姫を娶るのなら公爵を名乗る理由が分かります。血筋と爵位の合わせ技を使って全力で私の子を取り込むつもりです。
この短期間で宰相がこんな手を打てる余裕が出来たなんて信じられません。可能性があるとしたらアッシュがまた何かやりましたか。リルを伝令役から外したのが思わぬ痛手になってしまいました。
「良いでしょう。二人の相性が悪いのなら改めて協議しましょう」
息子を不幸にしそうな性格ブスが来たら焼いてやりましょう。
「ええ」
宰相が私の笑みを見てたじろぎます。
「このエドワード・シンダーズの未亡人をアッシュの側室に斡旋するとは?」
いけない。もうちょっとで羊皮紙を燃やしてしまうところでした。
「クリスティーナの事だ。本人の希望はアッシュと生きる事だ。しかしエドワード・シンダーズの名声は高まり過ぎた」
王都から旅立ってグランドヴァイパー城で最期を迎えるまでの大立ち回りは王国中の吟遊詩人が歌っているので知っています。数日前からエドワード・シンダーズの相棒で後を託された男の歌も増えだしています。ヴァンパイアロードを倒したり、町を石化させたゴーゴンを退治したり、スタンピードが発生したダンジョンを一人で潰したりとアッシュじゃなければ信じられない活躍を連日しているみたい。もう何をやっているのか問い詰めるツッコミが間に合わない!
「このままアッシュに嫁げば不貞を疑われると」
「うむ。なので王家が泥を被る。幸いクリスティーナは【風魔法】の使い手だと報告が上がっている。【風の聖戦士】の家系に【風魔法】の使い手が嫁ぐのは属性強化の面でも不思議ではない」
それでも未亡人を抱いたと詰られるのはアッシュだと思いますけど? ん? これってもしかしてアッシュ下げの一環なのかしら。アッシュが表向きの権力や名声を得て欲しくないと中央が考えるのなら人妻下賜は非常に有効な手なのは認めましょう。
「はぁ、良いでしょう。クリスティーナとは知らぬ仲ではありませんし。それとマリーメイアとイヴェッタに言及がありませんが、この二人は現状維持ですか?」
「イヴェッタ卿はアッシュ卿の配下のままです。マリーメイア卿はリドリー卿の養女に……」
「ふざけているの!?」
バンッとテーブルを叩いて立ち上がります。
「い、いえ。これはアッシュ卿も同意のうえで」
「アッシュゥゥゥ……」
言葉に出来ない怨嗟の唸り声をあげて席に着きます。アッシュは「王国一」を簡単に用意できるから有能な人材を惜しげもなく放出する悪い癖があります。特にヒーラーはスキルより人格が大事なのに。出産までに信用できる子が見つかるかしら? 最悪シーナに頼るけど、大神殿のおまけが付いてくるのが面倒。
「心配ない。出産時に来て貰う」
リルが「当然来る」みたいに言います。
「あ、ああ。その懸念は失念していた。これに追記しておこう」
「まあ、それなら」
宰相が慌てて羊皮紙にマリーメイアの派遣を追記します。
他には領主貴族がいないダンジョンは公爵家直轄にするとか、息子が成人するまでの税率の事などを決めていきます。将来的に意味のある手ばかり指すので宰相は気楽に同意します。この話を纏めた功績は宰相のものになり、私の望みが問題化する頃には楽隠居の身です。
「では、これで」
「はい」
途中キツイやり取りが数回ありましたがお互い納得の上で署名します。後はアッシュが帰ってくるまで暇です。
「!? 戦いの音!」
今までほとんど話さなかったリルが突然声を上げます。
「王城だぞ?」
宰相の疑問を無視して【アイテムボックス】から私たちの装備を取り出します。
「ガイルズたちにも」
「うん」
私の命令で送迎のガイルズたちにも数打ちの武器を渡します。この部屋に入る前に武装を預けているので丸腰です。幸い隊長のガイルズはダンジョンで共闘した仲なのでリルの実力を正しく把握しています。リルが危険だと言えば疑わずに武器を取り、部下に追随せよと命じます。
「来る!」
装備がある程度行き渡った時にリルの叫びと共に部屋のドアが大きく開かれます。
「君側の奸を討てぇぇぇ!!」
そして王国の騎士が叫びながらなだれ込んできます。
応援よろしくお願いします。




