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040 カーツ傭兵団 密談

 監視塔の中には俺とマックス、そしてヘンリーとカーツが居た。キスケと残りの二人は外で夕飯の準備をしていた。と言う体で遠ざけたと言った方が正確だ。面識はあったが直接話したことが無いヘンリーとの自己紹介はサラッと終わった。幼少の頃からマックスの「お友達」と言う事はどこぞの高位貴族の息子だ。マックスが押し切った可能性があるが、護衛が居ない事からヘンリー自身は嫡子では無いのだろう。


「長引くと思って一泊しても大丈夫なように食糧を持ってきた。アッシュも食べるだろう?」


 最初に話題を振ったのはマックスだった。どちらかと言うとヘンリーとカーツは後ろで控える気みたいだ。


「遠慮しよう」


「何故だ! こう見えても舌についてはかなり自信があるんだぞ」


 断られたことで世界が終わるような顔をするマックス。


「最後に寄った集落で貰った弁当が毒入りだったからな。自分で作った料理以外は食べる気がしない」


「キスケが料理しているって聞いて躊躇するのは分からんでもない。俺たちはそんな事はしないが戦場では食い物と酒には常に注意しなければいけない」


 カーツが横から口を出す。傭兵団として長く活動しているが故の見識と言う所か。


「そんなホストに有るまじき事を私がするわけが無いだろう! 分かった。私が毒味役をやる。それなら信じられるだろう?」


「マックス様! それなら私が!」


「ヘンリーでは駄目だ。アッシュの信を得ていない」


「はぁ……分かった。食えば良いんだろう」


 マックスが疑う事を知らないような目で俺を見つめている。ここまで言われてはたとえ猛毒が混ぜ込まれていても食わないと言う選択肢は無い。マックスは王都で何人の男女を無意識に破滅させているのか少し怖くなった。


「本当か! やはりアッシュは私を信じてくれるんだな!」


「俺の置かれた立場が特殊なだけで普通は信じるだろ」


「そうなら良いんだが……」


 今度は憂いに満ちた表情になった。俺が女なら一発でコロッと行きそうだ。ブラック企業で燃え尽きた俺と色恋沙汰に現を抜かす余裕が無かった記憶のクロードで無ければ危なかった。


「お前ほどの男がどうした! あのゴブリンブルートを単独で倒した男らしくもない」


「聞いてくれるか? 実は……」


 ラディアンドでは辺境伯に無視され、デグラスでは「ゴブリンに負けた騎士」の悪評で外も出歩けないとは。そしてカーツ団を使って調べた限り悪評を広めているのはデグラスの城爵のため、正体を明かせない状態では手詰まりになっていた。


「正体の事はカーツに聞かせて良かったのか?」


「カーツは私の守役が送り込んだ男だから、彼とキスケは知っている。他の二人はどうなんだ?」


「他に知っているのはここに居ないダニクってノームだ。あの二人は信用できるが、不必要に広めるのはお勧めしない」


 カーツは知られても問題無い人選だと言う。


「それこそ、なんでアッシュはマックスの正体を知っている! それが一番の謎だ」


 ヘンリーが我慢できずに聞いてくる。


「魔法で作った光の剣を振り回していたからな。気付く奴は気付く」


 何せ生きている人間でそれを使えるのは10人未満だ。秘されている王家の隠し子が居たら数が増えるだろうが、王家の直系しか持てない『天魔法』のスキルを持っている人間は希少だ。王国の国力を上げるためにも積極的に存在を公開するはずだ。


「マックス様、その事は言っていませんでしたよね!」


「そ、そこは重要じゃない」


 ヘンリーがマックスの両肩を握って前後に揺らしている。どうやら余程腹に据えかねる理由があるみたいだ。


「俺の事は粗方聞いているのか?」


「殺人の咎で処刑されたって事はな。そんな危険人物と一人で会おうとするマックスを説得するのは骨が折れたぜ」


「マックスの傍に常識的な対応が出来る奴が居るのは上出来だ」


「えっ!?」


「なっ!?」


 驚くマックスと自身の存在意義を否定されたヘンリーが抗議の声を上げる。


「一つ訂正しておくが、二級市民籍を剥奪された上での処刑では無くて処分だ。都市内で首つりにしてくれたら楽に死ねたんだがな!」


「……」


 俺が邪悪な笑みを浮かべて言ったので、流石のカーツも顔が引き攣っていた。


「だが貴様が殺したのなら衛兵程度には捕まりそうも無い。白昼堂々広場でやったのか?」


「俺が見た院長の死体は孤児院の私室にあったぞ」


 最初カーツが何を言っているのか理解できなかった。だが問いに答えている時に気付いた。俺のステータスとスキルなら衛兵に捕まるヘマは侵さない。そして俺の強さは今までの人生の全てを費やしても手に入らないほど高い。常識的に考えて一月以下でここまで強くなったと信じられる人間は居ない。もし例外が居るとすれば、それは勇者とその仲間だ。


「まあ良いか。俺たち傭兵だって綺麗な手と言うわけじゃない。名目上の依頼主の害になるなら排除したが、少なくともそう言う雰囲気じゃないみたいだ」


 ラディアンドに住む市民なら殺人犯の疑いだけで石を投げる。どうやら南の傭兵は違うみたいだ。だがそうなるとこいつらも市民に紛れ込むのには苦労しそうだ。


「ここに居る奴らの絵面だとカーツが一番の危険人物だからな」


 何十人殺せばそんな狂相になるんだ。


「言ってくれたな! 髭を生やしてあたりを緩和しようと苦労しているんだぞ」


 カーツが俺の軽口に付き合ってくれた。お互い無意味に警戒しながら夕飯を食いたくないからだろう。


「アッシュがカーツと仲良くなっている」


「マックス様、気をしっかり! きっとまぐれです」


 マックスが何故かわなわなと震えている。ヘンリーの奴は何気に酷い事を言っているが、それ以上に「この主従で大丈夫か?」と言う思いの方が強くなってくる。


「そ、そうだな! それよりアッシュ。私は君に士爵として借りがある。明かせぬ家名に誓ってその借りを今返そう」


 何とか気を取り直したマックスがまた古風な言い回しを使ってきた。


「分かった。ならちょっと俺に利用されてくれ」


 最初は冬を越せる支援にしようと考えていた。だがマックスの状況を鑑みて、彼をこのままにしてはおけない。俺に全賭け出来ると言うのなら、その名誉を回復し、辺境伯と城伯に目に物を見せてやる!


「勿論だ!」


「えっ!」


「おい! ちょっと待ちやがれ」


 マックスの力強い承諾に被せる様にヘンリーとカーツが驚く。俺が相手で無ければマックスは何回も破滅しそうだ。

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