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036 マックス視点 デグラスの日々 上

「いつまでここで腐っていれば良いんだ?」


 私は従騎士として一緒に居るヘンリーに問うた。デグラスにある貴族用の借家に籠って10日は経った。


「今しばらくお待ちを」


 ヘンリーはまた自制を促した。本人もかなり鬱憤が溜まっているのに私のためにあえてそう言っているに違いない。


 全てはラディアンドの騎士がゴブリン戦の救援に来た時からおかしくなっている。救援が無くても切り抜けられたはずだが、貴族としては辺境伯に礼を言わなくてはならない。それが「辺境伯様は士爵のために時間を作るほど暇ではない」と一蹴された。あの夜は疲れていた事もあり、そのまま引き下がった。翌日ヘンリーに相談したら、ヘンリーも「礼をした方が問題になる」と言って取り合ってくれなかった。


 辺境伯と顔を合わせれば私の正体は露見する。辺境伯は知っていたとしても、直接会っていなければ「知らなかった」と言い逃れが出来る。そして私が辺境伯の領地で命を落としかけたのは認めがたい。なので「名も知らぬ遊歴中の騎士を救った」程度の事態に落とし込みたい。あくまでヘンリーの予想だが、昔から貴族同士の関係にはヘンリーの方が詳しい。


 私は任を帯びる身だ。この件で何か行動が必要かは王都に帰った後に父上かヘンリーの父に聞けばよかろう。


 任を果たすために再度デグラスに向かおうと思った矢先、ヘンリーが反対した。「二人ではやはり危険だ」と。「学園を卒業したら二人で王国を周ると言う約束を違えるのか」と厳しく追及したら「マックス様の方が大事だ」と返された。そんな事を涙ながらに訴えられては反対できないでは無いか!


 護衛を雇う事にしたが、その護衛でまたひと悶着あった。辺境伯に頼めば騎士を貸してくれるだろうが、監視の目を近くに置く気は無いので却下した。冒険者なら大丈夫と思ったが、護衛任務を受けられる冒険者はラディアンドに根を下ろした者たちだけだった。ラディアンドほどの大都市なら流れの高位冒険者が居るはずだが、何故か彼らは全員留守だった。珍しい事もあるものだ。


 紆余曲折あり、ヘンリーが「実家の伝手」とやらを使って紐付きでは無い傭兵団を雇った。カーツと名乗る団長は私と相性が余りにも悪い。ヘンリーの必死の取り成しが無ければ即日首にしていた。ヘンリーの言う通り、数日の道中を我慢すれば良いだけだ。そう俺とヘンリーは思っていた。


 問題はデグラスの門番に身分を伝えた時に起こった。曰く「ゴブリンに負けた騎士様」としてデグラス中で笑いの種らしい。腹を抱えて笑い転げる門番を殺さなかった私の自制心は悟りを開いた聖者の如しだ。そう言ったらカーツの奴にすら笑われた。解せん。


 そこからは更にあり得ない。父上からデグラスを任されている城爵が私に会うのを拒否した。城爵は軍事指揮権を持つ代官で、最長10年一つの城塞都市と周りの領地を差配する。任期を満了すれば男爵に序され領地を新しく与えられる。領地が欲しいのに領地を相続できない貴族の子弟に取っては喉から手が出るほど欲しい地位だ。そんな城爵は建国以来の伝統で遊歴中の騎士を客人として城に招く。そこで城爵は旅の話を聞き、騎士は領内統治の話を聞く。


 私の場合は王家への忠誠度を計るのも仕事の内だ。会えないのでは報告が出来ない。他の遊歴中の騎士は招かれたと聞くのに、「ゴブリンに負けた騎士」は招くに値しないと噂しているらしい。「負けていない!」と声を大に叫んでも笑われるだけだ。


 そのため私はデグラスに到着して早々この借家に押し込められている。カーツ達は外に出て色々情報収集しているらしい。


「マックス様、ダニクが帰ってきました」


「通せ」


 部屋の片隅に座っているハーフエルフのキスケが外を見ずに傭兵団仲間の帰還を私に知らせた。カーツ団の事をバカにしていたが、彼女だけは別格だ。人間とは異なる魔法を使い、近隣の索敵を一日中やっている。おかげでこの借家を三つの勢力が監視しており、その一つを違う団員が尾行し城爵の城に入ったのを見た。それからは私の事を「世間知らずの子供」扱いしていたカーツも仕事を真剣に取り組むようになった。


「騎士の旦那、ご機嫌斜めっち?」


「報告」


 ノームのダニクは吟遊詩人だ。ノームの芸術センスは人類にとって永遠の謎だ。少なくとも私は耳が腐りそうな彼の音痴な歌に価値を見出せない。ダニクは「歌えば満員御礼でおひねりに溺れる」とか言っているが、疑わしい。彼の話に付き合うと日が暮れるので必要な情報だけ簡潔に報告して貰っている。


「重症っち」


 大げさに手を振るも、次の瞬間にダニクは本気になった。この切り替えの早さも私には謎だ。


「流れの吟遊詩人に金貨を握らせたっち。そこから歌の出所を途中まで見つけたっち」


 歌とは私の敗北を面白おかしく語っている歌の事だ。ここではとても語る事が出来ない変態行為で命乞いをした事になっている。もしあの歌の十分の一でも本当ならあの日に自裁している。そうでなくてもヘンリーが俺の首を落としいるだろう。


「でかした!」


「城っち」


「……」


「これ以上は無理っち」


 噂を流しているのは城爵自身か。


「となると城爵が何処からこれを聞きつけたかが問題です」


 ヘンリーが当然の事を言う。


「辺境伯では無いか?」


「動機がありません」


「……」


 本当にそうだろうか?


「ヘンリーの言う事はもっともっち。騎士様を辱めるとしても行き過ぎっち」


「マックス様を亡き者にしたい、でも出来ないから名前だけでも?」


 ダニクとキスケが無責任に言い放つ。だがキスケの考えが中らずと雖も遠からずかもしれない。私とマックスが別人になれば私の名誉と辺境伯の命脈は守られるのかもしれない。そうなら、せめて一言相談して欲しかった。この際、事後の報告でも我慢しよう。


「団長です。それと知らない人」


 キスケが弾けたように言う。ダニクは短刀を両手に持ち衣装棚の中に隠れた。


 玄関のドアが叩かれ、キスケが到着を知らない風を装って出て行った。


 しばらくしてカーツが一人の行商人を連れて部屋に来た。まさかこれが彼との再会に繋がるとは私は思いもしなかった。


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