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004 クロード1

「おい、登録できないってのはどういう事だ!」


 ユーグリン王国の北西にある大都市ラディアンド。ラディアンド辺境伯家が三代に渡って統治してきた王国の北方を守る最重要拠点。その冒険者ギルドで俺はギルド職員に噛みついていた。怒鳴り声は普通なのか他の人間は誰も気にしていない。


「君の名前はリストに載っていない」


 少し瘦せている職員が事務的に答えた。ただ少し目が泳いでいる。まるで俺が冒険者登録の申請リスト漏れされているのを予め知っていたかのように。


 俺の様な成人を迎えた孤児はその年の9月中に何らかの身分を手に入れないと家畜以下の流民となる。孤児の大半は奴隷として買われるか冒険者になる。奴隷になると将来が安泰だが自由が無くなる。そもそも孤児は余り売れる商品では無いから、奴隷商人の方から断る事が多い。となる底辺のセーフティネットとして機能している冒険者ギルドしかない。ただ身分が無い人間が武器を持つのは社会的に好ましくない。そのため孤児院の院長は身分を最低限保障するために冒険者ギルドに成人した孤児のリストを提出する。


「だが、この首輪を見たら孤児だって分かるだろうが!」


 俺はこれ見よがしに首にあるリングをグルグル回した。ここでは孤児はこの首輪をはめさせられる。表向きは一発で孤児か流民と区別するためだ。色々と暗い噂を聞くが、俺にそれを確かめる術はない。


「そうだとしてもルールはルールだ。君が年齢を偽っているかもしれない。首輪を不正入手したかもしれない。可能性を考えればきりが無い」


 リングは外せない様になっている。正規の場所で外さないと外した者は重罪となる。だからこそ法の範囲が及ばない流民が小遣い稼ぎで外すらしい。何せ孤児の首に回す物だ。それほど良い素材を使ってはいない。本人で無ければ最低限の道具とてこの原理で軽く破壊できる。


「リストを見せろ! 俺が確認してやる」


「はぁ、読めるんだろうな?」


 孤児どころか世界全体で識字率は低い。俺と同時に成人した同年代は20人で人類共通語のスキルを持っているのは3人か。読めなくても単語だけ分かる奴も含めたら数は増えるだろうがそれでも10人は超えない。


「当然だ!」


 俺は変にねじ曲がった指で名前をなぞって一つ一つ確認する。孤児院に来た頃にちょっとした事故でこうなった指では剣を持てない。それでも最悪こん棒を手に括り付けたらゴブリンくらいは殺せるはずだ。


「無い。俺の名前はこいつとこいつの間にあるはず。何故だ?」


 潰れていない左目で必死に俺の名前を探す。右目は一年前に俺が床掃除をしていた酒場に来た酔っ払いの裏拳で失った。この傷害事件は問題になって俺は酒場に出入り禁止となった。当然「孤児が悪い」と裁定が下ったのは言うまでもない。


「だから言っただろう? さあ次の子が待っている。これ以上文句を言うのなら衛兵に突き出す」


 苛立ち出した職員に気押されて俺は書類を返した。目に見える形で神経質になっている。やましい事があるのは俺の想像だけでは決して無い。だが気付いている他のギルド職員も無視を決め込んでいる。問題を起こしている孤児のために動く者はいない。


「早く退けよ」


 俺の後ろで待っている孤児まで文句を言いだした。こいつは違う孤児院の奴か。俺の同期よりはお行儀が良いみたいだ。


「くっ! これはきっと手違いだ。明日また来るからな!」


 職員には捨て台詞も言い、後ろで待っていた奴には「時間を掛けて悪かった」とだけ行ってカウンターを離れた。俺は左足を引き摺りながら急いで孤児院に向かおうとした。この足は二年前に暴れ馬に折られた後、ヤブヒーラーが適切な処理をしなかったから動かなくなった。俺みたいな孤児を治療した素晴らしく徳のあるヒーラーだと一時はもてはやされたみたいだが……。わざと治療を失敗したんじゃないかと邪推するのは俺の悪い癖だろうか?


「フェイク、その足で冒険者登録できたとは驚きね」


 丁度ギルドを出る時に会いたくない女に会った。こいつが居ると言う事は取り巻きの四人も一緒か?


「五月蠅いぞレッド。俺にはクロードと言う名前があると言っているだろう」


「その名で私を呼ぶな! 燃やすわよ」


 この女の名はルビー。0歳児の頃から孤児院に居る同期最古参の奴だ。俺とは相性が最悪だが、ギリギリ話が合う唯一の奴でもある。同期の女孤児の中では頭半個分ほど背が高いオレンジが掛かった髪が腰まで靡く金髪の少女だ。そして目もまたオレンジ色に輝く時がある。衣服は俺や他の取り巻き同様に灰色のボロだ。


 紅眼は魔族や悪魔の身体的特徴であり、俺のレッド呼びはこいつを悪魔と呼んでいるに等しい。ルビーも俺の事を偽貴族と呼んでいるし、お相子だ。


 ルビーは気付いていないが、目と髪の色がオレンジ系で初期スキルが火属性となるとルビーの生まれは間違いなく貴族だ。血が特に濃い貴族の一部が遺伝する血統スキルは身体的特徴にまで影響を与える。孤児院どこらか臣民では習う機会が無いから知らないのも仕方ない。おそらくはこの地方の便宜上のトップであるアズフレア侯爵家の遠縁か。分家筋の誰かの火遊びの結果だろう。ただルビーの限界レベルは21と高い。冒険者などやらずとも貴族院に申告したら法衣男爵位くらい簡単に貰えそうだ。無論、俺から教える気は無い。


「登録は出来なかった。記載漏れだ。これから先生を問い詰めて来る」


「そんな酷い!」


 ルビーが渋い表情で黙ったと思ったらシーナが声を上げた。成人しても善人ぶる姿勢を貫くか。ショートカットのブルネットで孤児にしては顔が整っている。そして何より指先が綺麗だ。いかに重労働から上手く逃げて来たかの証左でしかない。シーナはヒーラーになると言って幼い頃から神殿で手伝ったり祈ったりしている。全部無償奉仕だ。こいつを食わせるために他の孤児がその分働くことになったのは気付いてない。そもそもヒーラーが使う光魔法はレアスキルだ。専門的な教育を受けた貴族の子女ですら十人に一人しか光魔法のスキルを成人と共に授からない狭き門だ。


 俺の考え通り初期スキルに光魔法は無かった。それどころか八属性魔法のどれも無いと言う完全な外れっぷりを披露してくれた時は笑いをこらえるので大変だった。他の孤児が大爆笑していたので俺が笑っても気付かれなかっただろう。限界レベルまで12と低く、同期でシーナより限界レベルが低いのは俺だけだ。決して俺がシーナに劣っているわけでは無いはず。


「一日遅れる程度だ、騒ぐな」


「おいおい、シーナは本気で心配しているんだぞ?」


「そうだ、そうだ」


 二人の後ろに居たメアとミリスが抗議する。金髪のショートカットをオールバックで纏めているメアは同期の中で番長の様なポジションだ。メアは昔から最強の冒険者になると豪語して日々剣に見立てた木片を振り回していた。俺も父上と兄上の使っていた剣の型をメアに頼まれて披露したものだ。後はもう少し知恵が回れば冒険者として食っていけそうなのが惜しい。それでもメアの頑張りは功を奏したのか初期スキルで剣術を手に入れ、限界レベルも15と平民の平均には達している。


 長い茶髪のミリスは典型的な腰巾着だ。ルビーとメアと一緒に居れば良い思いが出来ると正確に見抜いていた。五人の中で唯一現実が見えている子でもある。俺は主体性の無いミリスの事が余り好きでは無いが、五人の中で一人だけ生き残るのは誰だと聞かれたらミリスを選ぶ。生き残る思いが結実したのか初期スキルは槍術だ。限界レベルが16とこれもまた平均レベル。


「知らん。それより最後の一人はどうした?」


 あいつが隠れているのはいつもの事だ。だが幼い頃から肺の病気を患っていて、いつも「ケホケホ」言っている。


「咳が酷くなって先に帰ったわ」


 ルビーが特に気にせず言う。


「私も一緒に帰るって言ったのに」


 シーナならそう言うと思った。


「あたしは早く冒険者登録してぇ」


 あいつの面倒まで見たくないメアらしい。


「彼女は明日やれば問題無いよ」


 2対1で冒険者登録が優勢だからそっちに迎合するのがミリスだ。


 だがあいつが一人だけ別行動? 気になるが俺には関係が無い。


「まあ精々頑張れ」


 俺はそれだけ言ってギルドを出た。それが永遠の別れになるとは誰も考えていなかった。

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