401 裏の戦い 上(アメリア視点)
時系列ではグランドヴァイパー城が落ちて一日が経過した辺りです。
ユーグリン王城の無駄に豪華な床を歩きます。帝国への対抗意識で豪華にしたと陰口を叩く貴族が多いです。恐らく王家の趣味が悪いだけだと思います。もし大事な会談の前に視覚的効果で相手を辟易させるのが目的だとすると王城の設計図を描いた人はとんでもないやり手です。
「アメリア」
「大丈夫」
数歩後ろを歩くリルが心配して声を掛けます。悪魔との戦いを経ての懐妊、そして表向きエドワードの死と色々大変な事が重なり過ぎました。一番大変なのはアッシュが「王命達成の褒美」交渉を全部私に丸投げした事です。王家がエドワードをグランドヴァイパー城に派遣する横紙破りをした結果ですが、その件の処理まで私に丸投げするなんて!
宰相にどう八つ当たりしようかと考えていると宰相の執務室に到着します。事が事だけに打ち合わせは公に出来ず、私が宰相を訪ねると言う形で密談をします。
コンコン。
「入れ」
「宰相閣下、今日はお招きありがとうございます」
「うむ、アメリア嬢は相変わらず美しい。リル卿も健康そうで何より」
「では早速本題に?」
帝国との戦争と王位継承争いの後始末。それと並行して東領と南領の内戦の処理で忙しいのは宰相の机を見たら分かります。負け組とは言え、大人しく宰相の位を辞すとは思えません。この交渉でも何か仕掛けてくるでしょう。
「そうしよう。現在中央は少々立て込んでいる」
「きっちり回収して来いと言われていますので」
忙しいのを理由に褒美の踏み倒しは認めませんよ?
「うむ、働きには報いよう」
「期待します」
報いれない(・・・・・・)。アッシュが帝国で上げた二つの功績すら報いれるか半々です。グランドヴァイパー城の一件を上乗せしたら王国の支払い限界を超えています。そこで私です。王家が褒美を踏み倒す目的でアッシュに暗殺者を送る前に双方が合意できる落としどころを見つけないといけません。
「南領全土の伯爵でどうだ?」
宰相の提案は悪くないように見えますが、アッシュのやった事を考えると甚だ不足です。少し前の私ならテーブルをひっくり返して退出していました。アッシュは最後まで悩んでいましたが、私に付与された【政治】スキルが良い仕事をしてくれています。アッシュ視点だと純粋な固定砲台には不要なスキルを付与したく無かったのでしょう。【政治】にスキルポイントを振った分だけ私は弱くなります。
「全土とはいえ、南領にはリルを始めとしてかなりの領主貴族が居ますけど?」
「まず既存の伯爵家を3つとも邪教徒との関係を理由に取り潰す。残った領主貴族で邪教徒と関係ないのはそのままアッシュの寄子にする」
リルの得た情報では南領の8割が邪教徒と何らかの関係があります。本心から信仰しているのか筆頭伯爵に追随しているのかまでは分かりません。全てを直轄出来れば悪くない様に思えます。ですがそれは不可能です。新しく男爵と子爵を配置していけば直轄出来る領地は2割も無いでしょう。それに新しい領主貴族は経済的に困窮しやすいです。当然寄親の持ち出しです。猫の額ほどの領地を渡して経済的に困窮させる計画です。無人の荒野を開拓する方が柵がない分簡単かもしれません。
ここで「足りません」と言っても笑われるだけです。書面上では大盤振る舞いなのです。そして大貴族の内情を知っている貴族はほんの一握りです。私もお爺様に実際の数字を見せて貰うまでは大貴族は左団扇で豪華に生活していると勘違いしていました。資金問題はアッシュとリルを馬車馬の如く働かせれば何とかなりますが、人材がいない問題はどうにもなりません。いっそシーナを領主にすると言ってこの宰相をブチ切れさせましょうか?
ここで勝利条件を確認しましょう。宰相は初手から出せるものを出してきました。長々と交渉している余裕がないのだから当然です。宰相はこの交渉が不首尾に終わることを望んでいません。私が無理難題を吹っかけて交渉が決裂した場合のみ宰相は自分の責任では無いと言い張れます。既存の枠組み内に居る限り、伯爵を侯爵に上げる程度の譲歩しか勝ち取れません。ならアッシュと話したあれ(・・)をやりますか。私には一切メリットが感じられませんが、宰相の度肝を抜けるのはこれ(・・)だけです。
「そうですね、この条件では大いに不満です」
「アメリア嬢、無理を言ってはいけない。せいぜい譲歩できても侯爵に上げるくらいだ」
宰相が私を諭す様に言います。
「閣下、私の不満はその逆です」
「逆?」
宰相が「何を言っているんだ」みたいな顔になります。
「この条件ではユーグリン王国の大願である中央集権から遠のくではありませんか!」
私とアッシュが本気を出せば与えられる領地を持ってユーグリン王国から独立できます。そこまで行く事はありませんが、王家の介入を一切受けない自治領には出来ます。私とアッシュの時代なら問題ないでしょう。ですが孫の代になればもはや王家の必要性すら感じない領民が大半になります。王家が秘匿している勇者召喚があるので、とにかく勇者が召喚されるまで王国を安定しようと企んでいるのでしょう。悪く考えれば、勇者に嘘八百を吹き込み私とアッシュを暗殺する事も考えられます。
「中央……集権!」
私の余りにも予想外の発言にたじろぐ宰相。畳み込むのは今!
「はい! ここは南領全土を中央集権のテストケースにすべきと考えます」
宰相の地位が危うい現状でユーグリン王国500年の大願を無視出来ますか? 実現すれば歴史に残る大宰相ですよ?
応援よろしくお願いします。




