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039 カーツ傭兵団 監視塔

 デグラスの東にある見捨てられた監視塔について10日ほど経過した。大熊を倒してからここに来るまで相当数のモンスターと野生動物を殺したがレベルアップする兆しすらない。敵が弱すぎるのかもしれない。卓上だとレベルに見合った敵と自動的に遭遇できるが、現実ではそんな事は起こらない。キャンペーンの終盤ともなると最初の村近くでランダムエンカウントする雑魚敵が神話級生物とか下級神になるから、俺はこの現実の方が好きだ。


 安全のために狩りをしない時は監視塔を一望出来る木の上で過ごしているのが日常となってしまった。マックスがいつ来るか分からない状況で待つのならこれが一番安全だ。実際俺が見下ろしている中で数回怪しい取引をする男達が出入りしていた。仕留める事は出来たが、そうする事でシティーアドベンチャーが始まったら最悪だ。生き残るためとはいえ、戦闘特化ビルドの俺が都市の中で活躍出来るとは思えない。護衛ならステータスとスキルでごり押し出来るはずだが、それも専門職には到底及ばない。


 このままマックスが来るまで待つよりデグラスに入った方が良いのかもしれない。デグラスを囲む城壁は『跳躍』を連続して使えば越えられるはずだ。月の出ていない夜を選べば不法侵入そのものは簡単だ。それこそラディアンドなら躊躇する理由が無い。しかしデグラスはドワーフが多い。そしてドワーフは『暗視』持ちだ。闇に隠れて城壁を越えたのにドワーフに見つかっては面倒だ。ドワーフが人間の衛兵に俺の事を伝えるかは分からない。デグラスに住む人間とドワーフの関係が良好か険悪か分かれば決断しやすい。


「……誰か来た?」


 俺は耳を澄ませるとこちらに向かっている数人の音を拾った。これまでここに来た人間は出来る限り静かに来ていたので、この新しい一団は他と違うと一発で分かった。狩人の割には数が多い。人数的に冒険者パーティーかもしれない。俺は文字通り息を殺して展開を見守った。


「居ないわね」


 女が何かを探しているみたいだ。特徴的なエルフ耳が短くなっているからハーフエルフで間違いない。となるとサウルの仲間かもしれない。俺は警戒度を上げた。


「留守か? だがこんな日に出歩くか?」


 悪人面の男がリーダーみたいだ。金で俺を探しに来た盗賊団かもしれない。ひげで隠そうとしているが、左頬にある大きな傷が狂相を更に怖いものにしている。だが腕は立ちそうだ。正面から斬り合って勝てる感じがしない。木の上から飛び降りて奇襲が決まらなければ無傷で勝つのは無理だ。


「無駄足みたいです」


 誰か分からないが何処かで聞いた声だ。


「そんな事は無い。アッシュならここに居る。私には分かる!」


 この声はマックス! 本当に来てくれたのか。


「私の『生命探知』の力を知っているでしょう!」


 『生命探知』だと? ルルブによるとエルフ族の使う魔法スキルじゃないか。そして『マナ呼吸』を使っている俺はその『生命探知』では発見できない。となるとこいつらは何だ? 冒険者か盗賊ならこんな初歩的なミスはしない。俺が感じる強者の雰囲気に反して明らかにアンデッドとの戦闘経験が足りていない。


「なら私が前に出ても問題が無い!」


 そう言ってハーフエルフの制止を無視して進むマックス。監視塔の前まで歩いて来て大声で俺を呼んだ。


「アーーーーーッシュ!」


「そんなに大声を出さずとも聞こえているぞ、マックス」


 俺は木の上から話しかけた。話しかける前に『マナ呼吸』を切ったので何らかの陰形スキルを切った様に見えるだろう。


「アッシュ! やはりここら辺に居ると思った」


「ちょっと待て。今下りるから」


 俺が鮮やかに木を下りている最中に他の奴らがマックスの周りに来た。あからさまに俺と言う脅威からマックスを守る布陣だ。当然と言えば当然だが、日を改めるべきか?


「背が伸びたか?」


 マックスの開口一番がそれか。気付かなかったが、孤児院を出てからはまともな食い物を多く腹に入れている。クロードの体に流れている貴族の血が急激に活性化されて俺の体を形作っているのかもしれない。


「最近は肉を食っているからな」


「マックス様に近づくな!」


 ハーフエルフがマックスを守る様に立ちはだかる。本能的に槍でこいつの心臓を貫きそうになった。ブラック企業で培うしか無かった鋼の自制心に感謝しろよ、ハーフエルフ! だが流石に俺とハーフエルフの殺気で場が一触即発になる。


「二人とも落ち着け」


 マックスが仲裁しようとするが誰も聞いていない。


「私の『生命探知』に引っ掛からないはずはない! この男は絶対にまともでは無い」


「『生命探知』みたいな三下魔法しか使えないのに良く今まで生きてこられたな?」


「三下ですってぇ! 私の魔法を侮辱した事を地獄で後悔させてあげる!」


 やはり『生命探知』が破られてヒステリーになっただけか。口ぶりからしてこいつらの切り札だったんだろう。何処の実力者か分からないが、王国北西ここでは通用しない。


「止めろ、キスケ! 団長命令だ!!」


「……」


 キスケは魔法を止めたが俺を睨むのをやめない。


「アッシュとやら。俺は貴様を一切信用していない。だが雇用主が『借りを返す』と言い張るから仕方なく来た。変な動きをしたら俺は貴様を斬る」


「良かろう。この間合いでは無傷で殺せそうにないからな」


 俺も槍を降ろす。


「はっ! 言ってくれるぜ。まだガキに負けるほど年は取っていねぇ」


 口とは裏腹にこいつの目は笑っていない。俺とここでやれば勝つ代わりに腕の一本は失うのが分かったはずだ。


「ガキじゃない、アッシュだ」


「カーツだ。南方でカーツ団と言う傭兵団を率いている」


「帝国相手か」


「応よ。王国南方防衛線にカーツ団ありってな」


「なら早く南へ帰れ。『生命探知』は北西では通用しない」


「どういう意味だ」


「『生命探知』は生きている人間が吐く息に反応する魔法だ。ここではアンデッドを含め息をせずに行動するモンスターが多い」


 蚊が二酸化炭素に反応して人に寄って来るのと同じ現象だ。この世界では二酸化炭素と言う概念がまだなく、生命波動みたいな感じで理解されていると推測する。アンデッドだけじゃなくある程度強いモンスターになれば酸素を必要としないのが多く居る。そして北西は王国でもっともそう言う類のモンスターが多い。


「むぅ……」


 俺の解説に思う事があるのかカーツが押し黙る。


「ちょっと、なんで貴方がそんな魔法解説の達人みたいに振舞うの! 孤児のでっち上げでしょうが!」


「信じるも信じないも貴様の自由だ。だが貴様のザルな索敵でマックスが危険に晒されるのは避けたい」


 お互いいがみ合って一歩も退かない。


「なあ、魔法談義は後にしないか」


 一行に居た槍使いが「本題に入れ」と言う。


「そうだな、君の言う通りだ。済まなかったなキスケ」


 俺は同意した。キスケがハーフエルフなので必要以上に辛く当たっていたのかもしれない。あそこで知識マウントを取る必要は無かった。


「ちょっ、何を急に謝るの! これだと私が悪いみたいじゃない」


 本題に入りたい俺と地団太を踏んで怒るキスケ。


 今夜はこの監視塔で一泊する羽目になりそうだ。


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